第305話天氷狼の口腔その14


「じ゛ぬ゛が゛ど゛お゛も゛っ゛だ゛」


 リアル時刻は深夜1時、ここまで長時間に及ぶプレイは初めてだった事もあり、戦闘が終わってから壁に身体を預けて少しばかりボンヤリしていると冬将軍の腹を突き破ってハンネスさんが出て来ました。

 何やら身体中に氷柱が生えてるなぁ……などとボッーと考えつつ眺めていると、私を視認したらしい彼が見る見る内に顔を怒りの形相に変えて歩み寄って来ます。


「マジでスリップダメージだけで死ぬかと思ったぞッ!!」


「……そうなんですか?」


「口の中に入った瞬間からもう《凍傷》のバッドステータスは付くわ、胃の中に突入した途端にHPがゴリゴリ削られていくわで大変だったわッ!!」


「はぁ……」


 まぁ、どうやら予想通り色々と大変だった様ですね……チラッとが彼のバイタルを確認してみれば確かにHPは残り一桁で、さらには凍結系の状態異常のオンパレードです。

 ま、徐々にHPも増えて状態異常も消えていっているところを見るに、攻撃に全振りしていたリソースを回復に回し始めたのでしょう。

 元々神官系の技能も有していたようですし、あと数十秒もすれば全回復するでしょうね。


「お前から事前に貰った回復薬が足りるかどうか冷や冷やしたわ! リソースは最後の攻撃に全ブッパしたかったしよ!」


「そうですか、お役に立てた様で何よりです……その回復薬も既に尽きましたが」


「けっ、俺も回復の為のMPがもうねぇよ」


 お互いに今は完全に素寒貧な状態の様ですね……私自身もここまで消耗したのは初めてではないでしょうか。


「……で、どうだよ?」


「……どう、とは?」


「ちったぁ楽しめたかよ?」


「あぁ」


 そういえば今回の催しは、そもそもハンネスさんが私を遊びに誘ってくれたのが始まりでしたね。

 さて、どう答えたものか……やはり母の『隠し事はともかく、嘘はあまり吐かない方が良い』という教え通りに正直に答えるべきですか。


「……正直に申しますと、やはり私には合わなかったようです」


「……そうか」


「道中は楽しかったですし、レイドバトルとやらも緊張感があって刺激的ではありましたけれど」


 このダンジョンに来るまでの道中をハンネスさんと駆け抜けた時は本当に楽しかったですし、ダンジョン内での戦闘や冒険も退屈ではありませんでした。

 冬将軍さんとの戦闘も緊張感があって刺激的で、今まで対人戦闘ばかりしていた私に新しい経験を与えてくれたのは事実です。


「ですが、そうですね……やはり私は『普通の遊び』ではあまり楽しめないようです」


「……」


「私は何よりも『壊す』という行為が好きなだけで、別に何かを打ち倒したい訳でも成し遂げたい訳でもありません」


 他人を徒に傷付けた時の表情や悲鳴を見聞きした時、つい先ほどまで元気に命乞いをしていた方が物言わぬ骸になる様に。

 人々の関係を壊し、社会秩序を乱し、街を掻き回して国を混乱させて……そうやってどうしようもなく後戻り出来ないところまで積み上げられたモノを棄損した際に。

 そういった瞬間は私のどこか奥深い部分を満足させてくれるのです。

 自分ではダメなのです。自分で積み木を、砂山を築いて壊しても虚しいだけ……誰かを、誰かの物を壊す事でしか得られない満足感があるのです。


「あぁ、別に死体愛好家とかサディストとか、そういう訳ではないんですよ? ただ、そうですね……そうする事でしか満たされないのです。不満なのです」


 正直なところ自分でもこれは、この衝動の正体はよく分かっておりません。

 ただ漠然と満たされず、詰まらない日常がそうした瞬間に華やぐのです。


「何か特別な理由だとか、悲しい過去がある訳ではなくて……生まれつき、元から私はこうなのです」


「……そうかい」


 腕を組み、難しい顔で押し黙るハンネスさんから目を逸らし――


「――ここに、レイドボスの戦利品がある」


「……はぁ」


 唐突に告げられた言葉に反応が遅れ、気の抜けた返事が出る。


「鑑定したが、どうやら《氷天青蓮華・偽》のスキルオーブと『冷刀れいとう魅神みかん・分霊』という刀装備らしい」


「そうですか」


 急にどうしたと言うのでしょうか? 戦利品があると言っても現時点でハンネスさんがお持ちの様ですし、私には関係ないと思いますが。

 それともあれでしょうか? 自慢しているのでしょうか? ここに来るまでの道中を思えばそうした煽りを入れて来るのもおかしくは――


「――これを賭けて最後にPvP殺し合いと行こうぜ」


 ――そうして目の前に現れる『PvPが申し込まれました。受けますか? Yes/No』の文字列。


「……ふふっ」


 今まで私が全く使って来なかった正規の手段での宣戦布告に思わず小さな笑いが込み上げて来てしまいます。


「そうですね、どうせ物資もMPもお互いに尽きてここらでダンジョンアタックはお終いですしね」


 ボッーとしていた思考が再度覚醒するのが自分でも分かります。

 鎧を脱ぎ捨て、ネックレスとマントを外し、影から影山さんを追い出して、初期装備だった短剣に山田さんを移し替えて突然の事に驚く井上さんに預けていく。

 身体中に降りた霜を叩き落とし、何の躊躇もなく『Yes』を選択します。


「どうあっても私を楽しませたい様ですね?」


「ハッ! ゲームは楽しんでなんぼだろうが!」


「御尤も」


 ――PvP開始まであと5秒


 確かに遊戯ゲームは楽しんでなんぼ、なのかも知れませんね。


「それよかペット共を外して良いのかよ?」


「えぇ、今回の遊びの締めですから二人きりで楽しもうかと」


 ――PvP開始まであと4秒


 そう言ってみれば、ハンネスさんが何とも言えない不思議な顔をしているのに気付く。


「どうかされましたか?」


「……いやあのな、そういう事は勘違いや誤解を生むから安易に言わない方が良いぞ」


 ――PvP開始まであと3秒


 勘違いや誤解を生む、ですか……いったい何を誤認すると言うのでしょうか。


「あのな、二人きりで楽しみたいとかあれだぞ……れ、れん……恋愛感情があると受け取られても仕方ないんだからな!」


 ――PvP開始まであと2秒


 あぁ、なるほど……そういう意味でしたか。


「前から思ってたんですが……ハンネスさんって私の事が好きなんですか?」


 ――PvP開始まであと1秒


 冗談混じりに、これまでの道中の掛け合いの延長線上のつもりで煽った私に対してハンネスさんは――これまで見た事もない様な真っ赤な顔をした。


「……え?」


 ――PvP開始

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