第303話天氷狼の口腔その12


『グガァァアアァアッッッッ!!!!!!!!』


 スタン効果の伴った絶叫の音圧に吹き飛ばされながらも、蟲の羽根を拡げて空中での姿勢制御を行います。

 ハンネスさんへと回復薬などを投擲してバイタル管理をしつつ、冬将軍の残りHPを見てみますが……少しばかりウンザリしてしまいますね。

 今までこのゲームでは対人戦闘を主に行って来ましたが、レイド戦というものはここまで時間と神経をすり減らすものでしたか。

 ……いえ、違いますね、本来想定される人数を遥かに下回る二人だけで戦っているので少しばかり疲れるだけでしょう。


「おいっ! 急に藻掻きだしかたが何かしたか?!」


「あぁ、そろそろ孵化する頃合ですね……いずれかの攻撃の予兆というよりは、私が作り出した隙ですので攻撃して構いませんよ」


「っしゃオラァ!!」


 ボイスチャットでハンネスさんと軽いやり取りをしつつ、冬将軍の状態異常欄にあった『産卵』が『寄生』のバッドステータスへと変化した事を確認しました。

 首筋に思いっ切りぶっ刺してあげましたのに大分時間が掛かりましたね……やはり寒いと爬虫類は活動が鈍くなるのでしょうか?


『グゥゥ??!!』


「きっしょッ!!」


 首筋の傷口から、目の端から、鼻や耳から……腐った血と共に悍ましい芋虫達が這い出て来るのに併せてハンネスさんの強烈な一撃が冬将軍の膝を薙ぐ。

 バランスを崩し、転倒した冬将軍へと一息の間に降下してその首へと再度スティレットの様になった武雄さんの卵管を突き刺す。

 ……これで『産卵』による回復阻害もまた有効になりましたね。


「どうですか? 鍛えた武技も満足に振るえず、栄えも無ければ誉れもない蛆虫共にその身を貪られる気分は……武人肌のアナタにとってこれ以上の恥は無いでしょう?」


『ガァッ!!』


 身体の内側から蟲達に肉を貪られる苦しみに喘ぐ冬将軍さんの耳元でそっと、そう囁いてあげればものの見事に釣れました。

 そうです、そのまま私へとヘイトを向け続けなさい。


「もはや人の言葉も忘れましたか」


『ジュウゥゥッ!!!!』


 歯を剥き出しに、歯を食いしばり……唾液を撒き散らしながら鬼の形相で私を睨む冬将軍を眺めるのは何だかとても楽しいですね。

 怒りと苦痛のどちらのせいなのか、はたまた両方なのか……原因は分かりませんが新たに『狂乱』のバッドステータスが付いてしまっているのも滑稽です。


「――女のケツばっか追ってんじゃねぇぞッ!!」


 と、私へと攻撃の予兆を見せた冬将軍の腰へとつかさずハンネスさんの重い一撃が入ります。

 たったそれだけで敵のHPが目に見える量も減るのですから、いったいどれだけの威力があるのか少しばかり気になりますね。


『ガァ?!』


「お口をあーんして……欲しがりさんですね」


 背後からの奇襲じみた衝撃に思わずといった様子で声を漏らしていますが……そんな、私の前で無防備に口を開けてはいけませんよ。

 ましてや今アナタは巨大化して的が大きいのですから、簡単にその口内に目掛けて毒薬を投げ込めてしまいます。


「――お薬飲めたねッ!!」


 糸によってハンネスさんを引っ張り上げてやれば、コチラの意図を汲んだのか即座に冬将軍の下顎を殴り付け、私が投げ入れた毒薬を吐き出そうとする動きを阻害します。

 何やら小馬鹿にしたような煽りを入れてますが、それは私の役割なので今は要らないですね。


『ウラァァァア!!!!!!』


「おっと」


 半ば狂乱していても彼の剣速が脅威な事に変わりはありませんね。


『貴様らは、絶対に……何があろうとも斬り殺すッ!!』


「チャンバラごっこで人が斬れるんですかね?」


『――《神風カミカゼ》』


「――《空蝉》」


 ふふっ、やはりご自慢の武術が侮辱されるのは絶対に許せない様ですね。

 ですが良いんですか? そうやっと踏み込みや踏ん張りが重要な技を使用すると――


「――《泥沼》」


『小癪なッ!!』


 ほら、またそうやって体勢を崩す羽目になるんですよ。


「チャンバラのお次は泥遊びがご所望ですか……将軍様も飽きませんね」


『フゥー! フゥー!』


 残りHPは――あと三本ほどですか、大分削りましたね。

 ハンネスさんの重い高火力な一撃と、時間が経つにつれどんどんダメージを増やしていく私の状態異常が予想以上に上手くハマった結果でしょうか。

 しかしながらコチラも回復薬や毒薬の残りが心許ないですので、そろそろ決着を付けたいのですが。


「ハンネスさん、残りのHPを吹っ飛ばせる大技とかありませんか?」


「あん? 完全武装したボス相手に無茶言ってんじゃねぇ!」


「鎧などが無く、また著しい弱点部位に当てるならどうですか?」


「……長い溜めが要るが、それだったら一本の半分くらいなら削れるかも知れねぇ」


 冬将軍のヘイトを一身に集め、その攻撃を全て躱す事でハンネスさんに攻撃の機会を与えながら会話していきます。


「だがそんな都合のいい部位なんてねぇぞ? 鎧も無く、弱点であるはずの首や頭すらあの硬さだ」


 ハンネスさんの言う通り、兜割りをした後も何度かハンネスさんが頭や首に攻撃を叩き込んでいますが、まるで氷山を叩いているかの様な手応えしか無かったようです。

 それでも目に見える量は減るのですが、だからといって今まで以上の攻撃を叩き込んでも残りのHPを削り切るような事は無理でしょう。


「場所ならありますよ」


「あぁん?」


 首や頭よりも、どうしたって鍛えようがない場所があるじゃないですか――


「――一寸法師って知りませんか?」


「……そうだった、コイツ狂ってるんだった」


 失敬な、 ちょうど相手も私達を飲み込めるくらい大きいのですから良いではありませんか。

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