第301話天氷狼の口腔その10


「――《ミスリード》」


「ええい! 鬱陶しいッ!!」


 カラフルな光を乱反射させる刃の破片へと、要所要所で《ミスリード》による視線誘導を行います。

 その結果として私への注意が逸れ、さらには目に悪い点滅する原色の光源を度々直視する事になるのですから、冬将軍さんからてみれば確かに鬱陶しいのかも知れません。

 ですが、まぁ……私は困りませんのでこのまま続けましょう。

 月並みですが敵の嫌がる事をする、自分のやりたい事を押し付けるのは基本ですからね。


「この場の全てを破壊してくれる――《零閃ゼロセン拾陸騎ジュウロッキ》ッ!!」


「《空蝉》」


 まるで剣戟の嵐とも呼べるような、空間を埋める斬撃の檻を脳死の《空蝉》で回避します。

 あまりにもレベル差があるせいなのか、敵の攻撃速度などに身体ステータスが追い付きませんね。

 もう少し差が縮まればある程度の誤魔化しは効くとは思いますが、現状ではあの速度で広範囲へ攻撃されると打つ手がほぼありません。

 なのでさっさとその差を埋めてしまいましょうか。


「そこかァ! 《零閃ゼロセン肆騎ヨンキ》ッ!!」


 冬将軍の背後へと現れた私に向かって放たれる必殺の四連撃――が、空を切る。


「なにっ?!」


 何の手応えもなく、斬られたはずの私は消える事もなく……目の前に敵が居るというのに、それらを無視した行動を取っています。

 それらを真正面から見ていた・・・・・・・・・私が、驚き一瞬の間だけ身体を硬直させた冬将軍へと今度こそ背後から抱き着き――首筋へと武雄さんの卵管を突き刺していきます。


「――それ、少し前の私を映しただけの偽物ですよ」


「――ッ!!」


 耳元で正解を囁いてあげながら、そっと武雄さんの卵管から頸動脈へと卵を産み付けてい貰い、正気に返った冬将軍からの反撃が来る前に全身を羽虫の群体へと変えて飛散していく。

 私が先ほどまで居た空間を無造作に薙ぎ払った冬将軍が、腐った血の流れる首筋を抑えながら忌々しいモノを見る目で睨み付けてきますね。


「ダメじゃないですか、ミスリードされたとはいえ暗殺者から目を離してはいけませんよ」


「……」


「どうです? こういう搦手は経験が無いのではありませんか?」


「……あぁ、正しく吾輩は井の中の蛙であった」


 レベルとステータスに明確な開きがあり、通常の攻撃を繰り返してもダメージは通らす、速度にも劣る為に敵の高火力も避けきれない……となれば毒やバッドステータスで攻めるのは理にかなった行動です。

 ステータス差によりマトモなダメージを与えられず、あまりにも開いたレベル差により急所を狙った攻撃もレジストされてしまう。

 となれば割合ダメージに頼る他ないというものです。


「今のアナタは毒による割合ダメージ、産み付けられた卵の養分としての自動回復阻害、痺れ薬や麻酔薬などの各種薬品によるステータス低下など……どうです? ここまでのバッドコンディションは生まれて初めてではないですか?」


 ここは彼のホームであり、たまに来ているらしい侵入者達もそれ相応の武人であったのでしょう。

 彼からは何度も侵入者を撃退してきた自負と、己の武技に絶対の自信がある事がこれまでのやり取りから窺えました。

 だからこそ、それらと真正面から向き合うなど愚かだと私は思うのです。


「……左様。反対に貴様は火系統スキルによる冷気の相殺、魔纏いなどの特殊スキルによるステータス上昇という訳か」


「その通りです――」


 羽根を震わせ、張り付いた結露を振り落としながら……武雄さんによって異形と化した右手を胸に抱き込むようにして、瞳孔以外が黒くなった目を細めて私は目の前の彼へと語り掛けます――


「――少しは差、縮まりましたか?」


 ここまでの格上を自らの下まで引きずり下ろす事に興奮してしまっているのか、心做しか吐き出した白い息が多いように思えます。

 普通の人々は何かに感動した時などに息を詰め、万巻の思いと共にそれを吐き出すとは聞きますが……今の私が正にその状態なのかも知れません。

 狙いが上手くいった事だけではありません……何処か、そう、何処かあの男・・・に似ているビジュアルをした冬将軍が弱っているのが嬉しいのでしょうか。

 彼は他人で、ましてやデータの塊でしかないというのに……それなのに似ているという理由だけで勝ち目の薄い彼を殺すと決め、八つ当たりの様に虐めるなんて……私にもこの様に人間臭い部分があったのだと、少しばかり驚き共に嬉しさでいっぱいです。

 まさかまさかではありますが、ゲームの中で母が苦心して私に覚えさせようとしていた「普通の人間らしさ」という物が自分にもあったのだと気付けるとは思いませんでした。


「後は縮まったステータス差で逃げ回り、アナタが私の仕込んだ毒で衰弱死するのを待てば良いのです……そこに極めた武技の競い合いも、お互いを認め高め合うといった無駄な物が介在する余地はありません」


「……」


「失意の中で、自らの全力を出せずにどうか死んで下さいね♥」


 あぁ、ダメですね……私は今とても気分が高揚している様です。

 何故でしょうか? そこまで自分の中に多少の人間らしさを見付けられた事がそこまで嬉しかったのでしょうか?

 ……いえ、恐らくは首と腰から注入されている花子さんの栄養素が私の気分を底上げしているのもあるのでしょう。

 要は薬を打ってハイになっているのです……そこだけ聞くと微妙な気持ちになってしまいますが、別に構いません。

 この高揚感が作られたもので、ただ微かな心の揺らぎを増幅させたものだったとしても心地いいので問題はないのです。

 ゲームだからこそでしょうか……こういった「普通の人の心の動き」を体験できるのは新鮮ですね。


「ふっ、異形の見た目と相まって正しく悪鬼よな」


「どうとでも」


「どうやら吾輩も生涯初めての本気を出す必要がありそうだ」


「おや、まだ本気を出していなかったのですか……敵を前にして悠長ですね」


「どうとでも」


 さてさて、いったい彼はどんな光景を見せてくれるのでしょうか?

 本気を出す、とは言っていましたが実際のところは切り札を出すのでしょう。

 ここに来て伏せカードを開示するのですから、それ相応の物が出て来るハズです。

 願わくば、発動した瞬間に状態異常やダメージが全回復する類のものでなければ良いのですが……また相手に付与するのは骨が折れますから。


「往くぞ――」


 刀を顔の横で真っ直ぐに立てる様に構え、一気に膨れ上がる圧力と漏れ出す強烈な冷気に流れ出る汗すら瞬時に凍りついていく――


「――《摩訶鉢特摩マカハドマ大具足ダイグソク氷点ひょうてん青蓮華あおれんげ》」

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