第291話天氷狼の口腔


「ここがハンネスさんが新しく発見したダンジョンですか?」


  大きく開いた洞窟への出入り口……まるで巨大な獣が大きく口を開けたかの様なイメージを抱く迫力があるそれが目の前にあります。

 大陸北部のさらに北側に位置する『ルレザン群島』の中心にある小島にひっそりと存在するにしては、何ともおどろおどろしい雰囲気を放っていますね。

 海面は荒れた海の波飛沫をそのまま固定したかの様に凍り付き、その上から濃霧の様に視界を遮る猛吹雪が積み重なって、どこから陸地でどこに立っているのかさえ判然としない……そんな場所に私達は辿り着きました。

 それにしても『ルレザン群島』……フランス語で葡萄という意味の名前とは、中々に小洒落てますね。


「あぁ、まだ俺しか知らねぇ」


「ここに来るまで色々ありましたから、早々に見つかる事はないのでしょうね……むしろよく見付けたと思います」


 えぇ、本当に……ここ数日間の道中は色々な出来事がありましたね。


「色々あったのはほぼ全部お前のせいだぞ」


「? ……??」


 なんかハンネスさんがまたよく分からない事を行ってますね……どういう意味なのか分からずに思わず首を傾げてしまいます。


「嘘だろお前……いきなり冒険者を殺したり、森に火をつけたのは覚えてるよな?」


「あれは向こうが先に手を出したのと、コマッタトキダケさんが自爆したのです」


 最初に馬を借りようとした冒険者ギルドでの殺人は私からではなく、先に向こうが私に対して加害行為を行ったのです。……私はその報復をしたに過ぎません。

 森を盛大に燃やしてしまったのだって、私はきちんとコマッタトキダケさんという対象だけを蒸し焼きにするつもりでしたのに、コマッタトキダケさんが焦って自爆して広範囲に爆炎を撒き散らしたのが悪いのです。


「軍馬を盗んで砦を爆破したのは?」


「ギルドで借りる馬よりも丈夫で強そうでしたし、あれはちゃんと後で返すつもりだったんですよ? ……砦は単純に邪魔だったからですね」


 ファーストコンタクトを失敗して登録できなくなってしまった冒険者ギルドに文字通り借りを作ってしまうのも微妙に嫌でしたし、ただ移動する為の馬よりも長く持ちそうだったので借りただけです。

 それに私はきちんと後でお返しするつもりだったんですよ? ですが人の話を聞かずに一方的に攻撃してきた彼らが悪いのです。

 しかも遠距離で連絡する手段があったのか、街道先の砦で迎撃態勢を整えて待ち構えるなど……個人に対して過剰とも言える手段を取って来たので、つい爆破してしまっただけなのです。


「私ばっかりを責めますが、ハンネスさんだって地割れや雪崩を起こしていたではありませんか」


「あ、あれは仕方がなかったっていうか……その、だな……」


 追っ手と私達を分断するとか言いながら街道を真っ二つに引き裂いて多くの兵士が奈落の底に呑み込まれた時は『やっべ!』とか言っていたではないですか。

 山の斜面から攻撃してくる山岳兵に対して思わずキレてしまった時だって大規模な攻撃を返してしまい、そのせいで大きな雪崩が発生して慌てる羽目になったのを覚えています……その時だって『おぉう?!』とか叫んでいたではないですか。


「いや、でも戦闘中の事故だった俺とは違ってお前の所業はほぼ擁護できねぇからな?!」


「そうでしたか?」


「お前、立ち寄った街で騒ぎを起こさなかった時がねぇだろうがっ……!!」


「……そう、でしたっけ?」


「お前これまで何人の要人を殺したか数えてみろッ!!」


 えっーと、軍馬を盗――借りる際にシバ将国に対する他国の使者らしき貴族の方を見掛けたので、これは面白くなりそうだなと思って殺害したのが一人目ですよね。

 その後は砦の指揮官を爆殺したのが二人目で、リフィル第三軍管区から連絡が行っていたらしい次の街の町長が私達を捕えようとしたので刺殺したのが三人目……それから――


「……ざっと八人くらいでしたっけ」


「……そうだな、俺が数えていた人数ともピッタリだ」


 どうやら私が殺害したその要人達の中に重要NPCが混ざっていたらしく、通常よりかなり多くのMPを吸い取られたのに蘇生出来なかったとボヤいていましたね。

 特にこのダンジョンがある群島に一番近い『アラハバキ諸部族連合国』の、三番目に大きな力を持つ氏族の長を蘇生しようとした時はHPまでも吸い取られて大変だったらしいです。

 殺すのと壊すのは簡単なんですけど、逆はとても大変な事は何処でも変わらない様ですね……しかも結局重要NPCは全員蘇生できなかったみたいですし。


「本当に、色々あった……」


 本来の目的であるダンジョンに入る前だと言うのに、なんだか既に大仕事を終えた後みたいな疲れ切った声を出すハンネスさんに内心で首を傾げながらも、とりあえず相槌を打っておきます。


「そうですね、特に惚れ薬の件は――」


「――その話はやめとこう」


「……そうですね、やめておきますか」


 この話はあまり口に出す事すら憚られますので、そっと胸の内にしまっておきましょう。


「さて、なんにせよ無事に目当てのダンジョンに着いたのですから……何時までも済んだ事を掘り返していないで入りますよ」


「……はぁ、そうだな」


 ここからはハンネスさんでさえ未知の領域で全く予備知識がない、現状で最前線にある最高難度と想定されるダンジョンです。

 おふざけの部分が目立ちますが、ここの運営は重要NPCが殺害されたら蘇生すら認めずに正史ルートの改変を受け入れたり、初見殺しや普通は気付けない抜け道など……割とシビアで嫌らしい感性を持っているとの呼び声が高い様ですので、油断はできません。


「んっ、んっ……よし、いいですよ」


「ゲームで準備運動しても仕方ないだろ」


「気持ちの問題ですよ」


「ふーん、そんなもんか」


 準備運動を終え、ハンネスさんと軽く言葉を交わして――


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オリジンダンジョンIV:天氷狼の口腔コキュートス

推定難易度:★★★★★★★★★☆

探索度:0%

発見者:ハンネス


備考

神々の封印地

確殺迷宮

永久凍土

裏切りの罪


※注意

このダンジョンのクリアの如何によってはメインストーリーに深刻な影響が出ます。


本当にこのダンジョンに挑みますか?


YES/NO


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 ――あんまりな内容に思わず笑みが漏れてしまいます。


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