第268話ハロウィン外伝.魔女っ子マリアちゃん!
「──僕と契約して魔女っ子になって欲しいんだモン!」
「……は?」
学校からの帰り道を何故か一人でトボトボと歩いていると、急に目の前にデフォルメされたユウみたいな似非マスコットが現れては勝手な事を
本当に意味が分からないし、突然そんな事を言われてもただ思考が停止してしまうだけ。
そもそも魔女っ子って……確かにユウが好きそうな題材ではあるけれど、それに私がならなければならない理由が分からない。
「なんで私がそんな事をしなくちゃいけないのよ」
「君しか居ないんだモン! 十五歳以上でありながら恐ろしいまでの
「はぁ?」
「お願いだから魔女っ子になって、お菓子も要求せずにただ悪戯ばかりしてハロウィンを台無しにする悪い魔女を退治して欲しいんだモン!」
ダメだコイツ、全然話が通じない……そもそも魔女っ子適正ってなんやねん。
てかこれハロウィンなの? ハロウィンイベントなの? ここ渋谷だったっけ?
思わず自分の髪を掴んで確かめてみるけれど……ちゃんと黒色で、ここがゲーム世界でもなくてちゃんと現実だと分かる。
「さぁ! この魔法のステッキで変身するんだモン!」
「いや、私は別に承諾した覚えはないんだけど……」
眉根を寄せて不快感を示しながらそう言うと、何故か逆にユウモドキにため息を吐かれ、『やれやれ』といったジェスチャーを取られてしまう。
その動作に思わずイラッとして掴みかかりそうになるけれど、耳元までユウモドキが寄ってきて私しか知らない名前を唱え始める。
「『ヘタレ幼馴染の強気攻め』、『綺麗なあの人のペットになりたい』、『目線中毒 〜私は彼の目が好き──」
「──東京の平和は私が守るゾ!」
半ばヤケクソ気味に、半泣きになりながら目元で両手ピースをしながら宣言してやる。
最初から私に拒否権などなかったのだ……この害獣、いつか絶対に保健所送りにしてやる。
「さぁ! 魔女っ子マリアちゃんに変身するモン!」
「『パンパンプキン! パンプキン! 楽しいハロウィンを台無しにする子はお仕置きだゾ!』」
ユウモドキに出されたカンペを読みながらステッキを振ると、ニチアサアニメの様な変身バンクが展開される。
カラフルな光が輝きながら、虹色のリボンが私の身体の部位を包む度にそこに衣装が現れていく。
そうして変身の全てが終わった私の姿は──
「──スカート短過ぎ! 何考えてんの?!」
デフォルメされたコウモリの飾りが可愛い黒のカクテルハットに、黒のチョーカーに飾られた首。
胸元が橙色でウエストの部分が黒色、スカート部分が紫色というカラーリングで出来たノースリーブなゴシックドレスの所々に散りばめられた、星をイメージしているのであろう縫い付けられている真珠。
丸出しの肩が冷えない様に、あるいは見えない様に羽織らされた黒のレースで出来たケープや、黒レースのグローブはまだ良い。
「でもこのスカート丈は有り得ないでしょ?! 普通にジャンプしただけで下着が見えそうなんですけど?!」
「魔女っ子はパンツを見せてこそだモン!」
「嘘つけ! そもそもユウは私にこんな事しないもん! このモドキ!」
膝上? 太もも丈? ……そんなちゃちなもんじゃ断じてない。
股関節ギリギリで『それもうスカート履いてる意味ある?』というくらいに短く、なんならスカートの丈からほんの少し下着の先端が見えちゃってるんじゃないのってくらいには短い。
もうこれあれでしょ、前がこんな有様って事は後ろからはほぼ見えちゃってるんじゃないの?
「この害獣っ! もうやだやだ! 絶対に許さないんだから!」
「
害獣ユウモドキの頬を両手で思いっ切り引っ張りながら泣き叫ぶ……もうお嫁に行けないなんてベタな事を言うつもりはないけれど、シンプルに羞恥心が刺激されてキツい。
世のため人のため、今ここでこの害獣を討伐する事こそが魔女っ子マリアの使命なのだ。
「──おや、そこに居るのは魔女っ子マリアではありませんか」
「ほぇ?」
聞き慣れた声に振り返った先に居たのは──
「──玲奈さん?! なんて格好をしているんですか?!」
胸元が大きく開いた漆黒のマーメイドラインで出来たドレスを纏った一条玲奈さんが、如何にも魔女といった感じの三角帽子を被っている。
大きく開いたスリットから投げ出された美しい生足と漆黒のハイヒールが良く似合う。
肩を隠すボレロも、腕を長く魅せるアームカバーも……全身を黒一色という強気なカラーリングで統一しながらも着こなしているのは凄いとしか言い様がない。さすが玲奈さんだ。
でも普段の玲奈さんからは想像も出来ない様な大胆な露出でこっちの方がドギマギしてしまう──いや本当にデカイな。それに脚がスラッとして長いのも羨ましい。
「出たな! お菓子も要求せずに悪戯ばかりする悪い魔女! 今日こそが貴様の悪行の最後だモン!」
「えぇ?! 悪い魔女って玲奈さんだったんですか?!」
「私は玲奈ではありません、災厄の魔女レーナです」
「ア、ハイ」
あれ、もしかしてこの玲奈さんもモドキだったりする……?
「貴様に挑み、散って逝った仲間達の無念……今日ここで晴らすんだモン──マリアが!」
「ぅえ?! ……あ、そういえばそんな事を言ってたね」
そうだよ、最初からなんか悪い魔女を倒せ的な事を言って変身させられたんだよ……でもまさかその魔女が玲奈さんだったなんてなぁ。
「……勝つとか無理では」
「何を弱気になってるんだモン?!」
いやだって、玲奈さんの事を知ってる人なら誰だってそう思うでしょ……何回も挑んでいくのはそれこそ正樹さんくらいでしょ。
てかもう今の時点で既に私は敗北感が凄いんですが? スタイルとか色んな面で玲奈さんに敗北感を感じているんですが?
「頑張らないとスカートを捲るモン!」
「お前の方がよっぽど害獣なんだよなぁ?!」
というか捲るまでもなくほぼ見えちゃってるでしょ!
片手で抑えないといけない時点でもうこっちの方が不利なんだよ!
「さぁ! 僕の言う通りに呪文を唱えるんだモン!」
「ええいままよ!」
ユウモドキが出したカンペに書かれている言葉をそのまま一言一句違わずに唱える。
「『苦い私に悪戯されたい? それとも甘いを食べたい? トリック! オア! トリート!』」
ウインクしながらそう唱え、ステッキを玲奈さんに向けて構える──が、何も起こらない。
「……マリアさん、何をしているんですか?」
「も、もうやだぁ〜!」
「が、ガチ泣きしてるんだモン……」
羞恥心が許容範囲を超え、もう何も出来なくなった私はその場に蹲っては両手で顔を隠して号泣する。
もはや前から白い下着が丸見えだとか、普通に迷子になって泣きじゃくる小学生くらいの小さい子にしか見えないとか、そんな事は私の頭なら飛んでいっていた。
「ごめんねユウ〜! この前の事は謝るから許してよ〜! うぇ〜ん!」
きっとそうだ、私がユウを勘違いさせて傷付けたまま逃げちゃったから……だからユウはこうやって私に意地悪をするんだ。
仲直りに駅前のケーキとか奢らないと、こうやって悪戯をされ続けるんだ。きっとそうなんだ。
「おやおや、マリアさんは本当に仕方がない人ですね」
「ぅえ?」
と、そんな風に泣きじゃくっていた私を柔らかな温もりが包み込む。
恐る恐る顔を上げれば普段と何も変わらない、何を考えているのか分からない様な表情をした玲奈さんが私を抱き締めていた。
「よしよし、私はマリアさんの味方ですからね」
「ばぶぅ……」
「なっ?! 惑わされるんじゃないモン! そいつは敵だモン!」
あぁ、なんて心地が良いんだろう……何処か安らぐ様な良い匂いのする玲奈さんの、柔らかくて暖かい身体に包まれていると人生の悩みが全て溶けて消えていく気がする。
私の背中へと回した手が確りと体重を支え、そしてもう片方の手で頭を撫でられるこの安心感。
「貴女を泣かせる悪い人の事なんて忘れましょうね〜」
「ばぶぅ……」
「気を確りと保つモン!」
あぁ、このまま玲奈さんの腕の中で眠ってしまいたい……何処か遠くの方でユウに似た声が何かを叫んでる気がするけれど、もうどうだっていい。
私はこのまま全てを忘れて眠ってしまいたいんだ。
「──女の子を泣かせる意気地無しとはバイバイしましょうね」
「──っ!」
意識が覚醒すると共に勢いよく飛び起きる……あれは、夢か。
僕が変な似非マスコットになってるだけでも嫌なのに、それ以上に夢の中でも舞を泣かせてしまうという最悪な夢だった。
「……ケーキ、買うかな」
最後の玲奈さんの、絶対零度の視線が今も僕を射抜いている様で全然落ち着かない。
それにいつまでも意地を張ってないで、早く舞と仲直りしたいのも嘘じゃない。
「は、ハロウィンだし……突然ケーキを持参するのはそんなにおかしくはないでしょ……うん、多分」
気恥しさを誤魔化す為に自分で自分に言い訳を独りつぶやきながら、財布を手に家を出る。
「……許してくれるかな」
このどうしようもない僕の不安は、ケーキ屋で舞とばったり出くわすまで消える事はなかった。
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