第296話天氷狼の口腔その5


「そろそろ許してくれ」


「ダメです」


 四肢を切り落として達磨状態になったハンネスさんを引き摺りながら道を進んでいると、当の本人である彼から許しを乞う言葉が漏れました。

 やろうと思えば自分で回復して拘束を解く事も出来るでしょうに、わざわざ切られた事も相まって律儀な方ですね。

 とりあえずは彼も望んでいる通り、私の溜飲が下がるまでこのままで居て貰いましよう。


「いやでも首輪は必要ねぇだろうが」


「そんな事はありません。とてとお似合いですよ」


「てめぇ……」


 取り付けた首輪から伸びる鎖を引っ張りながらクスクスと笑い、そのまま首輪を引っ張る様にして引き摺って行きます。

 さてさて、彼はいつ頃に解放してあげましょうかね? ずっとこのままでも良い気もしてきましたが。


「……行き止まり……いえ、道が塞がれていますね」


 そのまま進んでいると、またしても大きな広間に辿り着きましたが……だだっ広い氷の床が広がる以外では、一番奥の方に分厚い氷で塞がれた階段があるくらいですね。

 ここも何かギミックを解除しなげれば先に進めない、もしくはまた何処かに本当の道があるみたいな感じでしょうか。


「さぁ、ハンネスさんはこれをどう見ます?」


「あん? ……とりあえず歩いてみろ」


「はぁ……」


 とりあえずハンネスさんに言われた通りに広間へと一歩足を踏み込んで――一気に広がったヒビ割れにつかさず足を引っ込めました。


「……不安定な足場ですね」


「あー、やっぱりか」


「やっぱりとは?」


 やはりゲームに詳しいだけあって、こういった空間に対しての知識もあるのでしょうか?


「これはあれだ、同じ場所を踏まない様に床を罅まみれにすると先に進めるやつだ」


「同じ場所を踏むとどうなるんですか?」


「お察しの通り下の階に落とされてやり直しだ」


「なるほど」


 よくよく見てみれば氷の床からは所々氷の柱が天井へと伸びており、これらを避けながら一面を罅で埋めていくとなると自らを俯瞰して見ながら考えて歩く必要がありそうです。

 同じ場所を歩けないとなると、慎重に歩く必要があるのでしょう……が、少しばかり面倒ですね。


「――《ダウンバースト》」


 上から広範囲に面制圧する『風魔術』を使用し、思いっ切り空間内に叩き付ける様に攻撃を加えます。

 それによって一気に床全面に亀裂が入り、最奥の階段を塞いでいた氷が瞬時に溶けて消えていきました。


「で、どうやって向こうに渡るんだよ」


「向こうに投げるので引っ張って下さい」


「は? お前なに言って――」


 改めてハンネスさんの腰辺りに糸を括り付けてから担ぐ。


「は? いや待て待て!」


 そのまま井上さんのサポートを受けながら思いっ切り対岸の階段へ向けて――ハンネスさんを投げ飛ばします。


「覚えてろよぉおおお――……」


 糸の軌跡を残しながら一直線に飛んでいくハンネスさんに思わず『おぉ〜』という声が漏れてしまいます。

 自分で言うのもなんですが、我ながらナイスシュートですね。


「達磨にしていたので投げやすかったですね」


 無駄な空気抵抗を減らせましたし、ハンネスさん自身も身を捩るくらいしか出来ませんでしたので、非常にスムーズに投擲できました。

 いつもなら人を投げる時は服を掴んで雑にぶん投げるくらいしか出来ないのですが、今回は綺麗なフォームで両手を使ってきちんと投げられましたね。


「さて、後はこのまま向こうで回復したハンネスさんがこの鎖を引っ張って――あら?」


 てっきり私の手から伸びる糸が引っ張られるのかと思いきや、その前に飛来してきた黄金の鎖で身体をぐるぐる巻きにされてしまいます。

 なるほど、私がやった様に両手ごと簀巻きにするとは……見事な意趣返しです。


「おお〜……」


 そのまま力任せに引っ張られ、緩やかな軌跡を描いてハンネスさんの元へと飛んで行く……これはこれで楽しいですね。


「お疲れ様です」


「ったく、何時までコイツと一緒にダンジョン攻略しなきゃならねぇんだ」


 ハンネスさんに抱き留められながら、そんな事を言われてしまいます。


「……私と一緒に居るのは嫌ですか?」


「……別に、嫌じゃない、ただ疲れるだけだ」


「そうですか」


「そうだよ」


 ふむ、口をへの字に曲げて顔を逸らしながらですが嫌な訳ではないようで何よりです。


「にしても、ここまで簡単なギミックばかりで不穏ですね……」


「そうだな、難易度の割に基本的なお行儀の良い物しかない……入り口付近のトラップが一番いやらしかったか?」


 入り口が急に閉まったあれですね、確かにあれはプレイヤーの心理などをよく理解して配置された罠でしたね。

 それに比べて道中のあれこれは、確かに鬱陶しくはありましたが、そこまで難しいとも悪辣だとも思えないものばかりです。


「入り口の時みたいに油断した時に何かしら来そうですね」


「……少し気を引き締めるか」


「そうですね、悪ふざけはここまでにしましょう」


「している自覚はあったんだな」


 ハンネスさんの呆れた視線をサクッと無視して、改めて装備や道具の点検などを行います。

 この先の罠やギミックがどんな凶悪なものであれ、絶対にこの一発でクリアしてみせます。


「爆薬多くね?」


「もう少し用意しておけばと思っているくらいですよ」


「爆弾魔がよ」


「失敬な」


 まぁ、確かに爆発を起こすのは割と好きですけれどね。


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