第293話天氷狼の口腔その3


「……ふむ、分かれ道ですか」


 ベタな罠から初見殺しの即死トラップまで、バリエーション豊富な歓待を受けた道の先で複数の分かれ道を発見しました。

 天井が高く、少し広めの広間の様な場所では正面の坂に挟む様にに通路の入り口が横並びになったものが三段ほど存在しています。

 それぞれ一段目が五つ、二段目が四つ、最上階の三段目が三つの合計十二個の選択肢がる状態ですね。


「丁度いいな、ここらで別れるか」


「そうですね、元々どちらが先に攻略するかの競走でしたしね」


 このダンジョンに突入をしてからずっと一本道しかありませんでしたので、なし崩し的に協力して攻略していましたが……ハッキリとした分かれ道があるのでしたら仕方がありません。

 ここいらでハンネスさんとは別れ、本格的にダンジョン攻略を競うとしましょう。


「正解の道が一本しかないのか、それともそれぞれ別のルートで進むってだけなのか……分からねぇが、負ける気は毛頭ねぇ!」


 足を大きく開いて腕を組み、胸を反らして威張るようにそう宣言するハンネスさんを片眉を釣り上げながら見上げます。


「今までの戦績を振り返ってから大口を叩いて下さいね」


「やかましい!」


 コチラの挑発に見事に引っかかったハンネスを見て、口元に手を添えながら小さく笑ってしまいます。

 少し寂しい気もしますが、この分かりやすい、すぐに返ってくる面白い反応も暫くのお預けですね。

 ここまでの道中は私を楽しませようと何やら色々と頑張ってくれていた様ですが、ここからは本当の本当に敵同士です。


「ではこれで――なんですか、その手は?」


 このまま別れてさっさと先に進もうと思った矢先……ハンネスさんが黙って握り拳を私の前に持って来ました。

 口をへの字に曲げ、少しだけ視線を彷徨わせながら行われるその動作に、少しだけ首を傾げます。


「お互いの健闘を祈る、的なナニカだよ」


「的なナニカってなんですか」


 そこはもう言い切っていいと思うのですけどね……何だか可笑しくなりながらも、ハンネスさんの拳に自らの握り拳を合わせます。


「それでは――」


「あぁ――」


 お互いの拳をぶつけ合わせ、健闘を祈り合うスポーツマンシップとやらに準じた様な光景がその場に広がり――そのままハンネスさんを糸で縛り上げました。


「……あ?」


 片腕だけ拳を握って伸ばした体勢のまま、天井の氷柱を視点に吊り下げられるハンネスさんが間抜けな面を晒しているのを微笑ましく眺めます。


「ハンネスさん、レースはもう始まってるんですよ」


「……」


 私の丁度目線の辺りの高さに浮くハンネスさんを嘲笑の眼差しで見ながらそう言うと、段々と彼の顔に理解の色が浮かんで来ました。

 そんな彼の顎に人差し指を添え、そのまま上向かせながら、ただ一言――


「――油断、する方が悪いんですよ?」


「――ッッッッッッ??!!?!?!」


 言葉にならない叫び声を上げて憤慨するハンネスさんをひとしきり笑った後、広間に麻痺毒と猛毒のガスを充満させて適当な通路へと駆け抜けます。

 怒涛の様に押し寄せるハンネスさんからの怒りのチャットメールに対して、全てマリアさんに教えて貰った『よく聞こえない』という動作をする顔文字だけをコピペして返信とします。


「……ばぁーか」


 最後に一通だけ、ハンネスさんの真似をして『ばぁーか』と一言だけ返してみました……その後のハンネスさんからの返信はありませんでした。


 ――誰が馬鹿だぁ?!


 代わりにダンジョン内に響き渡る叫び声だけが耳に入ってくるのに合わせて、思わず口角が上がってしまいましたね。

 本当に彼は反応が分かりやすくて面白いです。


「……私はダンジョン初心者ですからね、これくらいはハンデという事で」


 まぁ、初心者でなくとも妨害は普通に行うんですけどね。


▼▼▼▼▼▼▼

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る