第297話天氷狼の口腔その6
「――ようこそ侵入者よ!」
ハンネスさんと頬を引っ張り合いながら進んでいると、久しぶりに人語が聞こえてきます。
このダンジョンに入ってから無限湧きする冬の眷属とやらとばかり戦っていたので、ハンネスさん以外から聞くそれは少し新鮮な気分になりますね。
「今回は扉がいっぱいですね」
「そうだな、恐らくあの中の一つが正解とかそんなんだろ」
私とハンネスさんが入って来た場所が既に扉の一つとでも言いましょうか、上下左右に無数に広がる狭い通路と扉の数々……足場も薄い氷の板でしかなく、何度も同じ場所を通るのは危険そうです。
言葉を発した誰かが居る場所が恐らく最下層であり、私達の居る場所がちょうど中間層の辺りだとすると……端から埋めていく事は出来ませんので、先ほど突破した同じ場所は通らずに埋めていくギミックの要領で行くしかないですね。
にしてもただの洞窟だと思っていたのですが、無数の扉が続くこの空間は細長いアパートに囲まれたとでも錯覚しそうですね。
「貴様らには、今から――」
「さて、どうします? 二手に別れます?」
「吾輩の周囲に並ぶ666の――」
「そうだなぁ、端から埋めていく事が出来ねぇんなら中間からそれぞれ端へと埋めていくのがいいか」
「扉の中から見事正解を引き当て――」
「足場も不安定そうですしね」
どうせこれらも一度でも通れば罅が入ったり割れたりして、同じ場所は二度と通れないみたいな事をやるつもりでしょう。
「貴様ら話を聞けぇい!」
「おっと、怒られてしまいました」
「俺もナチュラルにスルーしてたわ」
小声で『一条に毒されたかな?』などと呟くハンネスさんを小突きながら、眼下に広がる深い底……一階なのか、それど地下何階なのかも分かりませんが、最下層に佇む存在を確認します。
「やっと話を聞く気になったか! そうだ! それでいい! 見ろ!吾輩を見ろ!」
「……」
「……」
「合いの手も入れろ!」
「お、おー」
「律儀に付き合うのか」
とりあえず拍手しておきましょうか……ハンネスさんからは呆れられましたが、別に減るものでもないですしね。
「そうだ! 吾輩を褒め称えるがいい!」
「急に足下を見てきましたね、死になさい」
「情緒不安定か」
私達を見上げるしかないので必然と足下が視界に入るので仕方ないのかも知れない、なんていうジョークが一瞬思い浮かびましだが、それはそれとして調子に乗ってしまった様なので爆薬を落としてプレゼントです。
爆煙で視界が悪くなりすが、下から聞こえて来る悲鳴から大体の位置情報を掴み、そこへと向けて毒ガスもプレゼントです。
「や、やめっ――やめろォ!!」
「キレてるぞ」
「いいじゃないですか、ここまで面白い反応を返す敵が居なかったんですから」
冬の眷属は狼だったり鹿だったりとバリエーションは豊かでしたが動物系でしたし、特に苦戦もしない程度の強さしかない雑魚敵でした。
ここに来てそこそこ強そうで、面白そうなエネミーと遭遇したのですから良いじゃないですか。
「もう怒ったぞー! 貴様らはもうここから先へは進めないと知れ!」
そんな怒声と共にアナウンスが脳内に響き渡る。
《これよりリアルタイムアタックが開始されます》
《現在の気温-43.15℃、5分毎に-5℃、また不正解の扉を開ける毎に-1℃されます》
《逆に、冬の眷属を30体倒す毎に気温は+1℃となります》
《気温が-273.15℃の絶対零度に達した瞬間にプレイヤーは行動不能となります》
《正解の扉の位置は5分毎にリセットされ、不正解の扉からは冬の眷属が放出され閉ざす事も出来ません》
《見事正解の扉を引き当てるか、この部屋のBOSSである『冬将軍』を撃破して下さい》
《――それではスタートです》
そのアナウンスが終わると同時に背後で私達が入って来た通路が完全に塞がれ、二度と通れなくなってしまいます。
「なるほど、こう来たか」
「どうせ怒らせなくても既定路線でしょう」
恐らく最下層に居て、私が怒らせた方が『冬将軍』とやらでしょう……都合よく彼が怒ってくれたのでそれっぽくなっただけで、どうせどんな会話をしても無理やりこの流れに持って来たハズです。
仮にこのリアルタイムアタックを回避したとしても、それはゲームが行われないせいで先に進めないという結果を齎すだけでしょう。
「で? どうする?」
「ハンネスさんは正解の扉を探して下さい」
「お前は?」
「私は冬将軍の足止めです」
「倒さないのか?」
「妨害と時間制限の中で666分の1の正解を引き当てる事と、彼の撃破が等価として達成条件に含まれているんですよ? 倒せるなら倒しますが、制限時間内にソロで討伐できる程度の難易度ではないでしょう」
「なるほどな」
一見してボスの撃破の方が早くて簡単そうに見えますが、それこそ罠でしょう……かといってボスを放置しても冬の眷属という雑魚敵による妨害に、冬将軍というボス格の妨害が加わるだけです。
冷静に状況を纏めるのであれば、やはりここは二手に別れて分業するのがこの場での最適解と言えるでしょう。
そして今ボスが明確にヘイトを向けているのは、頭上から爆薬や毒ガスを落とした私に対してです。足止めをするなら私でしょう。
「――井上さん、影山さん、麻布さんはハンネスさんの手伝いです」
『『『――』』』
留め具を外し、一気に鎧とマントを脱ぎ捨てながら指示を出していく。
「……いいのかよ?」
「今回は足止めに徹しますからね、山田さんと三田さんが居れば充分です」
それにポン子さんに、花子さんや武雄さんもまだ居ますからね。
「花子さん達の眷属と、影山さんと麻布さんは冬の眷属の露払いです。井上さんはここから下に向かって扉を開けなさい、最下層に到達したら魔統います」
防御力が著しく下がるのだからと、徹底的に軽装へと移行します……流石にノースリーブの黒インナー一枚だけでは寒いですが、山田さんと三田さんの火炎魔術による暖がある内は凍傷にはならないでしょう。
冬将軍の攻撃を喰らえばすぐに凍り付いてしまう程度ですが……なに、当たらなければどうという事はありません。
「ハンネスさんの準備はいいですか?」
「誰に言ってやがる」
「そうですか、それではご武運を」
「……気を付けろよ」
後ろ向きに手を上げる事で返答とし、そのまま顔の半分を覆うガスマスクを装着します……今回は井上さんも、麻布さんも、影山さんも居ませんからね、自分の毒を喰らわない様に注意しなければなりません。
「女ァ! 降りて来ォイ!」
さて、熱烈にアプローチされていますし、そろそろ降りますか。
「――それでは、状況開始です」
全従魔に作戦開始を告げると同時に、その場から一気に跳躍して最下層まで飛び降ります。
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