第274話クリスマス外伝.昔と比べて


「――良い子にしてたらサンタさんが来るよ」


 その言葉に苦しめられて来た。

 結局のところは親の経済力や家庭の事情次第だと言うのに、私は実在しない老人のせいで人格を否定されて来た。

 曰く、私の所にサンタが来ないのは私が悪い子だからと……小さなクラスメイト達は無邪気にもそう責め立てる。


 自業自得だと、そう言えばあの時にあんな事をしていたよねと……意味の分からない帰りの会学級裁判が始まる。

 自分自身ではどうする事も出来ないのに、みんなもやっていた様なほんの些細な失敗まであげつらって糾弾される。


 一通りそれらが終わったらこの悪趣味な帰り会の主催者である担任はこう言うのだ――今日の悪い子と良い子は決まりましたかと。


 目立ちたがりで、正義の棒を振りかざしたい女子が金切り声で糾弾し、担任はそれを追認する。

 もはや私には興味のない男子は早く謝罪しろと、それで早く帰らせろと……私に無自覚な加害行為を加える。


 酷く、惨めだった……切っ掛けは本当に些細な事だった。

 たかだかサンタが私の家には来ないという、ただそれだけの事だったのに。


「悪い子で、ごめん……なさっ、い……」


「臭く、ならない様に気を付け……ます……」


 いつも同じ服を着て来るせいで『臭い』と糾弾された男子と一緒にする謝罪。


 あらかたイタズラ好きの男子を糾弾し終えてネタの尽きた厄介な女子に目を付けられた、それだけの事だったのかも知れない。

 次の獲物を探していたところに私が不用意にも『サンタは来ない』と言ってしまったのが悪いのだ。


 当時の私の世界は、私とクラスメイト達の世界は酷く狭すぎたんだ。


 だから無邪気にもサンタが来ない悪い子には、他にもダメな部分がある筈だと……だからクラスメイト全員の前で恥ずかしい失敗まで晒されてしまうんだ。


 もちろん進級する毎にサンタは実在しないのだと皆も薄々気付いてくるし、今度は無邪気に信じる方が馬鹿にされるのだろう。

 でも一度押されてしまった「悪い子」という烙印は消える事はない。


 切っ掛けはなんだったのか、なぜ私がそんなカースト底辺の扱いを受けているのかなんてもう誰も覚えていやしないが、扱いが変わる事はない。

 そしてクリスマスという世間がお祭り騒ぎをする特別な日も私にとっては変わる事はない。


「……ただいま」


 自分と同じ場所に通わせたいからと、親の我が儘で入学させられた私立の小学校から駅三つ分の距離を歩いて帰宅した矢先の言葉。

 誰も聞いていない、虚しく玄関に響く自分の声から意識を逸らしては台所へと向かう。


 今日は雨だったせいか、肩甲骨辺りにある根性焼きの痕が酷く痒い。

 そしてそれ以上に深刻に私を悩ませるのが空腹だった。


 朝は醤油掛けご飯を食べたけれど、お小遣いも貰えなければバイトも出来ない私は昼食を買う事が出来なかった。

 お昼休みはずっと、トイレの個室に閉じこもっては自分のお腹を殴る事で耐えてきたけど……もう、限界だった。


「……これ、だけか」


 台所のシンクに置かれたそれを見て、思わず小さなボヤキが漏れ出る。

 どうやらこの、一つ98円の菓子パン……あんドーナツとやらが今日の私の夕飯らしい。


 クリスマスだからといってまともな食事は出て来ないし、ましてやケーキやフライドチキンなんて物がある筈もない。


「いただきます……」


 袋を破り、もそもそとただ甘いだけの固形物を口に含んでは近くの水道水から水を汲んで飲む。


「……ご馳走様でした」


 二分も掛からず、五口も掛からずして……私の今日最後の食事は終わりを告げた。

 それが終われば次は母親が散らかした部屋の掃除が待っている。


 私が散らかした訳ではないが、これをサボると次は何をされるか分かったものではない。


「うっ……」


 今日の昼間は新しい彼氏とお楽しみだったらしい……母の部屋の扉を開けた途端に篭っていた淫臭に思わず顔を顰めてしまう。

 せめて窓を開けて換気をしてくれても良いのに……そんなどうしようも無い事を考えながら、親の性行為の後始末をしていく。


 どう足掻いても、私にはどうしようもない現実なんだから……さっさと手を動かして早く終わらせるに限る。


「……なにか、良い事……ないかな……」


 そんな、自分の独り言が虚しく宙に溶けては消えていく――






「――華子ってば、聞いてる?」


「……っ!」


 ハッとして顔を上げれば親友である小鞠ちゃんと正義くんが私の顔を心配そうに覗き込んでいる。


「……大丈夫?」


「具合でも悪いのか?」


 どこか人間離れした綺麗な顔立ちでありながら、内面の親しみやすさが滲み出た様なその顔に覗かれると顔が熱くなってしまう。

 慣れ親しんだ人であっても私のコミュ障は健在だった。


「いや、ちょっと昔を思い出してただけ……」


「そう?」


「無理するなよ」


 本当に、なんでこの二人は私なんかを構ってくれるのだろう……彼女達が声を掛ければそれこそ色んな人が集まるというのに。

 ただ、それでも私を選んでくれたという事実が酷く嬉しかった。


「全然大丈夫だよ。……それよりも本気?」


「あったりまえじゃない!」


「コイツは一度言い出したら止まらないからな」


 でも――


「うふふ! 華子のサンタ衣装とても良く似合ってるわ!」


「う、うぅ……」


 ――ミニスカサンタ衣装を着せるのは止めて欲しい。


「ね! マサも似合ってるって思うでしょ!」


 ヤバい、凄く恥ずかしい……特に正義くんに見られているのが致命的だ。

 確かにこうなった原因は私にあるけども……二人に聞かれて思わず『サンタなんて来た事がない』なんて答えてしまったせいだけども。

 そのせいで小鞠ちゃんが『来ないなら私達がなればいい!』なんて変な事を言い出したからだけども。


「あ、あぁ……そうだな」


「……えっち」


「……す、すまん」


 か、顔から火が出そうだ……私の中のブロッサムが呆れている気さえしてきた。


「……」


 でも、まぁ――


「どうしたの華子? マサが変な目で見すぎた?」


「ちょっ?! 違うからな?!」


 なんていうか――


「ふふっ……」


「……華子?」


「どうした?」


「……いや、何でもない」


 昔と比べて――


「――クリスマスって、楽しいね」


 良い子にはしていないけれど、私の下には二人もサンタが来てくれた。

 それで良い、それが全て……私はとても満たされたクリスマスを過ごせた。


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