第292話天氷狼の口腔その2


《ワールドアナウンス:プレイヤーレーナと、プレイヤーハンネスがオリジンダンジョンへと初めて到達致しました。》

《ワールドアナウンス:これにより、オリジンダンジョンの項目がヘルプに追加されます。》


 天氷狼の口腔というダンジョンに入ると同時にそんなアナウンスが流れてきて思わず足を止めてしまいました。

 ハンネスさんと顔を見合わせてから一旦その場でメニュー画面を開き、アナウンスされた通りにオリジンダンジョンの項目が追加されているのを確認してみます。

 そこに書かれている簡単な説明文を読み、その簡素すぎる文章にこれから探索していく過程で追加されるのだろうかと思案してみますが、結局のところは分かりません。


「要約すると、メインストーリーにも関わる重要なダンジョンで、クリアすると豪華な装備やアイテム等が手に入るって事ですかね」


「まぁ、この書き方だとそうとしか思えな――一条ッ!!」


  話している途中で突然切羽詰まったような叫び声を上げるハンネスさんに腕を引っ張られ、そのまま前のめりに抱き寄せられます。

 いったい何事かとハンネスさんの腕の中でもぞもぞと動き、身体の向きを変える事で先ほどまで自分が居た場所を確認してみます。


「んしょ……これはまた」


 天井と床から伸びた氷柱が来た道を遮るように伸びていて、このダンジョン唯一の出入口が塞がれてしまっています。


「どうやら閉じ込められてしまった様ですね」


「あぁ、まるで食べられちまったみたいで気味が悪ィ」


 なるほど、中から出入り口の方角を見ると本当に獣の口腔内に居るみたいですね……まるで口の中に放り込んだ食べ物を落とすまいと歯を食いしばっている様に見えます。

 入ってスグにあの様なアナウンスを流されてしまっては、攻略情報が何もない人はとりあえず先に進むよりも先にその場でヘルプを覗いてしまうでしょう。

 そんな者達に対する洗礼かの様に初見殺しの即死トラップが発動するなんて、本当にこのゲームの運営はいやらしいですね。


「おっと、ハンネスさん、早く動かないと凍って来てますよ」


「ん? ……おぉう?!」


 何か別の事に気付いたかの様に慌てて私から離れるハンネスさんを置いておいて、足下からジワジワと凍り付いていっているのを無理やり剥がします。

 そのまま別の地点へと足を置き、だいたい何秒程度でまた凍り付き始めるのかを確認してみましょう。


「……何もしなければ十秒ほどで凍り始める様ですね」


「あ、あぁ……」


「どうしたんですか?」


「いや、なんでもねぇ……寒いし、火を灯しながら進むか」


 やはり私と同じくハンネスさんも寒いのか、耳まで真っ赤になった顔をしていますね……ここは少しMPの消費が気になりますが、魔術等で火を灯しますか。

 どうやら花子さんや武雄さんは寒さに弱いらしく、全く影の中から出てこようとしませんし、もしもの時のために松明で片手が塞がるのは避けたいですので仕方がありません。


「――《灯火》」


 とりあえず私とハンネスさんの周囲に二つずつ浮かべれば大丈夫でしょうか。


「さぁ、行きますよ」


「おぅ、さんきゅ」


 そのまま先が見えない通路の奥へと足を進めます――






「――うおおぉおぉおぉぉぉおお!!!!!!」


 凍り付き、踏ん張れずに滑る床の上をハンネスさんと疾走します……そんな私達のすぐ後ろでは破壊不能オブジェクトらしい、ベッタベタな鉄球が迫って来ていますね。

 さらにそんな私の行く手を遮るように上下左右前後の、ほぼ全方位から『冬の眷属』という名称のモンスター達が襲いかかってきます。

 彼ら冬の眷属は非常に弱く、武器を振るうだけで簡単に倒せるのですが……倒すと一気に冷気を放出して私達に凍傷や凍結のバッドステータスを与えてくるのが厄介ですね。


「ハンネスさん、五月蝿いですよ」


「うるせぇ! 俺はお前と違ってAGIが低いんだよ!」


 あー、冬の眷属を倒さずに放置すると噛み付かれてそのまま凍ってしまいますが、かといって倒しても与えられるバッドステータスで素早さが下がってしまいます。

 元々AGIの値が低いハンネスさんはそれだけでかなりいっぱいいっぱいなのでしょう……このままでは鉄球に飲み込まれるのも時間の問題でしょうか。

 私と違って有り余るSTRで床を踏み抜く事で滑る事は回避しているようですが、関節が凍り付いてしまっては力も入れずらくなるでしょう。


「! 曲がり角ですが、ハンネスさん大丈夫ですか!」


「あぁん?! 曲がり角だぁ? ……曲がる瞬間に滑って死ぬな!」


 うーん、ただでさえ普通の地面で走りながら曲がる際は体の軸が斜めになりますからね……そのままツルんと滑って鉄球に潰されそうです。


「仕方ありませんね……ハンネスさん、私の腰に捕まってください」


「はぁ?」


「いいですから、早く」


「お、おう」


 曲がり角の天井にぶら下がる氷柱に向けて糸を射出して括り付けてから一気に跳び上がります……そのまま糸を括り付けた氷柱を軸として振り子の様に移動する。

 ハンネスさんをぶら下げ、空中で四方八方に火炎魔術を飛ばして眷属達を吹き飛ばしながら振り回されるように曲がり角を勢いよく曲がっていきます。


「下り階段みたいですね、降りますよ」


「降りるっていうか、落ちてるんだが?」


 曲がり角の先がまさかの下り階段だったという事実に多少驚きつつも、これは都合がいい・・・・・とほくそ笑んでしまいます。


「ハンネスさん、鉄球が来たら3回ほど初級攻撃魔術を放ってください」


「はぁ?」


 着地すると同時に下り階段の上部ではなく、側面を蹴る事で駆け落ちながらハンネスさんに必要な工程を伝えていきます。

 露骨に「またいったい何をするつもりなんだ」と顔を顰める彼を急かしながら、私は私で準備を整えます。


「――来ましたよ!」


「――《石弾》x3」


 背後で大きな音が聞こえたと同時に一斉に振り向き、ハンネスさんが初級攻撃魔術を3発放つのに合わせて私も鉄球に向けて《盗む》を5回ほど繰り返します。

 そのすぐ後に、私の指示通りにハンネスさんがその場で斧を三回振り下ろした後に五回ほど逆袈裟に振るう。


「――ポン子さん、外したらお仕置ですからね」


 最後にハンネスさんの背に自分を糸で括り付け、完全に落ちながら背後の鉄球の方を向いた私が――最初の初級攻撃魔術で汚れた箇所を連続で撃ち抜く。


 ――ィィィイイイイン!!!!!!


「い"っ……?!」


 私と違って最後は階段を落ちる事に専念していたらしいハンネスさんが、突然の鋭い音に悲鳴を上げてしまいますが……無事に成功したようです。


「お前なにしやがった?!」


「破壊不能オブジェクトを破壊しただけです」


「あんだってぇ?!」


「知らないんですか? 破壊不能オブジェクトは破壊できるんですよ」


「破壊できねぇから破壊不能オブジェクトなんだよバァーカッ!」


 何だかヤケクソ気味に笑いながら罵倒するハンネスさんに微笑み返しますが……ユウさんの情報が本当に役に立ちましたね。

 落下しながら初級攻撃魔術を三回ほど放ち、その場で盗む系統のスキルを五回発動して、さらにその場で自らの武器を三回振り下ろして五回ほど逆袈裟に振るった後に初級攻撃魔術が当たった箇所と寸分違わずに遠距離物理攻撃を当てると破壊不能オブジェクトは破壊できるらしいのです。


「――と、ユウさんが言ってました」


「あのモジャ頭ァ!」


 おやおや、ハンネスさんもユウさんと面識があったのでしょうか?


「まぁ、とりあえずこれで一息付けますね」


「……複雑なダンジョン攻略だ」


 落ち込むハンネスさんに首を傾げつつ、まぁ休憩すれば大丈夫かと気にしないでおくことにします。


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