第272話限界三竦み


「――シっ!」


 誰から言うでもなく、三人の強化が終わると同時に一斉に動き出す。

 文字通り刃が立たず、全身を丸みを帯びた流線形の鎧に包まれたエルさんではなく、異常に筋肉が膨れ上がった変態紳士さんを少しでも小さくするべくその右腕に向けて大太刀を振り上げる。

 同時に打たれ強い変態紳士さんを無視したエルさんは、この三人の中で一番防御が薄いであろう私に向けて大剣を薙ぐ。

 そんなエルさんへと、どっしりと構えた変態紳士さんの正拳突きが炸裂する。


「――んぐっ」


 変態紳士さんの右腕を斬り飛ばした直後に迫る大剣を幾重にも私自身の前へと折り重ねた糸で防御しますが、勢いを僅かに減じただけで関係ないとばかりに吹き飛ばされてしまいます。

 ですがエルさん自身も鎧の中をシェイクされてしまう様な、激しい衝撃を与える正拳突きによってボールの様に飛んで行きましたね。


 これでハッキリとしました。

 私の毒や急所を狙う一撃はエルさんには効かず、逆にエルさんの攻撃は変態紳士さんの打たれ強さの前では相手を強化してしまうだけ。

 そしてエルさんの大剣と違い、断ち切る事に特化した私の大太刀は変態紳士さんの筋肉を膨れ上がらせる事はなく、それどころか斬り飛ばして減らす事ができる。

 そして衝撃を内部に与え、エルさんの全身を覆った鎧を貫通してしまう攻撃を繰り出せる変態紳士さん。


 ……ここに、見事なまでの三竦みが出来上がった訳ですね


 そして周囲に立ち込める霧によって影は薄くボヤけ、定期的に身体をすり抜けていく強烈な電磁波によって実態の無い物は多少なりとも影響を受ける様です。

 影山さんの分体を向こうに飛ばし、代わりに井上さんを魔統ったのは正解でしたね。


 とりあえず効果があるかは分かりませんが、毒ガスを撒いて状態異常と目くらましを期待しつつ『糸探知』で二人を探りましょう。

 エルさんは……少し鎧の感触が変わりましたかね?

 変態紳士さんも腕一本分は軽くなった様に感じます。


「とりあえず位置さえ分かればこっちのものです――『隠密』」


 スキルによる隠密だけでは心許ないので魔統った井上さんに対して『形状変化』を施し、正面から向かって42度の角度設ける事により、正面からぶつかって来た電波を均一に真横に跳ね返すというステルス技術の一つ――形状制御によって対応します……焼け石に水でしょうけどね。

 同時に霧に毒ガスを混ぜ込む事で、この場の水に私の影響も及ぼせる様になりました。

 ついでに『影分身』でデコイをその辺にばら撒いておきましょう。

 これでかなりの確率で彼らの探知を誤魔化せる……筈です。


「……おやおや」


 とか思っていたら、糸探知で二人が捉えづらくなりましたね……本当に面白い方達です。






「あー、脳震盪を起こしてしまうな」


 嫌になるなぁ、あの変態紳士……衝撃を地面に逃がさない様に上空へと持ち上げる様に殴って来るんだもん。

 お陰で鎧本来の役割が果たせず、宙に浮いた状態で異常に膨れ上がった筋肉による暴力が鎧内部で炸裂して死ぬかと思ったよ。

 どれだけ殴っても巨大化してステータスが爆増している様だし、電撃を流しても何か嬌声を上げて気持ち良さそうにしてるんだから本当に嫌になる。


 今回は一条さん――レーナさんと戦う上で対策をして来たからなぁ。


 細い糸程度ではどうにもならない重量でいて、毒針等の小賢しい投擲武器を通さない様に全身を包む鎧。

 そして彼女が好んで使う短刀や大太刀の刃を滑らせる様に、断ち切らせないように鎧の形状を流線を描いたそれへと作り替える。

 これで彼女の大きな武器や強みは大分殺せたと思ったんだけどなぁ……何とも楽しい乱入者だよ。


 仕方がない、仕方がないから――ちょっと作戦変更。


 このままでは変態紳士の攻撃に対して酷く弱い事が分かった……だから『形状変化』を更には施しては流線形の表面に鋭く尖った円錐を外に向けて突き出す。

 さすがに鎧全体の質量が足らず、関節部分や目元に隙間が出来てしまったけど、これも仕方がない必要なリスクだと割り切る。

 これによってレーナさんの『暗殺』に対して多少弱くなったけど、変態紳士の殴打に対して強烈なカウンター攻撃が出来る様になった。


「ついでに探知対策も」


 せせこましくもコチラを探る様な動きを見せる糸や霧に対して、レーダー波と一緒に定期的に広範囲に強烈な電撃波を周囲に放つ。

 こうする事で糸を焼き切り、霧を構成する水を電気分解して酸素と水素に切り分ける事で変態紳士の影響の及ばない物質へと作り替える。


「あれ、消えた?」


 と、それらが終わると同時にレーダーから二人の反応が消え失せる。


「へぇ、もう対応したんだぁ?」


 やっぱり異常者とじゃれ合うのは楽しいなぁ。






「――ふんっ!」


 斬り飛ばされてしまった右腕を補填するべく、全身の膨れ上がった筋肉達を動員、移動させて新たなそれを生やす。

 手を閉じたり開いたりして違和感がない事を確認するや否や、次の手を打つべくスキルを発動していく。

 吾輩自身に憑依させた高位水霊であるウィンディーネの『液状化』スキルを用い、自らの肉体の属性を水へと変化させるのです。


「ぬっふふふ……」


 これにより鋼の如き頑丈さと、銅の如きしなやかさを持つ吾輩の筋肉に水特有の美しさ等が加わります。

 さすがにどんなに切れ味の良い名刀であろうと、液体を斬る事は叶いますまい。

 これまでの頑丈さや打たれ強さはそのままに、回避や属性攻撃の威力を底上げする吾輩のとっておきですぞ。


 そしてそれだけでは終わりませぬ……時には隠してこそチラリズムは光るのです。

 吾輩を優しく愛撫して探るレーナ女史の糸を自身の体液で濡らす事で重くし、その操作性を狂わせると同時に水の部分を吾輩自らデタラメに動かす事で探知の邪魔を致します。

 これによって吾輩の影響も受ける事になった、この糸での探知の信用性は激減でしょうや。


「そしてそしてぇ――『禁肉厄動』ッ!!」


 周囲の建物よりも大きく膨れ上がり、さらには通常時の特性を残したまま液体と化した吾輩の肉体を真っ黒に染め上げていきます。

 自らの打撃能力と防御力の向上を謀りながらも、光すら吸い込む様な漆黒の麗しい筋肉美によってレーダー波の光を吸い込み、反射して相手に返っていかない様にするのです。


 ――あぁ、吾輩の肉体美の前では光すら虜にしてしまうのか。


 そんな自己陶酔に浸りながらも、自らの霧が二人を見失った事に気付いて思わず口の端が持ち上がるのでした。


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