第295話天氷狼の口腔その4


「うーむ、本当に迷路ですね……」


 順調にマップは埋まっていっている様ですが、先ほどから全くダンジョンの奥へは進めておりません。

 あの別れ道のどれか一つが正解だと言う事は何となく想像がつきましたが、まさか入った穴と出る際の穴がバラバラだとは思いませんでした。

 体感的には真っ直ぐに進んでいた筈ですのに、入った所と同じ穴から出たり、同じ穴から出た通路へと再度入ったとしても出る穴が違ったりと、間違いを引くとランダムに放り出される様です。


「ハンネスさんの動きを見る限り、ある地点から引き返している様な挙動を見せますね」


 こっそりとマーキングをしておいたハンネスさんの動きから、どうやら自分が真っ直ぐ進んでいた訳でも、穴の先の通路が緩やかなUターンになっている訳でもない様だと気付きます。

 ハンネスさんにマーキングしておいたお陰で、二倍のスピードでマップが埋まっていっているのは楽ですが、どうも埋まった通路のマップとこの穴だらけの部屋が繋がらないんですよね。

 穴に入った途端にワープしているかの様な……事実としてワープしているのかも知れませんね。


「……………………はぁっ!!」


 思うところがあり、穴のひとつへと向けて思いっ切り鉄球を投擲してみます。


「さらにもう一つ!!」


 これでこの鉄球二つが同じ穴から帰って来ず、別々の穴から飛んで来れば仮説の証明になるでしょう。

 もし穴に入る度にワープされているのだとすれば、ここに来る道中にあった『妖精樹の森』と同じ様なギミックがあるか、もしくは最初から正解など無いと見るべき――


「――あっ」


 マップと穴を注視していると、ハンネスさんを示す点が急に止まったと思ったら一拍置いて猛スピードで進んだ道を引き返して来ました。

 点をタップして詳細な情報を見てみれば、ハンネスさんのHPがそこそこ減っているのが分かりますね。

 どうやら私が投げた鉄球は見事ハンネスさんを背後から襲ってしまった様です。


「――一条ォォォォォオオオオ!!!!!!」


「――っと! さっきぶりですね、ハンネスさん!」


 怒髪天を衝く勢いで斧を振りかぶって来たハンネスさんを、影で伸ばした大太刀で受け止めます。


「てめぇコラ! おい! おい!」


「語彙力が死んでますよ」


「おめェが人の後頭部に鉄球をぶつけるからだろうが!」


「あれは不幸な事故ですよ」


 というより、そうですか……ハンネスさんはあの投擲攻撃を弱点である頭部に不意打ちで食らっても死なず、そこそこHPが減る程度で済むのですね。

 やはり見た目や戦闘スタイルに違わず、耐久力は相当ある様です。一撃で殺すなら確実に首を落とさなければ。


「ちなみに聞きますが、先ほど入った穴は何処ですか?」


「あぁ? …………上から二段目の右から五番目……だったか?」


「ではここは?」


「……一番下の中央っぽいな」


「なるほど、真っ直ぐに進まずにそのまま引き返しても出る時は違う穴になるのですか」


 うーん、もしかしたら『妖精樹の森』と似たような感じかとも思いましたが……法則性もヒントも何も無いのであれば違うでしょうね。

 決められた順番に特定の穴に入り、この場から隔絶された通路エリアを全て進む事で先に進める……とかはありそうですけど、探し当てるのが面倒ですね。


「何だかもう面倒になって来ましたね」


「だからって破壊不能オブジェクトを破壊するのはやめろよ? 鉄球とかと違って壁とか破壊した先に行ってデータの海に沈むとかシャレにならねぇ」


「……そんな事があるんですか?」


「知らね」


「ちょっと」


「うるせっ」


 ジトっとした目で見詰めますが、顔を横に背けるのみでそれ以上の返事はありませんね。

 まぁ、リスクの大きい手段かもしれないという事だけ分かれば良いですか……壁を破壊するのは最後に取っておきましょう。


「にしても、せっかくの別れ道だと思ってレース開始だと意気込みましたのに……これでは台無しですね」


 やっとまともな競走が出来る様になったと思いましたのに、ここに来てまさかのふりだしに戻る、ですよ。


「いきなり妨害しやがった奴が台無しとか言ってんじゃねぇよ」


「……ばぁーか」


「分かった、お前喧嘩売ってんだな? よっしゃ買ってやるから来いよ」


「非売品です」


「やっぱ喧嘩売ってンダルォ!!」


「ふふっ」


 いや、でもまぁ、ハンネスさんと一緒に居るのはそれはそれで楽しいですし、彼で『遊ぶ』のも退屈はしないので良いですか。

 また次の別れ道があれば、その時こそ競走を再開すれば良いのですから。


「なに笑ってんだ気色悪ぃ……」


「レディに向かってなんて酷い感想ですか」


「れ、でぃ……?」


「……おやおや、もしかして喧嘩売ってますか?」


「非売品だバカ」


「なら略奪するしかないですね」


「どぅわっ?! 危ねぇだろうがッ!! いきなり武器を振るうんじゃねぇッ!!」


 ハンネスさんの頭を目掛けて大太刀を振るえば、慌てた様に頭を抱えてしゃがみ込んだ彼が抗議の声を上げる。


「私への意趣返しなのか何なのかは知りませんが、非売品だと言ったのはハンネスさんではありませんか。お金で買えない物は権力か暴力で奪うと相場が決まっているんです」


「一般ピープルには馴染みのねぇ言葉だなぁ?!」


 そうですか、ハンネスさんには馴染みのない言葉ですか――


「――まぁ、今思い付いた事ですけど」


「――ぶっ殺す!」


 逆袈裟に薙ぎ払われる斧の一撃を、後ろへと跳ぶ事で躱しながら取り出した細身のナイフをハンネスさんに向けて投擲します。


「もしかして私が華族だからと、華族では当たり前なのかとか思いましたか? ……そんな事を公言すれば華族の称号は剥奪されますよ、非常識です」


「お前に常識を説かれたくねぇわッ!!」


 彼がナイフを弾く数瞬の隙間に大太刀へと影というエネルギーを集中させる……そんな私を見てとって、ハンネスさんも斧へと最近よく出す黄金の鎖を数本纏わせていますね。

 まぁ、ここはお互いに小手調べとして、軽く相手を殺すつもりで――武器を抜き放ちます。


「――ラァッ!!」


「――ふっ!」


 大きな和太鼓が叩かれた様な爆発音を共に衝撃波が空間内を駆け巡り、私達の髪の毛を揺らす……強力な力場が発生した私とハンネスさんの中心部では稲光さえ走っています。

 上段から振るわれた斧と、それを迎え撃つ様に下段から振り抜かれた大太刀はお互いに接触する事なく、見えない壁に阻まれているかの様にその歩みを止めて細かく震える。

 何がどうしてこうなったのか、お互いの武器が触れずに鍔迫り合うとは奇妙なものです。


「ぐっ!」


「んっ!」


 そのまま限界まで押し込められた力場が、私達を押し退ける様にして解放されて周囲の一切合切を吹き飛ばす。


「けほっ、こほっ……今のはなんです?」


「……知らね」


 うーん、ハンネスさんの使っている能力が特殊だったりするんですかね。


「……っていうか、穴が開いてるじゃないですか」


「あん? ……マジか」


 先ほどの攻防のせいなのか、上の段へと上がっていく階段のすぐ手前の地面の氷が砕け散って下へと降りる階段が現れていました。

 まさかまさかこんな物理的な方法で道が開けるとは思わず、少しばかり微妙な顔をしてしまいますね。


「いや、でも……この氷だいぶ分厚くないですか?」


「そう、だな? 試しに壊してみようって程度で放たれた攻撃じゃあ、階段までは現れないだろうな」


 初見ではあまり見付けづらいという、そういった感じの道ですか。


「うーん、なんでしょう……この消化不良した感じは」


「いや、まぁ、こういう仕掛けは王道だと思うぞ?」


「そうなのですか……真面目に考察して、穴を通る順番などがあるのではないかと考えていたのが馬鹿らしくなって来ましたね」


 どうやら『真の道は別にあったんだ!』みたいな展開はよくある王道的なものらしいですが、私としてはもうちょっと捻りが欲しかった様な気がしないでもありません。

 まぁ、偶然とはいえ、早期に次へと続く道を発見できたのは幸運でしたので良いのですけれど。


「……別れ道、あると良いですね」


「そう、だな……」


「これ、競走になってませんよ」


「言うな。……言うな」


 おかしいですね、私とハンネスさんはどちらが先に新しく発見されたダンジョンを攻略できるか競うという『遊び』をしていた筈ですのに、いつの間にか一緒に行動している時間の方が長くなっています。


「まぁ、私は楽しいので構いませんけどね」


「ハッ! 嬉々として妨害行為をしでかした奴が何か言ってらぁ!」


「めん」


「……は?」


「え?」


「え? いや、え? めん?」


「はい」


「いや、はいじゃないが」


「いえ、相手が〝ら〟で言葉を終わらせた場合は〝めん〟と言ってラーメンという言葉を完成させるのが親しい友人同士での作法だと伺ったのですが?」


「……ちなみに誰から聞いた?」


「母です。なかなかこれを行う機会に恵まれませんでしたが、今やっと経験できて感無量です」


「そう、か……ちなみにそれは嘘だぞ」


「――」


 そんな、馬鹿な……母が嬉々として『ぷふっ、お友達が出来たらやってみるのよ……くくっ、やってみたらお母さんに教えてね? ぶふっ!』と教えてくれたのが嘘だと……そう、言うのですか。


「お前もそんなに驚く事があるんだな」


「……顔に出てましたか?」


「いや、何となく雰囲気で」


「そうですか、とりあえず先ほどの件は忘れて下さい」


 教えられる時に、母が変に笑いを噛み殺していた時点で気付くべきだったのです……失敗してしまいましたね。

 少しばかり恥ずかしいので、さっさと忘れて気持ちを切り替えましょう――


「すまん、一条――」


『「ハッ! 嬉々として妨害行為をしでかした奴が何か言ってらぁ!」「めん」「……は?」「え?」「え? いや、え? めん?」「はい」「いや、はいじゃないが」「いえ、相手が〝ら〟で言葉を終わらせた場合は〝めん〟と言ってラーメンという言葉を完成させるのが親しい友人同士での作法だと伺ったのですが?」』


「――録音してたんだわ」


 ゆっくりと振り返る様にハンネスさんを見上げてみれば、彼は心底コチラを小馬鹿にする様な表情で見下して来ます――


「――消しなさい!」


 思いっ切り大太刀を振り抜き、躱して階段を駆け下りていくハンネスさんを追い掛けながら魔術を多重に発動して彼を攻撃していく。


「いやぁ、攻略の為に録音っていうか録画してんだが……良い反撃材料が手に入ったぜぇ!」


「ハンネスさんっ!!」


「縛り上げられて毒ガスで燻された仕返しだばぁーかッ!!」


 いけません、これはいけません……自分でも珍しく顔が熱くなっているのが自覚できます。


「一条も人の子か」


「当たり前です!」


 私は、母の一人娘ですよ。


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