第276話無垢であればある程よく混ざる


「――マッスルパゥワァァァア!!!!」


 気合いの篭った叫び声と共に放たれる変態紳士の正拳突き――鬼の形相の彼から放たれるその破壊の権化に対し、見切ろうと思ってはいけない。

 何故ならば今の彼は全身が超純水という、特殊な状況下にあるからだ。

 固体ではない液体……さらにはこれまで殴られ続けた事による肥大化した筋肉がその正体という事も相俟って、それを紙一重で躱そうとした愚か者には等しく彼を見くびった罰が与えられる。


 ――ガゴォン!


 拳が振り抜かれるインパクトの寸前――変態紳士はこれまで肥大化させた肉体の液体筋肉の殆どを右手へと集約させた。

 その結果として派手に肥大化した拳は当たり判定を拡張させると共に、急激に増した自身の重量でもって振り抜かれた勢いそのままに前方へと伸びて飛距離さえも伸ばしていく。

 液体であり筋肉という、極めて特殊な肉体が成せるデタラメなその技は変態紳士の前方空間を丸ごと抉り取っていく。


「あぁ、本当に厄介な身体だね」


「そうですね、あれをくらってしまえば最後――取り返しつのつかない大ダメージを受けながら彼の水に捕縛されてしまうでしょう」


 同時に大きく跳躍して回避したレーナと絶対不可侵領域はそんな会話をしながらも、油断なく拳を構え直した変態紳士を見据える。

 先ほどの大技をくらってしまえば瀕死になってしまうのはほぼ確実であり、またHPが全損せずともそのまま形態の自由が効く水に絡め取られてしまって終わりだろう。

 困った事に今の二人と変態紳士の相性は最悪と言えた。


「どうする? 僕は今回君の対策しかして来なかったから手札が足りないや」


「……そう、ですね……私も彼があれほどよく分からない存在になっているとは思っていませんでしたね」


 そう、この二人の誤算は変態紳士が人間を辞めていた事にある。

 いくら特定のプレイヤーに向けた対策をしていたとは言え、それで他のプレイヤーやモンスター等に遅れを取る彼らではないし、予想外の事態にも即座に対応できるだけの能力をこの二人は持っていた。


 けれども物理はほぼ通用せず、魔術さえも彼らの得意な雷と炎さえあの超純水の前では有効打にならないという鉄壁とも言える優秀な耐性面。

 それに加えて自身の肉体が液体であるという特性を活かした、自由に形態を変えられるトリッキーな動きな加えて一撃の瞬間火力とその範囲はトップクラスという攻撃性。

 さらには並の状態異常やダメージは即座に回復してしまえるという、司祭系クラス特有の継戦能力。


 全プレイヤー中トップの善のカルマ値に、ワールドクエストを複数クリアして条件を満たした事によって取得した海神司祭というオンリーワンのクラス。

 プレイヤー二人目の『重要NPC』という称号を得た変態紳士の、色んな要素が絶妙に噛み合わさった今の状況。


 様々な恩恵により莫大な補正の掛かったステータスと相俟って、簡単に崩せる牙城ではない。


「雷は弾かれるしねぇ……」


「たった100度で沸騰はさせられますが、気体となってもすぐに取り込まれますから意味はないですね」


「ゲーム的なシステムと極限まで再現されたリアルが上手く噛み合わさるとああバケモノになるんだなって、本当に勉強になったよ」


 変態紳士の今の状況はプレイヤーによる一種の到達点なんだろう、と……そう絶対不可侵領域は分析しながらも『見た目がキモイから僕はいいや(笑)』などと失礼な事を考える。

 一方でレーナはどうやって変態紳士を殺そうかばかりを考え、ある一つの手を思い付く。


「エルさん」


「ん? なんだい?」


「まっさらな状態って、汚したくなりませんか?」


「……なるほどね」


 それだけの曖昧な会話で理解し合った二人は、変態紳士が放つ二度目の正拳突きに合わせて動き出す。


「《フラッシュバン》」


「《影分身》」


 強烈な光で目眩しをしながら複数の気配デコイを周囲に散会させ、一瞬の時間を作っては一気に距離を詰めていく。

 ほんの一秒さえあれば変態紳士は自身の視界を回復させるし、二秒もあれば数多の分身の中から紛れる本体を探り当てるだろう。


 だけれどもこれでいい――近付くだけなのだから。


「――食らいなさい」


 二秒で変態紳士のすぐ目の前へと接近したレーナが大きな袋を投げ付ける。


「今さら毒など効きませぬぞ!」


 毒物など、その身に取り込んだとしても即座に浄化してしまえる。

 爆薬であったとしても自らの液体筋肉で湿気させれば被害を抑えらえられる。

 そう、即座に判断した変態紳士が投げ付けられた袋に対して小さく拳を放つ――が、


「――ぬっ?!」


 紳士の拳を容易く通し、破れた袋から溢れ出したのは大量の――


「――知ってる? 食塩水ってよく電流を通すんだよ? って、小学校で習うか」


 間髪入れずに放たれる絶対不可侵領域の最上位雷魔術の《雷絶》――いつもであれば多少のダメージしか与えられない筈のそれは、変態紳士の身体を容易に貫く。


「ガァァァァァア?!」


 先ほどレーナが投げたのは元々絶対不可侵領域が支配する国の農地や用水路に撒いてやろうと持ってきた大量の食塩……その一部だった。

 今も雷に打たれ動きを止める変態紳士へとさらに追加していくそれにより、変態紳士の肉体は超純水という絶縁体から食塩水という電気を通しやすいものへと性質が変化する。

 これは水に食塩を溶かすとプラスの電気を持ったナトリウムイオンと、マイナスの電気を持った塩化物イオンに分かられるからだ。

 このように水の中にイオンがあると、イオンが電気を運ぶ役割を果たすため電流が流れるようになる……という、簡単な化学実験の応用だ。


「毒と違って消せないでしょう? ちなみに沸点も上昇しますのでずっと煮えてて下さい」


 食塩が追加される度に徐々に上昇していく沸点により、レーナの火炎魔術によって炙られる変態紳士の肉体は常に100度以上の高温をキープした状態へと至る。

 国一つの農業生産に打撃を与えてやろうと考えるだけあって、混ぜ込まれる食塩の量もそれ相応……追加される食塩の量に応じて沸点もドンドン上昇していく。


「アッ、ガ……ォ、ア……アァ……」


 絶えず痙攣を繰り返し、身体中から煙と蒸気を噴き出して――変態紳士のHPが限界を迎える。


「拷問死なんて、僕はごめんだね。見た目がよろしくない」


「そうですか? 私は素敵だと思いました。母様から初めて風車を貰った時の事を思い出しましたね」


 全身を電流に貫かれ、100度以上の高温で煮込まれ続けるという壮絶な最期を遂げてリスポーンしていく変態紳士を後目に、サイコパス二人はどこかズレた会話をしていく。


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