第273話五里霧中


 ――視界の閉ざされた道を駆け抜ける。


 空気を切り裂く轟音を立てながら迸る電撃を膝のみを曲げて上体を背後に倒す事で避け、同時にまた深く吐き出される霧に合わせて毒ガスを散布します。

 定期的に視界が開けるほんの数瞬の間隙を縫う様に飛来してくる矢を、横に倒れる様にして躱し、そのまま付いた手で地面を押して飛び跳ねる事で高跳びの様に再度放たれた電撃をやり過ごしていく。

 そのまま地面に足が着くまでの短い間に、先ほどとは発信源の方角が変わった電撃と霧の方へと向けて毒針と火薬玉を投擲する。


「……っ!」


 地面に降り立つと同時に姿勢を低くして駆け出した私の頭上を水圧カッターと電磁砲の様な、速さと貫通力を重視した攻撃が掠めていく。

 おそらくはほんの一瞬だけ掴めた位置から離れない内に打撃を与えたかったのと、もしも途中に遮蔽物があった場合を想定した攻撃でしょう。

 私自身と毒針という速さと状態異常、火薬玉というさらなる攪乱を狙って投擲しましたから似たような思考回路という事でしょうか。


「……まぁ関係ありませんね、私はただ――彼らを殺すだけです」


 お互いに居場所が掴めず、ほんの一瞬だけ把握できたと思ってもすぐに移動される……そんな事が繰り返され中で、この三人の中で……私だけが持つアドバンテージとは何か。

 そう考えた時に真っ先に思い浮かぶのは軽装故の身軽さ、それに裏付けされた速さです。

 軽装という点では変態紳士さんも同じではありますが、彼は肥大化した自身の筋肉の重量によってそこまでスピードはありません。


 そして何よりも私のステータスで一番高いのはAGIという、完全に暗殺や不意打ちを狙った軽戦士タイプです。

 だからこそ、そこに勝機があると考えます。


「――『狂騒凶薬』」


 国に見付かったら確実に禁制となる様な自作の、オリジナルの薬剤でもって反応速度や知覚能力を無理やり上昇させながら三田さんによる速度上昇の支援魔術を受け取ります。

 さらに麻布さんが自身の下へと上昇気流を生み出し、そのまま井上さんを上へと持ち上げる事で私の負担を減らしてくれます。


 さて、そうして私が自分だけの強みに気付いた様に彼らも同じであると考えるべきでしょう。


 自身と似たうような思考と能力を持った相手と戦うには、どれだけ自分が相手よりも多く一手先まで読めるかに掛かっています。

 ですので強化や付与が終わったと同時に、自らが張り巡らせた糸の上へと飛び乗って駆け抜ける。


「……ビンゴ、でしたね」


 間髪入れずに崩落する地面と津波の様に押し寄せる大量の水……それらを上空から見下ろしながら次の手を打つべく動く。

 足場を奪おうと、自分に有利な環境にしようと動いた彼らが次にしてくるのは恐らく――


「――私が逃げたであろう糸を切断する事」


 足場として私の走りを支えている糸が四方八方に放たれた水圧カッターや雷刃をなどで切断されると同時に、前方の建物のみへと糸を射出します。

 そのまま左手に纏わせた影山さんの《影鞭》を糸へと伸ばし、ぶら下がる形で滑り降りる。

 影に摩擦なんてありませんので一気に加速できますし、糸と擦れる様な音も出ません。

 私の身体が勢いよく空中を移動する事で生じる風切り音は麻布さんが『風魔術』でシャットダウンしてくれています。

 AGIは移動や技の速さ等に関わるステータスですので、こういった行動にも補整が乗るのが便利ですね。


 山田さんの《噴射》での加速も併用する事で一瞬で距離を詰めた私は、そのまま最後に把握した場所から大して移動できていないエルさんを視認します。

 どうやら変態紳士さんの攻撃への対処として形状変化させたのでしょう……すぐ目の前まで来た私を見てとって、空いた隙間から覗けたエルさんが薄く笑ったのが見えましたね。

 そのままエルさんの顔の横を通り抜ける様に改めて糸を射出し、導かれるままに突撃します。


「――《喉狩り》」


「――《雷絶》」


 糸を介して滑り降りる勢いそのままに、小さな鎧の隙間へとスキルを発動しながら大太刀を突き込みます――が、鎧の中で首を上手く傾げて躱した様で首筋を浅く切り裂いただけに終わってしまいましたね。

 外へと向けて鎧から突き出された円錐状の棘がある為にリーチを活かす事が出来ませんでしたか。

 ですがコチラも糸から手を離して身体を傾ける事で、胴体を丸ごと切断してしまう様な攻撃を左腕一本持ってかれるだけに留めます。


「――《隠密》」


「――《フラッシュバン》」


 毒煙玉を放り投げながら糸で絡め取って手繰り寄せた左腕を切断面に押し付け、縫い合わせながら回復薬を振りかける。

 そうして自らの負傷を癒す僅かな時間の後に笑い声を上空へと響かせながら変態紳士さんが突っ込んで来ましたね。

 さすがにスキルのぶつかり合いと、その後の目くらましで位置もバレましたか……すぐ近くにエルさんが居るので下手に背中を見せる訳にもいかなかったのでここで迎え撃つしかありません。


「んまぁぁぁああぁぁあ!!!!!!」


 毒ガスや霧を掻き分けて現れた黒光りした巨体に対して《溶断》と《抜刀術》を同時発動して大太刀を振るう。

 そんな私とほぼ同時にエルさんも変態紳士さんへと向けて紫電を纏わせた大剣を薙ぐ……首の傷は同じタイミングで癒した様ですね。


「「――シっ!」」


 私の大太刀で筋肉をいくらか斬り飛ばして削り、エルさんの大剣でノックバック出来たら儲けもの――などと考えていたんですがね。


「――吾輩、今は水なのである」


 肉を切断する感触は一切せず、水面を思いっ切り叩いた様な不思議な手応えに思わず目を見開いてしまいます。

 どうやらエルさんが打撃に対して対策を取っていた様に、変態紳士さんも私の斬撃に対応して来たと言う事ですか。


「本当に飽きませんね」


 私のワクワクといった感情の篭もった呟きに、目の前の変態的な紳士はポージングを取る事で応えます。


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