第260話萩原舞の動揺
「はぁ、結局いつもの玲奈さんだったなぁ〜」
「はは、そうだね」
全ての従業が終わった放課後……腕を高く上げて伸び〜っとしながらそう呟けば、隣を歩いていたユウが苦笑しながら同意する。
同じ『壱の蓮』クラスである筈の玲奈さんは途中で先生に呼ばれてここには居ないから、コイツとは今二人っきりという事になる。
……なんだか少し、いやかなり……心臓の鼓動が煩い気がする。
「──でさ、──それで」
「……うん」
自分の煩い心臓の鼓動を意識した途端なんだか急に気恥ずかしくなっちゃって……胸を手で抑えながらグルグルと思考を巡らせる。
私が赤鴉に襲われてしまった時に全力で駆け付け、そして生意気にも私を横抱きにしながら戦って勝ったユウの姿が……ふとした時に頭に浮かんでは消えてくれない。
それを打ち消す為に別の事を考えようと必死になっても、思い浮かぶのはいつだってすぐ隣に居るコイツの事ばかり。
「……ねぇ、舞?」
「……うん」
そういえばと、第二回公式イベントの時も私が変な子に拐われてしまった時も助けに来てくれたっけと思い出す。
せっかく助けに来てくれたのに、ブロッサムに半ば脅される形で途中抜け出しちゃったけど……最後まで見る事は出来なかったけど、あの時もコイツは私を助けに来てくれたんだ。
あの時は直前まで喧嘩していたっていうのに来てくれて……どちらもゲームの中での話とはいえ、少しカッコよかったも知れない。
「……」
「……うん」
それに何時だってコイツは私に付き合ってくれる……私だって自分の普段の態度が褒められたものじゃないって事くらい分かるのに。
それ、なのに……コイツは文句ひとつ言わないで苦笑しながら一緒に遊んでくれる。
だから、赤鴉に狙われていたとか事情を知らなかったあの時は……ユウが全然遊んでくれなくて少し寂しかったな──
「──舞ってば!」
「あひゃう?!」
隣りに居たユウに思いっ切り肩を捕まれ、驚きから素っ頓狂な声を出しながら飛び上がってしまう。
「い、いきなり何をするのよ?!」
「えぇ……いやだって、舞が急に人の話を全然聞かなくなるんだもん……」
「そ、それは……その……だ、だからって女の子の身体を許可なく触らないでよね!」
「ご、ごめん……」
……違う、これは私が悪いのに何でユウが謝ってるのよ……これじゃあいつもと同じじゃない。
「……ちがう」
「え? ご、ごめんなさい?」
「あ、いや、そうじゃなくて……」
謝り方が不味かったのかとユウがやり直すのを見て、今度は胸に鋭い痛みが走る。
彼のこの言動は普段の私がする態度のせいだ……私が自らの恥ずかしさを隠す為に、少し傍若無人に振る舞うから彼はちょっとした理不尽には慣れてしまっているんだ。
……ツンデレや暴力系ヒロインは流行らないっていうのにね。
「わ、私の方こそ……その、ごめん……上の空だった」
「……お、おう」
くっ、ほら見てご覧なさい! 私が素直に謝ったら戸惑うという、失礼な態度を彼が素で取ってるのは私のせいよ! 大人しく自分の罪を見つめなさい!
動揺のあまり何故か左右確認をし出すユウを見て歯噛みしながら、普段の自分の行いを鑑みる。
何かあれば直ぐにユウに頼る癖に、そのユウに対して私はあんまり優しくなかった気がして……いや、多分というか事実なんだろう。
「わ、私だって! ……そ、その……悪いと思ってるわよ…………ふ、普段から……」
「……」
あー、もう! いったい私はどうしたって言うのよ!
何でこんな何気ない、いつもと変わらない下校途中で意味わかんない事を口走ってるの?!
ここは普段通りに流せば──いやだからそれがダメなんだってば!
「……ねぇ、舞さん?」
「……な、にゃによ」
くぅ、噛んだ……!!
「もしかして……なんだけどさ、この前の事を怒ってる?」
「? ……この前の事?」
この前の事ってなんだろう……私なにかユウにされたっけ?
うーん、思い付く事はいっぱいあるけれど、どれも駅前のケーキ屋で何かを奢るという事で手打ちになっているものばかりで分からない。
ユウが何を気にしているのか、ちょっと本当に分からないな。
「ほら、頑なに遊ぶのを断ってた事を」
「……あ、あぁ……あれね」
赤鴉騒動の時の事を気にしてた訳かぁ……それで普段とは様子の違う私を見て、もしかしてその事を怒ってるんじゃないかと思った訳ね。
……はぁ、そんな訳ないのにね。あれは私を危険から遠ざける為だったって理解してるし。
「あれは別に気にしてないわよ」
「……じゃあ、なんでこっちを見てくれないの?」
「……っ」
何だか少し、本当に少しだけ悲しそうな声色のユウの訴えに胸が締め付けられる……ついさっき自身の態度を改めようみたいな事を考えていたのにこれだ。
自分でも何故だか分からないけど、ユウの顔を見れなくて……どうしてか勝手に顔を逸らしてしまう。
ユウが移動する度に逆の方へと顔の向きを変え、またいつもと変わらず……相変わらず私は彼を傷付けている。
「ねぇ、こっちを向いてよ」
「な、なんで? 前向いて歩かないと危ないじゃない」
「そっちは反対方向なんだけど?」
「……っ」
帰宅路の進路上にユウが立ちはだかってるせいで、自分で言った前を向いて歩くという事が出来ない。
「前を向いて歩かないと、危ないんだよね?」
「そ、そうだけどぉ……」
「じゃあさ、前を向かないと……ダメだよね?」
な、なんで?! なんで今日のユウはこんなにも意地悪なの?! 私なにかした?!
「い、意地悪しないで……」
「……意地悪なのは舞の方じゃないか、なんで僕を避けるの? やっぱりこの前の当てつけ?」
「ち、違っ……!」
それは違うんだと、あれは本当に感謝してるんだと……そう、自身の思いに突き動かされる様に前を向いてしまって──
「──ほら、僕の目を見て」
両頬を幼馴染の彼に掴まれて、真っ直ぐに自分の目を射抜かれる。
私の、大好きな目に……見られると顔が熱くなって、身体から力が抜けてしまう不思議な目に見詰められてしまってはもう無理だ。
小さい頃の私が『その目が嫌いだから隠してよ』と言って彼を傷付けた……それ以来あまり見ていなかったその目は酷く静謐な想いを湛えて私だけを見ている。
「や、やだぁ……」
「──」
自分よりも一回りも背が高い幼馴染の彼から強引に抑え込まれながら、自分の目を覗かれるなんて体験は私には酷く強烈で……目尻から涙が溢れ出てしまう。
真っ赤になった顔を少しでも隠そうと伸ばした手は中途半端にしか上がらず、手の甲で口元を隠すだけに留まる。
身体に力が入らないせいで何一つとして自分の恥ずかしい表情を隠す事は出来ず、また何故かこの時だけは照れ隠しの横柄な態度も鳴りを潜めて……ただ、上目遣いで彼を見上げるだけだった。
「ご、ごめん……そういえば僕の目は嫌いだったよね……」
「……っ、違うから! そ、そんな事ないから! ユウの馬鹿!」
「あっ……」
我に返った彼が身体を離し、謝るけれど……その内容に照れ隠しなんかじゃなく、本心から強気な態度で叫ぶ。
そのままもう自分でもどうしたら良いのかさっぱり分からなくて……気が付けば私は彼を置き去りにして走り去ってしまった。
「わ、わたしっ……の、バカ!」
低身長で運動もあまり得意ではない私を捕まえる事なんて簡単なのに……彼は追い掛けては来なかった。
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