第302話天氷狼の口腔その11
――
そんな大仰な技名に恥じぬ変化が目の前で起きています。
周囲に散りばめた刃の破片共々、あらゆる水分、周囲の気体……それらを強烈な引力によって纏めて吸い込み、肉体が膨張して巨人となった冬将軍の鎧を形成していく。
面白いところは周囲の扉さえ材料として、周囲に十本の巨大な太刀を新たに創造したところですか。
「……当たりは、無いようですね」
まさかまさか敵側がハズレの扉を引き剥がす事で気温をさらに下げて来るとは……その可能性を無意識にゲームバランスという言葉で排除していた私の落ち度ですね。
推測ではこの冬将軍というボスは『無視するのが正解のボス』であって、本来ならば無理して倒すべき存在ではないと自分で言っていましたのに。
そんな存在だからこそ、ここまで自由に全力でプレイヤーを殺しに来れる……ふふっ、面白いじゃないですか。
残念な事は上で頑張ってくれているハンネスさんが当たりを引く前に倒せなさそうな事ですかね?
目に見えるHPバーが倍に増えてしまっては、どう頑張っても当初の予定通りとはいかなさそうです。
『覚悟するがイイ!』
両腕を大きく広げ、私を見下し睥睨する冬将軍のなんと不遜な事でしょうか。
特に、その顔で、その目でされると無性に胸がザワつきます。
先ほどの様に屈辱に震え、思い通りにならない展開に苦虫を噛み潰せば良いものを……素直に頭を垂れれば良い――
『この姿になった吾輩は――ベブッ?!』
――のです……?
「……」
得意げに自らの現状を語ろうとした冬将軍さんの、そのまだ兜が出来上がっていない剥き出しの頭頂部に巨大な岩石が直撃しましたね……まぁ、十中八九あの上から降ってきたという事は、恐らく――
「――なんかデカくなってね?」
「……ふふっ」
そうですよね、ハンネスさんの仕業ですよね。
上はどうなったのかとか、当たりは引けたのかとか、色々と聞きたい事はありますが……まぁ、今はあの腹立たしい顔が強制的に下げられた事を悦びましょう。
「あれレイドボスじゃねぇか、HPバーが十本もあるぞ」
「今は一本目の半分というところですね」
「むしろ一人でよくそこまで削れたな――誰だお前?!」
上から降ってきてそのまま冬将軍さんを見上げていたハンネスさんが振り返るなりそんな失礼な事を宣います。
ここまで一緒に駆け抜けた仲だと言いますのに、ほんの少し離れていただけで顔を忘れられるとは心外ですね。
「友人の顔を忘れるとは、余程脳内SSDの容量に余裕がないと見えます」
「お前一条なのか?! 完全にモンスターじゃねぇか!!」
私がモンスター? この方は何を仰っているのでしょうか……と、ここまで考えて自分の今の状態を思い出しました。
「……あぁ、今は花子さん達を魔纏っているんですよ」
「……あの蟲か」
せっかく答えてあげたというのに、まるで渋柿でも食べたかの様な嫌な顔をするハンネスさんに首を傾げてしまいます。
割と可愛いところもありますのに、もしかしたら彼は虫が苦手なのかも知れません。
「まぁ、いいや……とりあえず状況は?」
「毒などが効きました、そちらは?」
「上に当たりは無かったが……こっちにも無さそうだな」
「……おかしいですね」
ハンネスさんに遅れて上から降りてきた井上さんを着込み、その上から麻布さんを羽織って影山さんを取り込みながら思案してみますが……まぁ、直ぐに思い当たる可能性なんて一つですね。
「多分隠し扉があるんじゃないですかね」
「運営やりやがったな」
「まぁ、本当に目に見える周囲の扉が666個もあるなんて数えていませんからね」
ざっと見て『まぁ、それくらいあるだろうな』と思えるくらいの数はありましたから、引っかかるのも無理はないですか。
何にせよ、時間制限と冬将軍という妨害要員があったのですから、きちんと数を数えるという選択肢を排除してしまったとしても無理はないでしょう。
「あ〜、今最高に初見攻略してるって感じがするわ」
横で『多分運営の予想通りの反応をしてるんだろうな』などと呟いているハンネスさんから気持ち少しだけ距離を取ります。
「……変わってますね」
「……お前にゃ言われたかねぇよ」
お互いに微妙な気分になりながらも、突然の衝撃から復活したらしい冬将軍さんへと意識を戻して情報共有を再開します。
「恐らくですが、凍傷に出血、それから火傷や火属性に耐性があるものと思われます。いじわるですよね、明らかに火に弱いですよ、という見た目と名前をしておきながら耐性があるだなんて」
「あれか、一定以下の温度は冷気で相殺されてしまうのか」
「恐らくは」
山田さんの火炎魔術で時折攻撃してみましたが、そのどれもが効果はありませんでした。
火系統でダメージを与えたいのであるならば、マリアさんレベルを連れて来るしかないのでしょうね。
「ふーん、じゃあいつも通りでいい訳だ?」
「……ふふっ、そうですね、いつも通りで良いと思いますよ」
元々火系統はメインに扱わない二人ですし、別にこれで構わないでしょう。
『……相談は終わったかね?』
私達の会話に一区切り付いたのを見て取ったのか、未だにそんな事を宣う冬将軍さんに呆れながら返事をします。
「ですから、そうやって余裕ぶってるから足下を掬われるんですよ――そんな風に」
『ぬっ――?!』
冬将軍の目の前に居たはずの私とハンネスさんの虚像が消え、同時に周囲一帯がハンネスさんの魔術によって泥沼と化す。
腰まで埋まった辺りで急いで泥を凍らせた様ですが、今さら過ぎますね。
「――《投星》ッ!!」
『――上か!』
「――遅せぇよ、ノロマァ!!」
併せて天井に赴く前にバラ撒き、一緒に泥沼の中に沈めた爆薬を起爆させる事で氷を砕き、爆発の衝撃で攪拌させる事で再度泥沼を有効にする。
踏ん張りが効かず、また再度沈み始めた己の巨体に焦る冬将軍の片目にに向けて畳み掛ける様にポン子さんの照準を合わせます。
「――《狙撃》」
こんなに離れていて、さらにリボルバー式の銃で狙撃が出来るだなんて、本当にステータスやスキルは便利な代物ですね。
『ガッ?!』
初めて目にする《critical》の表記と同時に、ハンネスさんもまた冬将軍さんの下へと到達します。
「……さて、私がここまでお膳立てしてあげたのですから――」
――きちんと最低限の戦果は得て貰わないと困りますよ。
「――《
ゴーレムの様な見た目で、黄金の鎖を束ねた戦斧での強烈な一撃は確かに冬将軍の脳天に直撃し、その兜を真っ二つにかち割ったのが確認できました。
私の投擲スキルによる補正が上乗せされた確かな一撃は凍土で出来た鎧兜を砕き、その下にあった気に入らない面さえも傷付ける。
冬将軍というボスと相対してからやっと見る事が出来たその赤い血飛沫……やはりSTRやVITは私よりもハンネスさんの方が遥かに高い様ですね。
急所による一撃必殺や、毒や薬による割合ダメージで少しずつ削っていく私のスタイルと違って……なんと言いますか、彼は王道な遊び方をしています。
「――中ボス風情が、いい加減に寒いんだよ」
……まぁ、口の悪さは王道とは言い難いですが。
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