第290話最前線到達RTAその8
「――あっ、起きましたか?」
今日が休日だった事もあって、朝の諸々の準備や食事などを終わらせて昨日に引き続きログインすると目の前にレーナの奴が居た。
どうやらちょうど防寒具へと着替えていた様でらきちんと縦セーターの上から軽鎧を着込み、その上から厚手のコートを羽織っている。
鎧の首元などにもちゃんと毛皮のファーを装着して、皮膚にくっつかない様にしている……のは良いんだが、なんで普通に同じ部屋で着替えてんだこの馬鹿は。
「お前なぁ……俺がログインするのが少しでも早かったらどうするつもりだったんだ? 臍に言及されるくらいでえっちとか言ってた奴がよぉ」
本当にコイツの基準はよく分からねぇ……頬にキスするのは良くて、臍が出てる事を指摘するのはダメ……かと思ったら普通に俺と同じ部屋で着替えを済ませやがる。
なんだ? あれか? コイツは俺を試してやがるのか? だとしたらなんて性悪で迷惑な野郎だ……俺だって色々困るんだぞ。
「? ゲーム内での着替えなんて一瞬で終わりませんか?」
「それはそうだが、なんかそういうのって気持ち的に嫌なもんじゃねぇのか?」
ほら、なんかよくあるじゃねぇか……実害はないけど、なんか心情的に躊躇してしまう様な事って。
「何を言っているのか分かりませんが、さっさと着替えて下さいよ。時間が無いんです」
「はぁ? ……まぁ、良いけどよ」
時間が無いって、コイツも結構未踏破ダンジョンの事が楽しみだったりするのか? だとしたらコッチとしても勇気を出して誘った甲斐があったってもんだけどよ。
とりあえず急かされるのも落ち着かねぇからさっさと手持ちの装備を着用するか……防寒具とかは水着と違って中に着込んだり、外から羽織ったりするだけで良いから楽だな。
ただ暖を取れれば良いから装備としての機能は要らず、装備としての機能はないから鎧などと重複しないのがいい。
「……なんか外が騒がしくないか?」
装備の上から厚手の外套を羽織りながら、既に雪がチラつく外を窓から見下ろす……まだ朝も早いってのに、えらく騒がしいな?
以前にパーティーメンバーの皆と来た時は特に何も無かった筈だが、何処かで何らかのフラグでも踏んでたか?
「あぁ、もうここまで絞り込んで来ましたか」
「……なんだって?」
窓を開けた途端に吹き荒ぶ風に煽られる髪を抑え、白い息を吐きながら口元をマフラーの中に埋めるレーナが吐いた聞き捨てならない言葉に怒鳴りそうになるのを何とか堪え、冷静になんと言ったのかを聞き返す。
ここでいきなり怒鳴ったって仕方がねぇ……そんな事をすればまたコイツは『なんで怒ってんだ』って顔して首を傾げるだけだ。
そう、ここは冷静に今起きている事実のみを尋ねるんだ……そうすればコイツだって自らが把握している事を教えてくれるだろう。
「いえ、最初に借りた馬は昨日のうちにハンネスさんが冒険者ギルドとやらに返したじゃないですか」
「あぁ、冒険者ギルドは高位冒険者向けに駅の様な事もしているからな」
歴史上二番目に広大な領土を治めたとされるモンゴル帝国で採用された駅と似たような物で、各市町村のギルドに配備された厩舎から借りた馬を別の街に返す事が出来るし、なんなら街ごとに馬を乗り継いでスピードを落とさずに目的地に向かう事だって出来る。
クランハウスなどがある後方と最前線の長距離を行ったり来たりする攻略組や、少し遠出をするまったりエンジョイ勢にまでよく利用される便利なシステムだが……それがいったいなんだってんだ?
「朝早めにログイン出来ましたので、私が代わりに借りて来ようかなと思ったのですが」
「……お前ギルド登録できなかっただろ」
話しながら宿の部屋を出ていくレーナの奴について行きながら思わず呆れた表情を浮かべてしまう。
高位冒険者どころか、そもそもギルドに登録さえされてない奴が馬なんて高価な代物もを借りれる訳がないだろ。
「……そんな顔をしないで下さいよ、私もうっかり失念していたのは悪かったですけれど」
「……ま、まぁ、うっかりする事くらい誰にでもあるよな」
「ハンネスさんもうっかりするんですか……想像したら笑えますね」
「おまっ……! 人がせっかく気遣ってやったってのによぉ……!」
そうだよ! コイツはこういう奴だよ! なんで一時でも変なフォローをしようと思ってしまったんだ俺は?!
「ちっ……ほら、続きを話せ」
宿の外に出た事で寒い外気に晒された事も相まって、口をへの字に曲げながらぶっきらぼうに続きを促す。
「えぇっと、何処まで話しましたか……あ、そうそう、馬を借りられなかった所までですね」
そのまま冒険者ギルドではなく、何故か宿の裏手に回り込むレーナの野郎に首を傾げながらも後をついて行く。
「ギルドから借りられないのは仕方ないとしても、ちょっと良い事を思い付きまして」
「……嫌な予感する」
そのまま辿り着いた宿に併設されていた厩舎には、これまた立派な体躯をした雄々しい馬が魔獣の皮などで作られた丈夫なレザーアーマーを着用して二頭ほど佇んでいて――
「――なので軍馬を二頭ほど盗んで来ました」
「バッーカ! お前のバッーカ!」
思わず頭を掻きむしって『うがっー!』と身体全体で表現しようのない胸中を表現してしまう……頭を掻きむしった腕をそのまま勢いよく振り下ろし、まるで見えない何かを抱きかかえるかの様な中腰の体勢で目の前のアン畜生を罵る。
ここは軍事国家で、憲兵達の権限が強いと……だから騒ぎは起こすなと釘を刺したばっかりなのに、なんで寄りにもよって軍隊から盗みを働くんだこの馬鹿は?!
「いえ、ギルドから盗もうと思ったのですが……どうせなら強くて逞しい方が良くありません?」
「このお馬鹿ッ!!」
あぁ、コイツはこういう奴だよな……思わず額に手を当て、天を仰ぎみるしかない。
「……あの?」
そして当の本人はまるで俺を奇行を繰り返す変人を見るような目で、困惑気味に見上げてくるのだからやってられねぇ……俺がおかしくなったのはお前のせいだからな。
「――居たぞ! あそこだ!」
「ほら、ハンネスさんが騒ぐから見付かったではありませんか……私にあれだけ騒ぎを起こすなと言っておきながら」
思わず自分のこめかみに青筋が立つのがハッキリと分かる……が、今はそんな事に気を取られてる場合じゃないと深呼吸をして一度落ち着く。
「お前後で叱ってやるからな!」
「……ふむ、これは叱られてしまう案件でしたか」
「……けっ!」
何が良かったのかは知らねぇが、こんな時に薄く微笑むクソ女から顔を逸らす……すぐそこまで今度は正規の軍人が追っ手として迫って来ているっていうのに呑気な野郎だ。
「ほら! さっさと乗れ!」
「……女性はもっと優しく扱うべきですよ」
「うるせぇ! 相応の扱いをして貰いたかったから相応の態度や言動を見せてみろ!」
とりあえずマフラーに顔半分が消えたレーナの野郎を片方の馬の上に放り投げ、上から降り注ぐ奴の文句を聞き流しながら俺も別の馬に乗る。
「すいませーん! 後で返しに来ますのでー!」
「何を意味の分からん事を!」
「いや俺もそう思う! 本当に! いやマジで!」
本当に緊張感や罪悪感ってもんが存在しやがらねぇ! なんだコイツ!
「クソっ! せっかく暗殺者共を全員撒くか倒すかしたってのに、今度は正規兵共から追われながらの行軍かよ!」
「ふふっ、今日も楽しい道中になりそうですね」
「まったくだ! お陰で退屈しねぇよ!」
レーナの野郎――いや、レーナに憎まれ口を叩きながらも、自分自身も何処かで楽しんでるのが隠せずに笑いが漏れてしまう。
もう考えたって仕方がねぇ……それよりも難易度の上がったこの最前線到達RTAをどう料理してやろうかってところにしかもう意識が向かねぇ。
相手が難敵で、課題が難しければ難しほどに……俺はどうしようもなく燃えてしまう。
「……ハンネスさんのその顔、私は好きですよ」
「あん?」
「ふふっ、私に向かってくるその顔が悔しげに歪むのまでがいつものワンセットですが」
「よーし、後ろの奴らの前にお前から先にぶちのめしてやんよ」
まるで『悪戯が成功した』と言わんばかりの無邪気な笑みを向けるコイツとお互いに武器を構えながら――背後に向けて思いっ切り振り抜く。
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