第267話マジ〇チ三極その2


「とりあえず壊したいのは君だから、ねっ!」


 オイルでテッカテカになった変態紳士に一瞥をくれただけに留め、絶対不可侵領域はそのままかの変態を気にせずにレーナへと襲い掛かる。

 自身の愛用する巨剣を『雷轟魔術』を伴い、一見して弱い少女にしか見えないレーナへとフルスイングして重い一撃を放つ。


「影山さん、伸ばして下さい」


 それを受けてレーナは即座に炎の鎧を纏いながら跳躍し、絶対不可侵領域が愛用する巨剣の、肉片等が刃に張り付かない為に空いている穴へと影で伸ばした大太刀の刃を突き入れ、地面へと縫い付ける事で急停止させる。

 その一連の二人の行動によってレーナの背後にあった空間へと稲光が破壊を撒き散らし、大太刀が巨剣を縫い止めた際の衝撃が周囲の建物を吹き飛ばす。

 大太刀が突き刺さった地面を中心としてひび割れた地面からは高音の炎が吹き出し、無差別に人や物を焼き焦がしていく。


「放置プレイとはお二方も好きものですなぁ……吾輩、滾ってしまいますぞ!!」


 そんな二人の背後では変態紳士がアブドミナルアンドサイ​​──腹筋と脚を全面に見せていくポーズ​──をしながら、その自身の鋼の肉体を盾としてNPC達を庇う。

 大量の超純水絶縁体を生成する事で稲光を弾き、大地から吹き出した炎を鎮火させる。

 その英雄的な行動と、彼から発せられる超越的な神聖な気配……数多居る渡り人の中で最高最善のカルマ値と『海神司祭』という称号を持つ者の善なるオーラにNPC達は自らの救世主をそこに見る。


「うっわ、気持ち悪ぅ……すごい個性的な方だね?」


「そうですか? ……そうかも知れませんね」


 突き刺したままの大太刀の柄を支点として倒立から回転し、ムーンサルトの様に脚を振り下ろすレーナの攻撃を絶対不可侵領域は篭手の一部を変形させて造った盾でもって防ぐ。

 そんな二人のぶつかり合った衝撃によって負傷者が出ない様に、変態紳士はモストマスキュラー​──身体をやや前に倒しながら、首周りにある僧帽筋や肩、腕の太さをアピールしていくポーズ​──を取りながら水の鞭を生み出し、NPC達を老若男女問わず自身の後ろへと下がらせる。

 その行動はNPC達に取ってまさに英雄であり、数ヶ月前の惨劇の再現という悪夢から自分達を救ってくれる救世主でしかなかった。


「せっかくアロマオイルを被ったというのに、放置プレイを続行されるとは……吾輩、感じてしまいますぞ!!」


 ​──アロマオイルというところが小賢しい。


 この男、変態紳士は男も女もイけるバイであり、攻めも受けもイける両刀使いでもあり……そして、数多の過激なプレイはだいたいOKという怪物である。

 そんな男にとって現在のほぼ無視されるという二人の対応は、ただを自らを高めていくプレイにおけるスパイスの一つでしかなかった。

 サイドチェスト​──胸の厚みを横から見せていき、腕の太さや背中、脚、肩などの各部位の厚みも強調するポーズ​──をしながら、変態紳士はどんどん昂っていく。

 オイルによっていつも以上に黒光りし、どことなくアロマのフレグランスな香りが漂う変態紳士はただいま絶好調である。


「いける! 俺たち助かるぞ!」


「誰かは知らんが、あれだけの神聖なオーラ……秩序神が遣わした救世主に違いない!」


 バックダブルバイセップス​──身体をやや後ろに反らしながら、広背筋と脚を見せていくポーズ​──を取る変態紳士の、その大きな背中を見てNPC達は歓喜に奮い立つ。

 あれこそが自分達を救う為に秩序神が遣わした救世主に違いないと、あの男の大きな背中に隠れてさえいれば自分達は安全なんだと……そう根拠もなく確信が持てるのだ。

 それ程までに現在の変態紳士はオイルを被っている事も相まって、彼らには光り輝いて見えた。


「「少し鬱陶しいですね少し鬱陶しいかなぁ」」


 ​──が、現実は非情である。


「『あぁ?! 救世主様ッ!!』」


 そんな救世主に向け、悪辣卑劣な二体の悪魔が攻撃を加えたのだ。

 視界の端でうろちょろと意味不明なポージングを続ける変態紳士を流石に見兼ねたらしい……この時ばかりはレーナと絶対不可侵領域の息はピッタリと合っていた。

 獄炎を纏った大太刀の上段に、極雷を迸らせる巨剣の逆袈裟の二連撃……そんな攻撃を受けて我らが救世主は無事なのかと、NPC達の間から悲鳴が漏れる。


「​──んまあぁぁぁああああああ!!!!!!!!」


 ​──良かった、無事だ!


 そう、思ったのも束の間の事……煙が晴れた先に現れたのは頬を激しく上気させ、息を切らせながらフロントラットスプレッド​──腰に手を当て、逆三角形の体型を形作っている上半身の筋肉を強調するポーズ​──を取りながら絶頂に至った喘ぎ声を上げる変態紳士の姿ッ!!

 感じ過ぎているのか、胸の頂きと股間の膨らみを酷く隆起させた彼はもう止まらないッ!!

 あまりにも酷すぎる絵面な為なのか、素面の、まだ理性が働いている内に変態紳士自身が設定した規制によって、プレイヤーやNPCを問わず彼の隆起した三ヶ所が光り輝いて見えるッ!!


 ​──馬鹿めッ!! 完全に逆効果であったわッ!!


 百と八つある紳士技の一つ​──〝紳士トライアングル〟を間近で見てしまったNPC達の心情は如何程であろうか。

 かの偉大なる紳士を救世主として信じ祈っていた者、彼なら無事だと謎の自信に満ち溢れていた者、悪魔の攻撃を受けた救世主の身をただ案じていた者……様々な者達の表情が一斉に固まってしまう。

 希望に満ち溢れ、自然と上がっていた目尻や口角が重力に引かれる様に段々と下へと下がっていく様は正に〝悲惨〟の一言​。






 ​──この時、彼らは自分達のヒーローが化け物になる瞬間を目撃したのだ。


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