第284話最前線到達RTAその2


「いいか? こういう時は馬を借りるんだよ」


 そう言いながらハンネスさんの案内の下、国境付近の宿場町へと赴きます。

 『元メッフィー商業立国』において、中心的な三つの都市の衛星都市の様なものだったものの一つです。


「何処で借りるんですか?」


「冒険者ギルドだよ」


「……冒険者ギルド?」


「あぁ、お前は利用した事ないのか……」


 遠い目をしながらハンネスさんが教えてくれた事によると、プレイヤーはほぼ皆が登録している大きなゲーム内組織だそうです。

 登録する事で様々なクエストを依頼として受けれる様になったり、欲しい素材なんかを採取依頼として出す事でゲーム内通貨と時間を引き換えに手に入れたり出来て恩恵が大きいらしいですね。

 神殿に次ぐ大陸を跨ぐ巨大な組織があるが故に、高ランクになると自由に馬を借りられたり優遇措置まであると言うのだから驚きです。

 そこまで分かりやすい利益があるのなら、プレイヤーの大多数が登録しているのも頷けますね。


「ちなみにハンネスさんのランクは幾つなんですか?」


「上から二番目のAランクだ」


「言語は違うはずなのにAが出て来ますか」


「日本人が作ったゲームなんだから、日本人に分かりやすくて良いだろうが。細かい所は気にすんな」


「それもそうですね」


 ゲーム等の創作物を楽しむ上でそんな細かい所まで気にしていたら詰まらないですし、言語の重箱の隅をつついていくと最終的に『テフをオフチョベットして作るインジェラ』みたいな事になりそうです。

 オリジナル言語や作品特有の言い換えや言い回しが面白かったり、話の本筋に絡んで来るのでない限り長々と解説するものでもありません。

 それよりもサクッとユーザーに理解させて、さっさと本題に入って楽しませる方が圧倒的に賢いと言えるでしょう。


「冒険者ギルドはだいたい町の中心か、入り口近くにある――ここだ」


「……よくある石造りの建物ですね」


 木製のスイングドアと、冒険者ギルドである事を表す看板以外は特に目立って変わった要素はありませんね。

 そうと知らなければ周囲の建物に埋没して通り過ぎてしまいそうです。


「あー、入ったら絡まられるだろうけど気を付けろよ?」


「? そうなんですか?」


「まぁ、実際に体験した方が早いか」


 何だかよく分かりませんが、微妙な顔をしたハンネスさんの後を着いて行く様に冒険者ギルドへと入って行く――と同時にこちらへと向けられる数多の視線。

 そこまで大きな音が響いていた訳でもなければ、むしろ中から漏れ聞こえていた酒盛りの騒ぎ声の方が煩かった筈ですのに中に居た粗野な方達はみなコチラに振り向いています。

 ハンネスさんの後を追う様に建物内を突っ切っている間も視線は私を捉えて離しません……喧嘩でも売られているのでしょうか?


「すまん、一人新規に登録したいんだが」


「新規登録の方ですね、コチラへどうぞ」


 複数の視線を気にしがらも、ハンネスさんに『行け』と示す様に顎をしゃくられたので職員さんが居るカウンターへと進み出る。

 前に出された書類の書式などを見るに、割と現代的な役所っぽさを感じますね。

 まぁ紙は植物紙ではなくて羊皮紙ですし、ペンも羽根ペンではあるんですけど。


「ここに書いていけば良いんですね――」


「――おいおいお嬢ちゃあん? 来る場所を間違えたんだじゃねぇのかぁ? アンタが叩くべき門は娼館だろ」


 ペンを手に取って書き込もうとしたまさにその瞬間――下卑た野次と共に一人の男が出て来ました。

 周囲の人間達はと言えば大きな口を開けて笑い声を上げる者、男を囃し立てる者、私にセクハラ発言を浴びせかける者……ギルドの職員らしき人も困った顔をしているだけで介入しようとはしません。

 ハンネスさんの方をチラリと見てみるも、嫌そうな顰めっ面でぶすくれているだけですね……なぜ野次を飛ばされた私ではなく、ハンネスさんが不機嫌になっているんでしょうか。


「お前みたいな細腕じゃあ、男の竿は握れても剣は握れねぇよ!」


「違ぇねぇ! ガッハハハ!」


「いいぞー!」


「お嬢ちゃーん! 俺の相手もしてくれよー! えっ? 飛び込み営業じゃない? それは悪かったな! アッハッハッハッハッ!」


 私は冒険者ギルドに登録し、そのまま馬を借りる予定だった筈です……それが何故この様な野次を飛ばされているのでしょうか。

 言われている内容の八割も理解できていないので、何と返せば良いのかも分かりません。


「さて、これはどういった催しなのでしょうか……」


 頬に手を当てながら首を傾げ、この惨状をどうやって切り抜けるべきか思案しますが……これといって良い案も思い付きません。

 黙らせる事は簡単ですが、今ここで暴れた結果として登録できなくなっては目的を果たせないでしょう。


「おいおい、黙ってちゃ分からねえぞ?」


「お前の顔が怖すぎてビビってんだよ!」


「おっと、そりゃいけねぇ! お前にはここはまだ早すぎたってこったな! これに懲りたら帰ってママのおっぱいでも吸って――」


 ――目の前に立つ男の首を掴み、捻り壊しながら床へと叩き付ける。


「『……………………は?』」


 一瞬で煩わしい野次が消え、静かになったギルド内で血の泡を吹きながら倒れ伏した男の鳩尾に膝を乗せ、そのまま顔を覗き込む。

 首を掴んだ手とは逆の手で短刀を抜き去り、トドメを刺すべく振り上げて――ハンネスさんに手首を掴まれ、止められる。


「……待った、そこまでだ」


「……離して下さい」


「離すのはお前だ馬鹿」


 未だに掴んで離さない男の首を示され、怪訝な表情を浮かべてしまいます。


「途中まで止めなかった癖に?」


「結果が出るまで他のプレイヤーは介入できねぇんだ……そういうイベントなんだよ」


「……意味が分かりません」


 気絶する男に回復を施しながら私の手を掴んで離さないハンネスさんを睨み付ける。

 井上さんのアシストがあるとは言え、やはり単純な筋力では敵わない様ですね。

 と、そんな不毛なやり取りをしているとドタドタと慌てた様な足音が二階へと続く階段から聞こえて来ます。


「――ギルマス!」


「……いったいどういう状況だ?」


 ギルマス……ギルドマスターの略称でしょうか?

 ここのトップらしき人物が出て来るという事は、本当にゲーム内イベントだった様ですね。

 つまりは今ここで呑気に寝ている男性はイベントを盛り上げる為の役を与えられたNPCである可能性が高いですか。


「――まぁ、関係ありませんけど」


「あ、おいっ――」


 ハンネスさんの制止も聞かず、そのまま井上さんにアシストされた握力に任せて男性の首を握り潰して殺します。


「……よく俺の目の前で殺したな」


====================


重要NPC

名前:ガーランド Lv.212

カルマ値:50《中立・善》

1thクラス:大剣王

2ndクラス:武王

3rdクラス:バトルマスター

状態:通常

備考

元Sランク冒険者

メロンド冒険者ギルド支部長

第三十八回バルバロッサ武術大会チャンピオン


====================


「私の母様を揶揄したこの方が悪いのです」


 ギルドマスターと言うだけあって、かなり強い様ですね。

 この方が襲って来たとしたらどうしましょうか……クラス名だけで判断するならば搦手を一切用いない純粋な戦士だということが分かります。

 弱点らしい弱点もなく、純粋な暴力で制圧される前に小賢しい策を弄する必要がありますね。


「それで? 私を殺しますか?」


「……やめておこう。今ここでお前と本気で殺り合うと周囲が困る」


 なるほど、街を出たら覚えておけよ、という事ですか……そういえば私には懸賞金が掛けられていましたね。

 人里に入る時はだいたい謀りごとをするので変装していましたし、それ以外はだいたい『始まりの街』に居たので忘れていました。

 冒険者ギルドの様な巨大組織の支部長なら把握していてもおかしくありませんね。


「あ、あー、ギルマス、俺だ、ハンネスだ……とりあえず馬を二頭貸してくれ」


 ……気になってちょっと自分の称号を確認してみたら懸賞金が十億超えてました。

 これはそうですね、見なかった事にしましょう。


「ん? ……お前さん、『大地の聖騎士』のハンネスか?」


「……大地の聖騎士?」


 自身に掛けられた懸賞金を確認していると、聞き慣れない言葉を耳にして思わず口に出してしまいます。


「その呼び名は辞めろ!」


「ハンネスさん、大地の聖騎士だったんですね」


「違ぇから辞めろ!」


 大地の聖騎士なんていう大仰な二つ名? クラス? を持っているとは知りませんでした。


「大地の聖騎士だと?!」


「大地の聖騎士がなんでここに?」


「本物の大地の聖騎士なのか?」


 しかもとても有名な様ですね、私がたった今殺した男性の遺体があるので声量も小さめで近付いて来る方は居ませんが、驚いている方が多い様です。

 私もプレイヤーから変な呼び方をされているらしいですが、NPCから何かを呼ばれた事はありません。

 そう考えると、ハンネスさんはとても珍しいのではないでしょうか。


「えぇい! この女がやらかした補償は後でするからとりあえず馬を二頭貸せ! あと二度とその名で俺を呼ぶんじゃねぇッ!! 小っ恥ずかしいんだよッ!!」


「大地の聖騎士さん、恥ずかしいんですか?」


「お前はちょっと黙ってろ!」


 影山さんに頼んで男性の遺体を影に取り込みながらハンネスさん改めて大地の聖騎士さんに質問してみますが、怒鳴られてしまいまして。


「おいちょっと待て、なに証拠隠滅しようとしてやがんだ」


「? いえ? せっかくなので従魔達の餌にするんですよ」


「もっと悪いわ馬鹿!」


 ダメですか、残念ですね……まぁせっかくハンネスさんが約束通り叱ってくれているので今回は見逃してあげましょうか。

 影山さんが何やら渋っていますが、ここは別に意地を張る場面ではありません。


「はぁ、大地の聖――ハンネス君の頼みだから馬を貸すのは構わんが、その女の登録を認める訳にはいかん」


「……ま、そうなるよな」


「別に馬が借りられるなら私は構いませんよ……どうせ今まで無くても困らなかった物ですから」


 影に取り込むのを辞めた男性の遺体をギルドマスターの近くへと蹴り転がし、そのまま出入り口へと踵を返す。

 未だ私のムカムカは収まりませんが、どうせこの後すぐに街を出たら賞金稼ぎが追っ手として派遣されるのでしょうから構いません。

 憂さ晴らしは賞金稼ぎ達で行いましょう……ハンネスさんも向こうから襲って来た方々相手には強く言わないでしょうし。


「……他人と関わるのって、難しいですね」


 我慢せずに自分が感じた通りに動いたらハンネスさんが用意してくれたものを台無しにしてしまった様です。

 ギルドを出る時の、彼の困った様な顔が気になって仕方がありません。

 別にお友達を困らそうだとか、厚意を無駄にしようって意識はなかったのですけれど。


「なに黄昏てんだ、行くぞ」


「私も使って良いんですかね、その馬」


「さっきギルマスと取引して来たから大丈夫だ。遠慮せず乗れ」


「では遠慮なく」


 あぶみに足を引っ掛け、そのまま勢いを付けて馬の背にあるくらに横乗りします。

 そのまま手綱を握り、横向きに乗ったまま足を綺麗に揃えて上半身を捻る事で前を向く。

 準備が出来たらその状態で馬に指示を出し、駆け出します。


「……変わった乗り方すんのな」


「淑女が脚を開いて跨る訳にはいきませんから」


「そういうもんか」


 珍しい物を見た様な顔で納得するハンネスさんが駆る馬と並走して街を出る。

 そのまま少しだけ走って街が少し遠くなったところでハンネスさんに問い掛けてみます。


「先ほどのあれはなんだったんですか?」


「……あー、なんて言えばいいかな」


 言葉を探してうんうん唸るハンネスさんの回答をじっと待つ……そんなに答えづらい事なのでしょうか。


「運営の遊び心っていうか、冒険者ギルドなら外せないテンプレらしいというか……」


「……お約束の様なものですか?」


「そう、だな……お約束みたいなもんだ。あの絡んでくる先輩冒険者に対する対応でルート分岐する」


「ルート分岐までするのですか」


 なるほど、どうやら私はこのゲームを長く遊んでいる様で何も知らない様ですね。

 本来ならハンネスさんがする様なプレイの仕方が正道なのでしょう。

 ここに来て慣れないゲーム的なあれこれに私の方が適応できていなかった様です……いつもは現実さながらの部分で遊んでるだけですからね。

 いつもならダンジョン攻略なんていう、ゲームらしい遊び方なんて選択肢にすら入っていませんでした。

 私が攻略するのはもっぱらダンジョンではなく、人が治める街や国ですからね。


「俺が知ってるのだと……先輩冒険者と仲良くなる、実力を見せ付けて一目置かれる、どちらが指定の依頼を早くこなせるかの勝負になる……この場合はさらに勝敗によってルート分岐するな」


「……いっぱいあるんですね」


「冒険者ギルド特有のサブイベントだな……殺した場合は登録も出来ずに出禁になるのは知らなかったが」


 難しい顔で『この後も他のルートと同じくイベントが続くのか、それともここで終わりなのか……分からねぇな』などと呟いているハンネスさんの横顔をまじまじと見詰める。


「……なんだよ?」


「いえ、ゲームが大好きなんですね」


「……うるせぇ、前見ろ」


 下を俯いて前を見ていなかったのはハンネスさんも同じだと思うのですが……まぁ、良いですか。


「――それよりも来たぞ」


「みたいですね」


 チラッと後方を確認してみれば、あの街のギルドマスターから派遣されて来たであろう刺客が私を追い掛けて来るのが見えますね。

 その誰もが黒装束で顔を隠しているのが何とも分かりやすくて良いです……態となのでしょうが、今は真昼なので本当に目立っています。

 私達に気付かせるというよりは、街道を歩く人々や街を出る人々に『何かがある』と知らせて警戒を促し、戦闘に巻き込まれない様にする為の配慮なのでしょう。


「最速で最前線まで到達するんだ――」


 同じく後方を確認したらしいハンネスさんがそうやって挑発的に私を見る。


「――ビビって止まるなよ?」


 そんな分かりやすく煽られてしまっては、私も応えない訳にはいきませんね。


「――そちらこそ、頼りにしてますよ? 大地の聖騎士さん」


 一瞬で顔の中心に皺を作るハンネスさんにクスクス笑いつつ、馬上で戦闘準備を始める。


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