第285話最前線到達RTAその3
――ガタタタンッ ダンッ ダッ
馬の蹄が小石と土を蹴り上げる足音をたなびかせ、舗装も何もない獣道を駆け抜けていく。
時刻はまだ朝も早い午前中のそれであり、顔を出した太陽の光が馬上の私達を横から照り付けていくのが少し鬱陶しい。
「数は」
「凡そ二十六程度ですね」
ハンネスさんの短い問いに答えながら自らの『敵感知』スキルとマップを同期させ、視界の端へと常時展開させる。
自身とハンネスさんを示す青い点を追い掛け、半包囲する様な動きで敵を示す赤い点が動くのを眺めながらその数を改めて数えていきます。
敵の動きを見る限り、彼らは二人一組のツーマンセルの二セットを一つのチームにするという小隊単位で動いている様ですね。
ペアがお互いを助けあい、ペアのどちらかが負傷して戦線を離脱する際にまた他のペアがカバーするという布陣であるのが見て取れます。
敵は四人ほどが一塊として動いているので、パッと見の計算は楽な作業でした。
小隊が六チームに加えて、後方に二人ほど離れて着いて来ている者たちが居るのが少し気掛かりですね、指揮官でしょうか。
「この先に『妖精樹の森』がある。決められた順番に点在する光るキノコを破壊しないと出られない、いわゆる迷いの森ギミックだ」
「なるほど、分断しながら破壊していくのですね」
「話が早くて助かる。最初のキノコを破壊してからお互いが最速でノルマをこなせば五秒ごとに交互に破壊できる」
そう言ったハンネスさんから『妖精樹の森』というフィールドの地図のスクショが個人チャットで送られて来ます。
それにはそれぞれ番号が振られており、おそらくこれが壊すべきキノコとその順番なのでしょう。
最初のキノコをハンネスさんが破壊すると同時に私が2番の下へ、ハンネスさんが先回りする様に3番の下へと向かう様ですね。
そしてお互いがヘマをせず、最速で破壊すれば十秒後には自分の担当箇所を破壊できる様になると。
ハンネスさんが最初のを破壊して五秒後には私が二番を壊し、その五秒後には先回りしたハンネスさんが三番を壊す。
そして二番を壊してからすぐに四番の下へと私が最短で向かえば約十秒の時間を要する……これを繰り返していけば、傍から見たら五秒ごとにキノコが破壊されている事になりますね。
地図に書き込まれたルートもよく練られている様で、これでしたらお互いに合図も出さず、追っ手に追われながら立ち止まりもせずにギミックを攻略出来ます。
連絡を取り合う必要も全くありません……ただ十秒以内に破壊する事に集中すれば良いのですから。
「いいか? ヘマするんじゃねぇぞ? 絶対に立ち止まるな」
「立ち止まったら包囲されそうですしね」
油断なく、しかし確実に距離を詰めて来ている敵のアイコンを見ながら少しだけ首を傾げます。
この方達、ハンネスさんも狙ってませんかね?
「ハンネスさんも懸賞金でも掛けられてるんですか?」
「裏側の奴らにな」
「なるほど」
つまり彼らはこれを機にハンネスさんも殺ってしまおうって事ですか……私との戦闘に巻き込まれただとか、今なら言い訳はいくらでも出来ますからね。
ですがそうですか、裏社会の人間から懸賞金を掛けられる場合もあるのですか。
まぁ、だとしても――
「――舐められたものですね」
「クッ、違ぇねぇ」
私を軽く見られている事もそうですが、そんなついでと言わんばかりに他の者にも同時に手を出しても大丈夫だと思われているところが面白くありません。
そんな思いの漏れた私の呟きに、ハンネスさんは可笑しそうに笑いながら同意を示す。
「仕掛けて来ましたね」
チラッと後方を確認してみれば十分な距離を詰められたと判断したのか、私達と同じく馬に乗った彼らが一斉に投げ斧を構えるのが見えます。
「ポン子さん――『狙撃』」
彼らが投げ斧を投擲するのに合わせてポン子さんを銃形態へと以降させ、そのまま私達に直撃する物だけを狙い撃つ。
耳元で和太鼓を叩いた様な破裂音が辺りに響くのと、斧が弾かれた甲高い音が耳に届くのは同時でした。
「……そういや物騒なもんを手に入れたって言ってたな」
「ハンネスさんにも期待していますね」
追っ手達が動揺する気配を感じ取るのと同時に進行方向に森が見えてくる……先ほどまで開けた場所であったのに、急に現れた様に見えましたね。
これが迷いの森と言われるフィールドの特徴なのでしょうか。
「俺が目くらましをしたら別れるぞ」
「ボス戦で合流しましょう」
そう短く言葉を交わした直後――ハンネスさんが魔術で小規模の砂嵐を後方で発動させる。
それを合図に二手に別れながら森の中へと入り、最短ルートを走って二番目に壊すべきキノコの場所へと急ぐ。
「……少しイタズラしておきましょう」
馬で森の中を駆け抜けながら鋼糸を周囲の木々の間に張り巡らせ、追っ手の進路を妨害しておきます。
薄暗い森の中で特別細い物を用意しましたので、これで一人か二人くらい脱落してくれると後が楽ですね。
まぁそんな都合のいい事はないでしょうし、最短で特定の場所を巡る都合上どうしても振り抜く事は出来ません。
ルートによっては引き返さなければいけない箇所もありますからね。
「――っと、ありましたね」
ハンネスさんが言っていた通り一抱えほどもある大きさのキノコが、薄暗い森の中で淡い光を放っていました。
すぐさまそれを撃ち抜き、手綱を操作して直角に右へと進路を変更します。
急に方向転換した私に追い付こうと、一人だけ数を減らした追っ手が斜めに追い縋って来る。
「……もう少し数を減らしますか」
馬に『マーキング』を施してから馬の背に中腰で立ち、そのまま糸を木の枝に絡めながら跳躍する事で追っ手達のすぐ目の前まで移動する。
覆面越しに視認できる目元から彼らが一瞬驚きに硬直したのが見て取れます。
そんな状態の彼らが復活するのを待つ利点など全く存在しないのでそのまますぐ近くに居た方を蹴り飛ばし、馬の背に着地する。
「殺れ――」
「――《影転移》」
一番後方で事態を見守っていたせいなのか、混乱した様子もない指揮官の一人が命令を出す直前に影山さんによって短距離転移を行います。
予めマーキングしておいた自分の馬の影から飛び出るのと同時に飛び乗り、そのまますぐ近くにあった四番目をポン子さんで撃ち抜いて破壊する。
私がキノコを撃ち抜いた直後に、私が転移で逃げる直前に敵の馬に仕込んだ爆薬が炸裂した音が響いたのを聞き取り、横目で敵のアイコンを確認します。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……脱落者は少ない様ですね」
苔むした土を抉り、木の根を飛び越え、頭上を掠める木の枝を頭を下げる事でやり過ごす。
そうしている間にも怒気と殺気を隠そうともしない追っ手が、爆煙を引き裂きながら手斧を投擲するのが見える。
私のポン子さんや、毒針などと違って先端に重心が寄った斧による投擲は弧を描く様に飛んで来ますので森の中でも木々を避けながら標的を狙う事が出来るようです。
投げる際に大きな動きを必要とせず、馬に乗りながら簡単に行えるところも利点ですね。
回転し、周囲の木々の背後から突発現れた様に見える手斧には適当に火薬玉を後方へばら撒く事で対処しましょう。
小規模な連続の爆発によって引き起こされた爆風によって斧の軌道をズラす事で躱していきます。
ついでに軌道を変えた斧の内の一つへと短剣を投擲して弾き、六番目のキノコを破壊する。
「向こうもやっている様ですね」
時折少し離れた場所から響いてくる戦闘音で、ハンネスさんの方も追っ手をあしらいながらノルマをこなしている事を悟る。
「私も負けていられませんね」
ポン子さんから短刀に持ち替え、そのまま影山さんに大太刀にして貰ってから適当な樹木やその枝を切り払い、丸太と化したそれらをそのまま糸で巻きとっていく。
大太刀状態を解除した短刀を口に咥え、両手で糸から繋がる丸太を風切り音を響かせながらグルグルと回し――タイミングよく投げる事で、先端に丸太という重心を得た糸が弧を描きながら四方へと飛んでいく。
周囲の樹木や枝に糸が引っかかっては急に進路や角度を変える丸太に後方から頭を打ち付けられ、一人が落馬するのが見える。
「ちっ!」
コチラにまで聞こえてくる舌打ちも意に介さず、下から巻き上げる様に後方に投げた糸が背後の木の枝を巻き取る様にグルグルと回り、追っ手の頭上から丸太が風を切って降り注ぐ。
糸が枝に対して上から引っかかっれば後方から飛来し、下から引っかかっれば前から丸太という質量が迫ってくるのです。
そこそこの威圧感や緊張感を与えられたのではないでしょうか。
「――
それぞれの指から糸を切り離し、ポン子さんを再度手に取ってキノコを撃ち抜く。
そのままもう片方の手で手綱を握り、背後へと振り返って追っ手のド真ん中へと突撃を開始します。
もう一度ポン子さんから短刀へと武器を持ち替え、影山さんに大太刀にして貰ったそれを上段に構えてはさらに影を集めていく。
急に自分達の方へと引き返して来た私に驚く間もなく、彼らは即座に私が構える大太刀に視線が吸い寄せられ、覆面から覗き見える目を大きく見開かせる。
「死にたくなければ退きなさい」
私の宣言と、敵の指揮官が散開を命じるのが重なった瞬間――大太刀を振り抜く。
「――」
影山さんの『影濃縮』によって密度と鋭さを増した刃を、『大太刀』スキルの《春一番》によって射出した事によって開けた道をそのまま立ち止まらずに駆け抜けていく。
追っ手が後方ではなく、左右へと囲まれる様に追い縋って来ている様ですがアイコンを見る限りさらに脱落者が出た様で何よりです。
「さて、彼らも強制的にボス戦へとご招待しましょうか」
あと少しでボスへの道が開ける筈です……ハンネスさんがヘマをしていなければ、ですが。
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