第289話最前線到達RTAその7


「――ぜぇ、ぜぇ!」


 花子さんや武雄さんに持って貰った松明などで照らされた夜道をゆっくりと馬で進んでいる道中ですが、横からもう既に疲れ切った息切れの音が聞こえてきます。

 前方の視界には最初の目的地である『シバ将国』の『リフィル第三軍管区』なる街が見えていますし、この先もう街まで突破しなければいけない障害物やギミックはないので大丈夫だとは思いますが……スキルすら使えない状態で、大量の汗を掻いているのは気になりますね。


「大丈夫ですか?」


「誰の……ぜぇ、ひぃ……せいだとっ! ……はぁ、はぁ……思って、やがる……っ!!」


 懐からMPポーションを取り出してがぶ飲みするハンネスさんに怒られてしまいましたね……まぁ、少しばかりテンションが上がっていたのは否定しません。

 その分とても楽しかったので何も後悔はしていませんし、私の邪魔をしてやると息巻いていたのはハンネスさんの方なので自業自得です。私は悪くありません。


「まさかあんな荒業で死亡者ゼロにするとは思いませんでしたよ」


「へへっ……ざまぁ、みやがれ……!!」


 私への妨害も勿論の事ですが、まさかMPと回復アイテムの許す限り広範囲に渡って回復と蘇生を行うとは思いませんでした。

 しかも蘇生に至っては予め掛けておく事で死亡時に即復活するという、通常ならここぞという戦いの前に使用するとてもMP消費の激しい物を乱発していましたからね。

 本来の目的を思えば殺した者が復活したからといって、そこで足を止めて再度殺す訳にも参りませんし……特殊な条件下が生んだ結果と言えるでしょう。


「なんにせよ、今回はハンネスさんの勝ちですね……どうします? 頬にキスでもしてあげましょうか?」


「う、うるせぇ! 前向いてろ!」


 ハンネスさんの反応が分からなくて少しばかり首を傾げてしまいます……ユウさんやマリアさんはこういう報酬みたいな物は喜んで受け取っていたと思うのですが。

 こういう約束事は守らなければいけないと教えられたのですが、どうしましょう? 後で履行すれば良いのですかね?


「ふぅ……そんな事よりも、次の街でする事は分かってるか?」


「えぇ、確か防寒具を調達するのですよね?」


 ここから先は大陸北方の中でも特に厳しい極寒の地らしいですから、何やら特別な装備が必要な様です。

 このゲームの、こういう所は本当に凝っていると思いますね……ゲーム的な要素やシステムは忘れず、尚且つリアル志向という部分を徹底的に拘っている様です。


「あぁ、そうだ……この前海底神殿とやらを攻略したんだろ? あれの水着みたいなもんだ」


「なるほど、防寒具が無いと凍傷のバッドステータスが付きそうですね」


「最悪そのまま凍死するからな」


 なるほど、これはまたしても井上さんの出番が無くなりそうですかね……下手したら凍死するレベルの寒さであるならば、金属製の鎧は控えた方が良いでしょうか。

 まぁ、そこら辺は後でゆっくりと考えますか……もしかしたら毛皮などを接触部分に着用すれば解決するかも知れませんし。


「特にお前は臍を出してるし、気を付けろよ」


 そう言ってハンネスさんが指差す先にある、自身のお腹を見下ろしてみます。

 確かに私の今の格好はお腹が丸出しで、臍が見えてしまっていますね……普段と言いますか、リアルでは絶対にしない様な格好です。

 ゲームでの遊びが楽しく、利便性もあったので今まであまり気にしませんでしたが……人から指摘されると多少は恥ずかしくなってきますね。


「……えっち」


「――ッッ??!!?!?!」


 何となく八つ当たり的に呟いて前を向きます……もう気にしたって仕方がありませんから、ここはゲームだと改めて割り切った方が良さそうです。


「な、なん……なんで頬にキスは良くて、臍はダメなんだ……? そういうファッションとかではないのか……?」


 何やら突然一人でブツブツと独り言を呟き始めたハンネスさんの奇行に首を傾げつつ、そろそろ寝る時間も近付いていますので馬のスピードを上げていきます。

 ですがまぁ、確かにここら辺から既に寒さを感じますね……空もどんよりと曇って月や星も見えませんし。


「ほらハンネスさん、疲れたのは分かりますがそろそろ着きますよ」


「……はぁ、お前の変な判断基準に悩んでも仕方ないか」


「? なんの事です?」


 せっかくそろそろ目的地に着く事を教えてあげたというのに、当のハンネスさんから返って来たのはそんなよく分からない返事でした。


「なんでもねぇよ……一応言っとくが、シバ将国は軍事国家で軍人や憲兵の権限が強いからな、あんまり騒ぎは起こすなよ」


「? 騒ぎなんて起こしませんよ」


「フラグを立てたかも知れねぇ……」


 何やらまた別の事で頭を抱えているらしいハンネスさんの奇行を『もしかしたらいつもの事なのかも知れない』と思い直し、もう無視する事にします。

 私と彼は長くパーティーを組んだ経験はほぼありませんし、もしかしたらこれが私の知らないハンネスさんの一面なのかも知れません。

 とりあえず心の中のメモに『ハンネスさんは時折よく分からない奇行を繰り返す』と書き込んでおきます。


「……何やら不名誉なメモをされた気がする」


「またよく分からない事を……私の読みは合っていた様ですね」


「あん?」


「なんでもありません」


 まさかメモ書きをしてスグにそれが当たるとは……私の人間観察も中々の領域に至ったのではないでしょうか。

 この調子でいけば、色んな人から不備を指摘される現実世界での擬態も完璧にこなす事が出来そうです。


「とりあえずさっさと街に入って、今日はもうログアウトしますよ」


「へいへい」


 口をへの字に曲げてぶすっとするハンネスさんの様子に少しばかり可笑しくなりながらも、新しい未知の街に向けて馬を走らせる。


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