第304話天氷狼の口腔その13


「胃の中に入るのは良いけどよォ! 諸々のリスクはどうすんだぁ?!」


 冬将軍の腕を伝って走り、鎧では覆えない関節の部分目掛けて卵管を刺していく。

 卵を体内へと送り込むのと並行して傷口に酸と毒を塗り付ける作業を一秒以内に終わらせ、冬の眷属による妨害が始まる前に離脱する。

 壁や冬将軍の鎧の一部に糸を飛ばし、振り子の様に宙を舞いながら毒ガスを散布していきます。


「そこは私が何とかしますので、ハンネスさんは攻撃にのみ集中して下さいな」


 口の中に入るまでの妨害や攻撃はもちろんのこと、突入した瞬間に口を閉じられてしまえば噛みちぎられてしまうでしょう。

 それらを突破したとしても、あれ程の冷気を放つ相手の体内に入って本当に無事なのかという懸念もあります。

 破壊された扉から溢れ出た冬の眷属たちも鬱陶しいですし、それら全てをクリアするのは至難の業でしょう。

 ともすればこのまま堅実に今まで通りに削っていく方が良いのかも知れないと考えるのは自然な事です。

 然しながらHPが減っていく毎に追加される攻撃パターンや新技などに都度対応していくのも限界がありますし、アイテム等にも底が見えて来ました。

 これ以上ジワジワと追い詰めて初見攻略不可能な技を出されても困りますし、長時間の戦闘による集中力の低下が招く事故も怖いです。


「信用して良いのか?」


「そこは信用して下さい……ほら、男は度胸、女は愛嬌、日本の首都は東京って言うじゃないですか」


「……毎回思うがその微妙に外したギャグは何処から仕入れるんだ?」


「……母からですが」


「……変わった母ちゃんだな」


 私は今突然に後頭部を煉瓦で殴られた様な衝撃を受けています。

 母が微妙に外しているなど、そんな馬鹿げた事が有り得るのでしょうか?


「おい! 集中しろ!」


「っ、と……危ないですね」


 紙一重で冬将軍の裏拳を回避しつつ、トドメを刺す為の準備を始めます。

 ……母の事は後でゆっくり考える事にしましょう。


「井上さんと麻布さんは下で待機で、影山は念話で伝えた通りに動いて下さい」


 井上さんには後で頑張って貰うとして、その時が来るまで凍結してしまわない様に麻布さんに何とかして貰いましょう。

 金属を表に晒さないように、冷気を風魔術で散らせる様に。


「――《poison Bullet》」


 片手で弾く様に弾倉を回転させて空薬莢を排出し、同時に毒薬で出来た弾丸を装填していく。

 分かりやすく紫色のエフェクトが光る銃身を構え、棒振りの大好きな木偶の坊へと銃口を向ける。


『《零閃陸ゼロセンロク拾肆ジュウヨン――』


「――させると思いますか」


 アナタの斬撃にはもう慣れました。

 確かに一度放たれれば回避は至難の必殺技と言えるでしょう。

 しかしながら技を放つ直前に薬指と小指を撃ち抜けばこの様に妨害できるのです。

 刀を握る際に一番力を入れる部分がそこですからね、上手く引き抜けなくなるのでしょう。


『ジィィイ!!!!』


「井戸のかわずはこの様な妨害は未経験ですか? 残念でしたね、武器を抜く事さえさせて貰えず」


 まぁ、こんな妨害ばかりしているから叫びや格闘術という新しい戦法に面食らう事になったんですが。

 ですが執拗に同じ部位に向けて肉を腐らせる毒を撃ち込み続けた成果なのか、指の一部が欠けて《欠損》の扱いになった様です。

 刀を握れない程ではないでしょうが、それでも妨害に失敗した際の威力や剣速に影響が出ている事が期待できますね。


『ガァァアアァア!!!!!!!!』


「……煩いですね」


 羽根での飛翔という、未だに慣れない動作を補う様に糸を方々に飛ばして足場を作り、時にはそれらにぶら下がっては振り子になりと三次元的な機動を行います。

 糸の上を走る私に対して放たれる拳を落ちる事でやり過ごし、同時に足場だったそれを操作して冬将軍の手首に巻き付けて後の伏線とする。

 脇の下をすり抜ける様に滑空し、背後から首へと括り付けた糸を巻き取る事で上昇していきます。


「――《狙撃》」


 着地する際に勢いそのままにぶつかってしまわない様に羽根を震わせて姿勢と速度を制御しつつ、周囲に張り巡らされた糸を断ち切ろうと刀柄に伸ばされた手に向けて毒弾を撃ち込む。

 その直後に冬将軍の身体中から放たれる強烈な冷気と、そこから無数に湧き出す冬の眷属という初見の行動に多少驚きつつも、周囲に火薬玉をばら撒きながら両手に持った毒針を眷属共の脳天に投擲する事で凌ぎます。

 爆風に冷気が散らされ、眷属達も毒針のヘッドショットで処理している間にまた零閃とやらが放たれてしまいますが、予想した通りに剣速が鈍っていましたので爆薬をギュウギュウに詰め込んだ鉄球を《投星》で放つ事で攻撃を逸らす事に成功しました。


摩訶鉢特摩マカハドマ――』


「――残念ですが、もうお終いです」


 出血、産卵、寄生、麻痺、猛毒、腐食、欠損、狂乱、幻覚、幻聴……これだけの状態異常を付与され、残りHPも最後の一本を切った事でフラグが立ったのでしょう。

 そうなる前に出せと言いたい所ですが、その間抜けのお陰で私達が勝つのですから精々ほくそ笑んであげるべきです。

 これまで散々身体中に巻き付けてあげた糸によって《束縛バインド》の特性を持ったスキルを発動して――


「――さぁ、お行きなさい……最後のトリはアナタです」


 手の中に包み込んだ・・・・・・・・・ハンネスさんを思いっ切り振り被り、ほんの0.2秒ほど硬直した冬将軍の口腔へ目掛けて投擲する――


『――ガッ?!』


 同時に武雄さんと花子さんの魔纏いを解き、彼ら彼女らを目眩しに滞空手段を失って自由落下した先に待機していた井上さん、麻布さん……そして無事にハンネスさんに小人化の呪いを掛ける役目を終えた影山さんに受け止められる――


「――《神気憑依・魔神鎧まじんがい》」


 影山さんの影によって黒く染められた井上さんを魔纏い、逆手に腰の山田さんを引き抜く――


「『――矮小わいしょうなる汚濁斑おだくまだら卑神ひしん眷属けんぞくたる純朴神じゅんぼくしんファニィよ 御身おんみ利用りよう御身おんみてき蹂躙じゅうりん御身おんみ子羊こひつじ略奪りゃくだつするはレーナ その御力みちからってして われいまこそ自由じゆう侵害しんがいする害虫がいちゅう駆除くじょするための加護かごを――』」


 ハンネスさんはきちんと胃の中で私の渡した解呪薬で元の大きさに戻れていますかね?

 まぁ、特に文句を言って来ないという事はきちんと戻れたのでしょう……それよりも打ち合わせ通りに撃たないと本当に文句を言われてしまいます。


『貴様らぁぁあぁあぁぁぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁあぁぁぁあぁぁあぁ!!!!!!!!!!』


「『――​寄越よこしたまえ』」


 最後の最後に《空蝉》を発動して零閃をやり過ごしつつ、もはや滑稽としか言い様がないレイドボス様に向けて舌を出して見せます――


「――《無邪気な遊戯ファニィ・ピュア》ッ!!」


 恨むなら、最初から全力で挑戦者に挑む様な設定をしなかった運営を恨んで下さいね?

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