第300話天氷狼の口腔その9
――カツン
「――……すぅ、」
真っ二つに斬り捨てられ、私の顔からガスマスクが音を立てて地面へと落ちるのを感じながら、冷たく、鋭い空気を慎重に吸い込みます。
「はぁ……――」
吐き出した白い空気はその場で霧散し、頬を伝う汗は地面へと落ちる瞬間には結晶となって砕け散っていますね。
通常の呼吸でさえ喉を、気管を、肺を突き刺す痛みすら伴い、しっとりと滲んだ汗は体表で凍てつき睫毛や肩を白く染め上げる。
身じろぎ一つでパラパラと、汗と共に皮膚が剥がれ落ちる始末です。
「……ほんと、やってられませんね」
「凌いだか」
凌いだか、ではありませんよ……この私が馬鹿の一つ覚えみたいに《空蝉》という回避スキルを連打するという雑な対応を取らされたのですから。
これでもう、私の最大HPは冬将軍の雑な一撃で全損する程度しかありません……いえ、逆に考えましょう。
どうせかすり傷すら許されないのであれば、限界まで《空蝉》を使用できると思えば良いのです。
「……どうやら、ここでも金属製の武器は非推奨の様ですね」
「ふん、鍛え方がなっとらん。そんな数打ちの品で我輩の冷気と剣戟に耐えられると思わん事だ」
これだけ冷やされるのですから、金属が脆くなって当然ですよね……そこにあの神速の八連撃ですから、空中に悲惨させた武器の類がバラバラに砕かれるのは必然ですか。
魔法主体では彼の剣速について行けず、マトモな騎士や戦士であっても冷気によって武器や鎧の強度を下げられるとなれば有利とも言えませんね。
なんなら武器破壊をされてそのまま斬り捨てられそうです。
「まるで毒ですね……」
身体能力を著しく下げられ、大半の防具も意味を成さない……いえ、防具すら脆くするのですから強酸みたいなところもありますね。
そう考えると毒や酸を積極的に扱う私の戦法と似ていますね、毒や酸と冷気という過程は違くとも、齎される結果がほぼ同じです。
「……はぁ、仕方がありませんね」
右手に持つ山田に視線を移し、ものの見事に攻撃力と防御力と耐久値が低下するデバフが付いてしまっているのを確認して、そのまま鞘へと戻します。
「? 吾輩の首を諦めたか?」
「まさか」
「では?」
「
髪を掻き上げ、右耳を露出しながら《念話》で呼べば、
「まぁ、あれですよ……金属がダメなら生物由来の武器を――『『ギチチチッ!!』』……という事です」
真っ直ぐに伸ばした右腕の前腕部に武雄さんが、肩甲骨の間にある背骨の上に花子さんが降り立ちます。
武雄さんは縫い付ける様に前脚で私の腕を、後脚で手のひらの皮膚と肉を貫いて……花子さんは私のうなじに噛み付き、背骨を抱き締める様に脚を背中に突き刺して身体を固定する。
彼ら彼女らの脚が埋まった箇所から流れ落ちる血を啜りながら伸ばした卵管が硬化を始め、そのまま指先を超えて武雄さんのスティレットと見紛う様なそれが冬将軍へと向けられ、花子さんの点滴の管の如きそれが私の腰へと突き立てられます。
「……そうか、魔纏いの類いか」
「えぇ、そうです。自らが従える魔獣を武器や防具にしたり、そのまま憑依させたりして魔纏うのです」
そしてこの二匹は私の血という栄養を補給し続ける事で体力を回復し、また
そして私自身のHP回復は三田さんが、山田さんが火炎魔術などによる冷気の相殺に専念するという布陣ですね。
「苗床になる準備はよろしくて?」
「六十四分割だ」
ジジッ、ジジジッ――と、右腕と背後から時折聞こえてくる羽音以外の音はなく、気温と同じく鋭く張り詰めた空気が場を支配する。
「《
親指で鍔を押し上げ、硬質な音に蓋をする様に柄へと置かれる手――その優しい手付きに似合わず、放たれる剣閃は極悪無慈悲に対象の全てを神速で断ち切るのですから、油断して目を離すなどという事は有り得ません。
「『神気憑依――」
山田さんの発する熱により、蒸気に包まれ出した私の右腕と背中に乗った悍ましい蟲達が、まるで内部で爆発でも起こったかの様に急速に自らの肉を肥大化させていく――今にもはち切れそうな風船の如きそれらを愛でながら、私の身体は
「――
「――
――四方八方から迫る無数の斬撃を、羽虫へと分裂する事で回避する。
「ムッ!」
発動した《スピーカー》によって増幅された羽音が三半規管を狂わせながらも再度集合して冬将軍の懐で実態を作り出し、右腕の武雄さんを脇下目掛けて突き出します。
「……反射神経も良いものをお持ちで」
「……悍ましい見た目になったものよ」
さすがは鎧武者なだけはあり、わざわざ刀を引き戻さなくとも少し身体を捻るだけで武雄さんの卵管は袖と呼ばれる部分で防がれてしまいました。
鎧なんて脱ぎ捨ててしまえば良いのに、とも思いますが……私自身、完全に蟲に寄生された様な見た目になっていますから他人の事はあまり言えませんね。
「――鱗粉」
「幻惑など小賢しい!」
背中の羽根を震わせ、幻惑と痺れの作用がある鱗粉を撒き散らしながら一旦距離を取ります。
そのまま冬将軍の体勢が建て直される前に糸を操作し、そこら中に散らばった刃の破片などを刺し貫いて周囲の空間に鳴子の様に吊り下げていく。
冷気によって脆くなり、既に散々破壊された後なので鋼糸を通すのは容易でした。
「ふん、今さらそれが――」
「――《イルミネーション》」
光系統のスキルにおいて、必ずレベル上げる事で覚えられる賑やかし程度の技……ですがカラフルな光を明滅させるこれは、今の状況において凶悪な結果を齎します。
特に魔力のゴリ押しで光量と明滅する間隔を弄れば尚更に。
「ぬぅ!」
扉以外は鏡の様な氷の壁に、そこら中に浮かべられた金属の破片に反射した原色の光が冬将軍の視界を妨害していく。
ともすれば光に酔い、平衡感覚にさえ不調をきた恐れのあるそれは私にも効果を及ぼしてしまいますが――まぁ、今は蟲の視界なので。
昆虫は赤外線に近い色は識別できませんので、イルミネーションによる光の種類をそれに絞れば良いのです。
人間である私が魔纏っていますので、完全に見えなくなる訳ではありませんが影響を軽微に出来るのが素晴らしい。
それに副次効果として、紫外線も認識できる様になったせいなのか冬将軍がスキルを発動する前兆の様な物まで確認できる様になりました。
「――アナタを殺す為に、先ずは視界と聴覚です」
鳴り響く増幅された羽音に、乱反射する原色の光――次はどの感覚を奪いましょうか?
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