第283話最前線到達RTA


「……おう、逃げずにちゃんと来たか」


 待ち合わせ場所である『メッフィー外様公爵領』の国境付近に向かうと、どうやら時間よりも早く来ていたらしいハンネスさんに出迎えられます。

 まだ十分くらい余裕があるというのに、心做しかソワソワしていた様に見受けられますね。

 そういえば母が生前に男女が待ち合わせをするとどちらかが大分早く着いており、もう片方が「お待たせ、待った?」と聞くのがセオリーだと言っていました。


「……お待たせ、待った?」


「……気色悪ぃ」


 どうやら違った様ですね、母の言う通りにしたので何だか最近上手くいきません。


「はぁ、全く……今度は誰に入れ知恵されたんだよ」


「男女が待ち合わせする時のセオリーだと聞いたのですが」


 今度はって言われるくらいですから、私はハンネスさんから見たら結構な頻度で場にそぐわない事をやらかしていたのでしょうか。

 難しいですね……普通はこうする、とは言われますが、その時々の微妙なニュアンスや空気感の違いでコロコロと場のドレスコードが変わってしまいますので理解が追い付きません。


「そ、そりゃおめェ……あれだよ、ちょっと違ぇよ」


「? はぁ、そうですか」


 なんで間違えた私ではなくてハンネスさんの方が動揺しているのでしょうか。

 そんなにズレた事を言っていたのでしょうか……もしくは使い所を誤りましたかね。

 ハンネスさんが言い淀む程度には口に出しづらい間違いの様です。


「そ、そんな事は今は良いんだよ! とりあえず目当てのダンジョンの下へと向かうぞ!」


「どうやって行くんですか?」


 そういえばまだ場所も、ダンジョンの名前も聞いていませんでしたね。

 わざわざ『メッフィー外様公爵領』の国境付近を待ち合わせ場所にするのですから、大陸北部のさらに先にあるのでしょうが。


「まずはお前を最前線まで連れて行く」


「……最前線、ですか?」


 最前線、最前線……なんの最前線でしょうか?

 もしかして私が知らないだけで他のプレイヤー達で勝手に戦争っぽい、とても楽しそうな事をしていたのでしょうか?

 そうだったのなら羨ましいですね、私も混ぜて貰いたいです。


「あぁ、お前はトッププレイヤーの一人ではあっても攻略組じゃねぇだろ? 俺たちがコツコツとメインシナリオやクエストをクリアしたり、新しいエリアを開放してる時も自由に後方を脅かしてたじゃねぇか」


「遊んでただけですよ」


「……言葉の解釈の擦り合わせはまた今度にして、とにかくお前は俺たち攻略組と比べて行ける範囲が狭いって事だ」


「なるほど、確かに私は未だに『大陸西部地方』をウロウロしている感じですね」


 本当にゲームを始めたばかりの頃の、『始まりの街』から『ベルゼンストック市』へと向かう為に内海の下を通る地下通路を攻略したのと同じ事ですか。

 あの時も確か半魚人みたいなボスが道の途中を通せんぼしていて記憶があります。

 必ずしもボスが待ち構えているとは限りませんが、ある程度のギミックをクリアしなければ新しい場所へは行けないという事でしょう。


「つまりは――俺が案内してやるから、最速で目的のダンジョンがある最前線まで突っ走る」


「……ほぉ、それはまた面白そうですね?」


 現役の攻略組トップの案内の下、無駄なく暴力的に運営が用意したギミックをクリアしてしまうという事ですか。

 だとすると……さて、どのくらいの時間で最前線まで到達できますかね。


「一応聞いておくが――着いて来れるか?」


 私が『どのくらい早く着くかな』などと考えていると、ハンネスさんがコチラを小馬鹿にする様な、挑発的で好戦的な表情を浮かべて私を見下ろす。


「――誰に物を言ってるんですか?」


 なので私も……ハンネスさんの不器用な気遣いに乗ってあげるべく、彼の胸倉を掴んで引き寄せ、驚く彼の顔を真っ直ぐと至近距離から見上げて小馬鹿にしてあげましょう。

 他人を気遣うという事が下手で、演技も上手くない彼がたったこれしきの事で素を見せて焦り始めるのが何だか少しだけ面白いです。


「へいへいすいませんでした! 分かったからもう離せ!」


「ハンネスさんって意外と照れ屋さんなんですね」


「今から一戦やるかコラ!」


「早く案内して下さいよ」


「こ、コイツ……ッ!!」


 何を一人で勝手に騒いでいるのでしょうか?

 私とハンネスさんとでは身長差があるので、顔を近くで覗き込む為には引き寄せるしかないと思うのですが。

 ……胸倉を掴んだのが悪かったのでしょうか?


「胸倉を掴まれたくなかったら、今度からはしゃがんで下さいね」


「……目線ならいくらでも合わせてやるから、距離感どうにかしろ」


「……? 距離感、ですか?」


 距離感、距離感ですか……今まで殺し合ってきて、お互いの首を狙い合った仲だと言うのに今さらなのではないかと思うのですが。

 戦闘中はどうしたって距離が近くなりますし、第二回公式イベントでは一緒にポン子さんに相乗りした記憶もあります。

 ですがまぁ、気になる様なら仕方がありません……ハンネスさんは変わった拘りを持っているようですね。


「……多分コイツまだ分かってねぇな」


「なんですか?」


「さっさと行くぞ」


 ハンネスさんがそっぽ向いてしまったので、これ以上聞くことは出来ませんね……仕方がないので未踏破エリアの攻略を開始しましょうか。

 とりあえず長い距離を移動するのが目に見えていますから、ポン子さんにバイクになって貰いましょう。

 あとはハンネスさんが持っている攻略情報を元に適切な指示を出してくれればその通りに動くだけです。


「ハンネスさん、頭として上手く私を乗りこなして下さいね」


「お前の方こそ指示もなく勝手な事は――それは辞めろ」


 顔面を蒼白にしたハンネスさんに止められてしまいました。

 どうやらポン子さんに乗って行くのはダメな様です……残念。


▼▼▼▼▼▼▼

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る