第288話最前線到達RTAその6
「……」
炎上する森と煙に巻かれた追っ手の生き残りを背に、並走するハンネスさんにじとっとした目で見られますが……仕方ありません。
彼も私も、森に火をつけるとコマッタトキダケさんが全身から全ての胞子を噴出させて粉塵爆発による自爆攻撃を敢行するとは知らなかったのですから。
まさか放火されたと判断するや否や、なんの躊躇いもなく状態異常付きの強力な自爆攻撃をするとは……正にコマッタトキダケの攻撃という事ですね。
「コマッタトキダケさんの、コマッタトキダケの攻撃」
「うるせぇよ!」
あらら、下手なダジャレで怒られてしまいましたね。
「まぁ、あれです……段々と暗くなってきてので、この明るさは丁度いいのではないかと」
「盛大に燃やしやがって……」
仕方がありません……私だってここまで森を燃やすつもりは無かったのですが、コマッタトキダケさんが爆死してしまったので被害が大きくなったのです。
私は常識の範囲内で森を燃やすつもりだったのです。私は悪くありません。コマッタトキダケさんが悪いのです。
「にしても……まだ着いて来ますか」
「意外と根性があるじゃねぇか」
チラリと後ろを確認すれば、最初の頃より大分数を減らしたとはいえ、未だに私やハンネスさんを殺そうと放たれた刺客が追い掛けて来ています。
煙や火の粉に巻かれて満身創痍になりながらも、それでも諦めずに私達へと追い縋ってくる様に首を傾げてしまいますね。
そこまでして私やハンネスさんは殺したい標的なのでしょうか。
「彼らの背後関係が気になりますね」
「裏社会的なのはお前の方が詳しいし、伝手もあるだろ」
「うーん、そうですねぇ……帰ったらエレンさんに聞いてみますか」
そういえば彼らは『メッフィー外様公爵領』から来たんでしたっけ……ならギランさんや、ぐ、ぐれ……ぐれご……グリコ? さん達にも話を聞いた方が良さそうですね。
まだ支配して間もないので、誰があの地域の主人なのか分かっていない方々が居るのかも知れません。
……もしくはファストリア家の残党が絡んでる可能性もありますか……まぁ、あの家はもうどうでもいいんですけど。
「それよりも前を見ろ、そろそろ次だぜ」
ハンネスさんに指し示され前方を注視する……『妖精樹の森』を抜けた先に地平線まで広がる平原から立ち上る小さな煙。
あれは生活する際に必要な炊事などによって生じたものでしょう。
「ここから先の平原は遊牧民族が通せんぼしている。ここを不法に占拠している奴ららしいが、自分達のテリトリーだと定めた範囲に入れば迎撃してくる」
「そこを突っ切る訳ですね」
「他に道がない訳じゃねぇが、ここを通るのが一番早いんでな」
「そういうの好きですから、構いませんよ」
段々と近づくにつれ、コチラの存在に気付いたらしい遊牧民族の方々が銅鑼の様な物を叩き、迎撃体勢を整えたらしい者達から馬に乗って向かって来ます。
なるほど、確かに近づいただけで問答無用で襲われてしまうらしいですね。
「仕方ありませんね――井上さん」
魔統っていた影山さんを解き、代わりに井上さんを全身に着込む……その時に別の鎧を消費する事で、一時的に馬にも拡張された井上さんを纏わせます。
その後すぐに短刀に影山を纏わせ、大太刀として馬上戦闘の用意を完了させる。
元々太刀は片手で、馬に乗りながら使う為の刀でもありますから、やっと正しい使い方が出来たと言うべきでしょうか。
「準備はできたか? 精々脱落しない様に気を付けろよ!」
「そちらこそ、人命を優先し過ぎて落馬しないで下さいね」
「けっ! 馬の借り方すら知らなかった奴が生意気言ってんじゃ――ねぇッ!!」
ハンネスさんが担いでいたハルバードを振るうと同時に大地が捲り上がり、前方に左右を隔てた壁を伴った一本道が出来上がります。
隆起した地面に押し退けられ、最初に迎撃に出ていた騎馬隊のいくつかが落馬したりするのを見て思わず目を細めます。
「……殺せないんですが」
「人命を優先し、尚且つ先に進める良い手だろう? 悔しかったら俺を出し抜いてみせろよ」
「むむっ」
なるほど、確かに先に進むという本来の目標を達成しつつ、私の邪魔をして自分のしたい事を押し通しているのは流石ですね。
「こういう時なんて言うか知ってるか? ――ざまぁ」
「ほう、そんな事を言っちゃいますか」
地殻聖鎧とやらに隠れて見えないながらも、ハンネスさんが今とても生意気な表情をしているのは何となく分かります。
つまり私は今彼に煽られているのです……見事に私を出し抜いて『自分の陣営らしいプレイ』をして見せた彼からの勝利宣言とも言えるでしょう。
ならば私はその勝ち誇った顔に汚泥を塗りたくるまでです。
「――やってしまいなさい」
詠唱待機しておいた強化魔術を従魔達に施すと同時に指示を出し、強力な火炎魔術と暴風魔術によって火災旋風を巻き起こす。
それをそのまま
ほらほら、良いんですか? 早く消火しないと非戦闘員である女子供や老人まで焼け死んでしまいますよ?
「こういう時なんて言うんでしたっけ?」
火災旋風に巻き込まれ、肺の中まで入り込む火の粉に苦しみ悶える人々の声をBGMにハンネスさんの隣りへと馬を移動させて並走します。
「あぁ、そうそう……確か――」
勝ち誇った態度から驚愕のそれへと変化するハンネスさんを上目遣いで見上げながら、態とらしく指先を顎に添えて見せる。
「――ざまぁ、でしたっけ?」
「てんめぇ……」
おやおやハンネスさん、ハルバードを持つ手が震えていますよ? 大丈夫ですか?
「ふふっ、わざわざ通りやすい道をありがとうございますね? お陰で集落まで真っ直ぐ進めます……消火活動、頑張って下さいね?」
「――ぶっ殺す!」
ふふっ、これは楽しいですね……私の言動一つ一つに過剰に反応する相手というのは、なんと言いますか、揶揄い甲斐がありますね。
律儀に渦巻く巨大な炎を大地の城壁で囲む事で酸素の供給を断ちつつ、被害が拡大するのを防ぐ彼も彼で可愛いのですけどね。
「待てやコラァ! ぜってぇ泣かす! ぜってぇ非戦闘員は一人も殺させてやんねぇ!」
やはり彼は少しばかり煽り耐性とやらが足りない様ですね……それで戦闘中の判断能力とかが鈍る訳ではないのですが、以前から度々こういったやり取りがありましたね。
「実行できない事を軽々しく言うものではありませんよ」
「んだとコラァ!」
「ふふっ、ハンネスさんには無理ですよ」
前方からの第二波と、後方からの迫る追っ手の攻撃を二人で捌きながら悠々とじゃれ合う。
「もしも出来たら頬にキスしてあげてもいいですよ」
「んなっ?! ば、馬鹿言ってんじゃねぇ! このアホっ!!」
「……そこで照れちゃうんですか」
「うるせぇ! 俺は照れてねぇ!」
うーむ、スキルによる鎧でハンネスさんの顔が確認できないのが少し残念ですね……もっと揶揄えると思いますのに。
「お前、本当に覚えてろよ……」
「早くしないと忘れてしまうかも知れません」
「コイツっ……!!」
刀剣類スキルには必ずある《飛剣》による遠距離攻撃で飛来する矢を薙ぎ払い、敵を切り捨てながら少しだけ笑ってしまいます。
「ふふっ」
さて、ハンネスさんを揶揄って遊ぶのはこの位にして、そろそろ本気で集落にある命を狙いましょうかね。
私だって負けるのはあんまり好きではないので、むざむざとハンネスさんに有言実行させる訳にはいきません。
向かってくる敵を返り討ちにするのは見逃しても、集落に居るであろう戦えない者達の命を速度を落としてまで狩ろうとすると邪魔してくるでしょう。
ただの道草、寄り道の道楽でしかありませんからね。
「あー、楽しい」
「……そうかよ、そいつは良かったな」
もう既に疲れ切った声を出すハンネスさんに首を傾げながらも、改めて大太刀を構え直す。
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