第306話失態×失態
「……正気ですか?」
「……何がだよ」
そんな、私でさえ『もしかして……』と思う様なあからさまな反応をしておいて何がだよはないと思いますが。
一瞬だけ寒さのせいで顔が紅潮しているだけとも思いましたが、それにしては変化が劇的でしたから。
「……お前こそ、変な顔してんじゃねぇか」
「女性に向かって変な顔とは失礼な……まぁ、純粋な好意を寄せられるという経験は皆無なもので」
私は今いったいどんな顔をしていて、そして目の前の男性にどういう風に見られているのでしょうか。
そんな事を気にしてしまう自分というのも、何だか少しばかり気持ち悪いですね。
「は? お前あの……なんだ、ちっこい奴にも好かれてんじゃねぇか」
「……舞さんの事ですか?」
「あぁ、そうだ、萩原だ」
確かに舞いさんはよく直接的に『レーナさん好きです! 抱き着いて良いですか?! 抱き着きますね!?』などと言って来ますが、たまに彼女からは距離を感じると言いますか……幼子や小動物をハラハラしながら見守っている様な視線を向けられるんですよね。
あれも確かな好意ではあるのでしょうが、純粋なそれと言うには少しばかり疑問符が付きます。
舞さんは私の事を友人以前に庇護し、見守るべき対象だと思っているのではないかと最近は思うのです。
「それよりもハンネスさんの事ですよ、まさか今回のお誘いも遊びではなくてデートのつもりで――」
「それは違う!」
まさかそういった意図があったのかと、自分自身の動揺を押し殺すべく放ったその言葉に返ってくる強い否定。
「……絶対に、違う」
「……そうですか、申し訳ありません」
あの口が悪く生意気な、ガキ大将といった風情だったハンネスさんの……正樹さんの傷付いた表情に『あぁ、本当に違うんだな』と何となく理解ができました。
「俺は、その……お前に笑って欲しくて、いつもみたいな大胆不敵で傲岸不遜な生意気な面をして欲しくて……」
「……もしかして貶されてます?」
「違うくて! ……その、あれだ、見ていられなかったっていうかだな……あぁ、別に哀れんでとか可哀想に思ったから声を掛けた訳じゃねぇぞ」
「そうですか」
要領を得ませんね……私は普通の人よりもそういった感情の機微には疎い方ですので、きちんとハッキリと言って頂かないと困るのですが。
今回だって貴方が面白いくらいに表情を変化させるのでやっと『もしや?』と気付けたくらいですのに。
「こう、あれだ……お前にはいつも自然体で自由に振る舞って欲しい……自由なお前が一番綺麗で魅力的、だ、と……思、う……ぞ?」
「……途中で恥ずかしくなるくらいなら最初から言わないで下さい」
なんで褒められている(んですよね?)私よりも褒めている側の正樹さんが勝手に羞恥で悶えているんですか。
大柄な彼が情けなく顔を真っ赤にし、屈辱や羞恥に顔を歪める様は愉快と言えば愉快ですけれど。
「自由に振る舞う私が好きだと言いますが、そうした時にいつも立ちはだかって来るじゃないですか」
「それは仕方ねぇだろ……自由には責任が伴うとかスカした事を言うつもりはねぇが、単純に利害がぶつかるんだからよ」
「それもそうですか」
私が楽しい時、確実に彼やその周囲が割を食うのですから当然と言えば当然ですか。
これは完全にプレイスタイルの違いのせいですが、私が攻略組の拠点となる街やそれを支える物流なんかを乱す事で彼らのダンジョンアタック等が滞っているとユウさんが言っていた様な気がします。
だから何だという話だったのであまり気にもとめていませんでしたが。
「それに、ほら……お前いつか言ってたじゃねぇかよ、叱ってくれる人がもう居ないって」
「……正樹さんにそんな事を言ってましたっけ?」
「お前は覚えてねぇかも知れねぇが、みっともなく泣きながら言ってたぞ」
「……まさか」
「本当だって」
私が、泣く……?
生まれて来てからこの方自身が涙を流した記憶など本当に数える程しかございませんのに、ましてや正樹さんの目の前で?
「……まぁ、覚えていないものは仕方がないとして、本当に正樹さんは私の事を?」
「そこ掘り返すなよ、あやふやにしたまま流してくれよ」
「……そういうものなのですか?」
「……………………いや、悪い……今のは俺が卑怯だった、こんな誤魔化し方は相手に失礼だ」
そういうものですか……何やら一人で難しい顔をして考え込んでしまって、そこまで言い難い事なのでしょうか――
――バシッ!
「……何をしているんですか?」
「ちょっと気合い入れただけだから気にすんな」
急に自分の顔を叩くなど、本当に行動が読めない方ですね。
「一条」
「なんでしょう」
「最早ここまで来たら誤魔化すつもりはねぇ」
「はい」
「が、ハッキリと教えてやる義理もねぇ」
「……はい?」
「……知りたかったら俺を倒してみろ」
「……あぁ、そういう」
何やら不思議な展開になりましたね。
まさか彼とこの様なやり取りをするとは思いませんでした。
しかしながら、彼が誤魔化さないと言うのであれば私も誤魔化さずに応えるべきでしょうか。
「一応言っておきますが、私にまともな恋愛は出来ないと思います」
「知ってる」
「他人の感情の機微も分からず、その場の安定行動というものが取れません」
「知ってる」
「第一自分にはその様な感情があまりよく理解できません」
「知ってる」
「身分も違います。あの男は私が外に出る事を恐れるでしょう」
「……」
「普通の様に過ごせない私と、普通の貴方ではいつか生活が破綻して――なんですか?」
言葉の途中で遮る様に、正樹さんは手のひらを前にかざす。
「あのな、一条」
心底呆れた様な、本当にどうしようもない人物を見る様な視線を寄越しながら彼は言う――
「――せめて俺に勝ってから振ってくれ」
……あぁ、そういえばそうでしたね。
まだ彼の口から直接聞かされた訳ではありませんでした。
「……別に振った覚えはありませんが」
「いや、今のは完全にどう見聞きしても振られる流れだった」
ハッキリと明言された訳でもないのに先走ってしまったかな、とは思いましたが振った自覚はありませんでした。
しかしながら正樹さんにはそう受け取られていたという事で……本当によく分かりませんね。
「そういうものですか、難しいですね……ただ私に普通の女性の様なモノを求めても無理ですよ、という事が言いたかっただけです」
短刀を抜こうとして……リーチが足りないかと思い直し、もう何処から略奪したのか覚えていない打刀を取り出す。
「いやお前にそんなの求めてねぇから」
合わせるように、正樹さんは腰を落として戦斧を大きく振り被る様に構える。
「なぁ、一条」
「なんでしょう」
「俺が勝ったらよ、お前の事をもっと教えろよ」
「……何故、と聞いても?」
「俺ばかり不公平だろ?」
「と、言われましても……いったい何を話せば良いのやら」
「何でも良いんだよ……お前が何を見聞きして、その時にどう感じてどう思ったとか、何が好きで嫌いかとか……そんなんで良いんだよ」
そんな事で良いのですか、正樹さんも割と無欲なのですね。
「そうですか、では私に勝ったら教えてあげます」
お互いに物資はなく、MPも殆ど残っていない為に簡単な攻撃スキル一発分が精々。
治してもこの場にいる限りしつこく付与される《凍傷》などの状態異常によるスリップダメージのせいでHPも満タンには程遠い。
PvPにおける正規ルールである残り体力が3分の1を下回った時点で負け、という部分を勘案するに実態はさらに少ないでしょう。
つまり簡単に言ってしまえば相手の攻撃を最初に躱し、そして自身の攻撃を当てた方が勝つという至極シンプルな状況です。
「今のうちに話す内容を考えとけ」
「そちらこそ素敵なプロポーズを期待していますね」
居合いと横薙ぎ……どちらも攻撃の軌跡は読み易く、そして一度間合いに入れば躱しづらい。
いつもの様に必殺の一撃を入れる隙を作る小技や牽制などの小細工はなく、ただお互いに最高の一撃を放つ事に集中する。
ジリジリと、足の指先のみで這うように移動しつつ、目線や身体の揺れで相手の攻撃を誘う駆け引き。
お互いがお互いしか見ておらず、シンと張り詰めた空気が重苦しい。
白く濁る吐息が呼吸の間隔を相手に晒し、冷たい空気は吸う度に乾燥した喉を傷付ける。
「「――」」
何も語らない、口を開かない。
ただ呼吸し、視線をさまよわせ、身体を揺らす。
無言で駆け引きをしながらただ相手に近付いていく。
「「――」」
お互いの表情が細部に分かる程に近付いてもまだ動かず、見合ったまま。
ともすれば、ずっとそのまま動かないのではないかと思える停滞を壊す物が一つ。
――カツン
二人の間に落ちた氷柱が砕け終わるよりも先に止まっていた二つ時が動き出す――
「「――ッ!!」」
私が選択したのは居合いではなく、シンプルなカウンター技です。
逆手で抜き放った刀身で相手の攻撃をいなし、そのまま即座に流れる様に最低限の力と速度で首を落とす――その予定でした。
「――お前の全てが好きだ」
『――お母さんは玲奈の全部が好きだよ』
何処かで聞いた様な言葉に剣筋がブレる。
「……泣きそうになってんじゃねぇよ」
ここ最近ずっと、何度も……亡くなった母を思い返していた事もあってなのか、どうしようもなく無様に、哀れに、あからさまに動揺した私にしかめっ面の正樹さんによる攻撃が叩き込まれました――
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