第259話一条玲奈の日常その12


「​──これより〝第一回玲奈さんを追求する会〟を始めたいと思います」


 レンズの部分に渦巻き模様が刷り込まれた、如何にもな眼鏡を掛けた結城さんが食堂の長テーブルの端で肘をついて組んだ手を顔の前に持っていき、何やら重役っぽいポーズを取りながらそんな事を宣言しだしました。

 そんな結城さんの横では同じく変な眼鏡を掛けた舞さんが「すちゃっ! はい拍手! ドンドンパフパフ〜!」なんて言って場を盛り上げようと……? していますね。

 本当にお二人は仲が良いようで何よりです。


「……なんで俺らまで」


「まぁ面白そうだし良くない?」


「アンタが私たちの中で一番気にしてたじゃない」


 そんな横の二人を不思議そうに見ていると、対面に座った正樹ハンネスさんが不満そうに声を漏らし、それに対して……誰でしたっけ?

 確か……槍使いの健人ケリンさんと魔術師の希美エレノアさんでしたか……そのお二方が正樹さんを窘めます。

 長テーブルの端の方……上座に結城さんと舞さんが並んで座り、彼らから見て左側に私が、その私の対面に正樹さん達のパーティーメンバーが勢揃いして座っている形になります。

 ……最初はバランスが悪いですし、私の所にも何人か座れば良いのにと思っていましたが、どうやら私は何かを追求されるらしいですね。


「シャラップ! 黙りなさい! 発言をする時は挙手をするように!」


「うわっコイツらめんどくせぇ……」


「この二人って確か一条さんとよくゲーム内に居る二人ですよね?」


「……多分?」


「……二人共秩序陣営だったと思うが」


 何処から取り出したのか、ピコピコハンマーでテーブルを叩きながら結城さんが私語を咎め、その横で舞さんがノートに「ハンネス 私語 一点」と書き込んでいるのが見えますね。

 どうやら二人は本気? の様ですね。


「それにほらほらぁ〜、ハンネスくぅ〜んはレーナさんを叱ってやるんでしょ?」


「​​──また叱り飛ばしてやるから覚悟しておけ、でしたかハンネスくぅ〜ん」


「そのハンネスくぅ〜んって呼び方やめろや! 語尾の調子を上げながら呼ぶんじゃねぇ!」


 二人共何故だかノリノリですね……舞さんの発言を皮切りに結城さんが正樹さんのかつての発言を声真似しながら言っています。

 それに対して正樹さんは青筋を立てながら大声を出しているので……これは多分怒っているのでしょうか?

 しかしながら今のやり取りが親しい者同士の掛け合いと呼ばれるあれであるのか、ただ単に親睦を深めようとしているのか、普通に失礼な言動に対して怒っているのかが分かりません……怒っていたとしても「あ、いや、そんなに怒ってないから」みたいな事もあると聞きます。


「えー、あの時の撮影された動画がニヨニヨ動画やYeahtubeイェアチューブを筆頭に拡散されております」


「?!」


「以下コメント抜粋……ハンネス調子乗りすぎ、カッコイイ、俺素面であんなセリフ吐けねぇわ、ジェノサイダーちゃんの微笑みを向けられるとかマジで裏山、嫉妬で禿げる、私も叱って欲しい、これたがらリア充陽キャはよぉ……などなど言われたい放題です」


「て、テメェらぁ……」


 恐らくですが、帝都において九条エルさんと一緒に遊んだ後の神殿での出来事を言っているんでしょうか……結城さんと舞さんに続き、正樹さんの仲間たちも口々にあの時の事を語り出しているようです。

 ……確かにあの時の正樹さんの発言は少しばかり嬉しかった様な気がしますね。


「正樹さん、正樹さん」


「あぁ?!」


 ……何やら食い気味に? 振り返られましたね。

 先ほどまで皆さんと何やら言い合っていたからでしょうか? 少しばかり罰が悪そうな正樹さんに改めて向き合います。


「……叱って、くれるんですよね?」


「一条テメェ! お前までっ​──いや、お前は分かってなさそうだな……」


「?」


 私も何故か怒られてしまうのかと思っていましたのに、何やら急に脱力されてしまいましたね。

 何か私が間違え、早速叱られてしまうのかと思っていましたのに……少しばかり残念な気もします。

 ですがまぁ、叱られないという事は私は現時点ではまだ何も間違ってはいないという事でしょうから、前向きに考えましょう。


「それで? 私を追求するとは?」


 何か追求されてしまう様な事をしてしまいましたかね……一つ前の小休憩の時の『遊び』は痕跡を残していませんし、私を狙ったロシアからの諜報員もあの男が私に監視のために付けた黒服達が対応しました。

 他に何か思い当たる事と言えば……ダメですね、何も思い浮かびません。


「玲奈さん、貴女はこの前の小休憩の時に九条先輩と逢い引きをしましたね」


「っ、いってぇ……」


「はぁ……?」


 舞さんのその指摘に対して、何故か正樹さんが反応して膝を思いっ切りテーブルにぶつけていたのを首を傾げながら見れば、そっと目を逸らされます。

 まぁ彼の事は今は脇に置いておいて、九条先輩と逢い引きですか……逢い引きとは確か男女が人目を忍んで会うという意味の言葉でしたね。


「えぇ、そうですね」


「っ、いってぇ……!」


 私の認める旨の発言に舞さんは口元を両手で抑えながら『なんてことっ……!』なんて言い、他の皆さんは驚いた様な表情をしていますね……正樹さんだけがまた膝を思いっ切りテーブルにぶつけているようです。

 皆さんの反応の意味がさっぱり分からなくて困惑しますし、正樹さんは二回もぶつけてて少し注意力が散漫になっているのではないかと訝しんでしまいますね。


「そ、それってやっぱり……?」


「先輩と一緒に居たって事は……そういう事なんですか?」


「? えぇ、そうですね? 今度彼と『遊ぶ』約束をしたんですよ」


 舞さんと結城さんの問い掛けに頷き、九条先輩と『遊ぶ』約束をした事を伝えると皆さんはまるで疑惑が本当だったみたいな、そんなよく分からない反応を返して来ます。

 まぁあの場面が他人に見られていたとしても特に問題になる様な事は無かったと思いますが……何故に皆さん変な反応を返すのでしょうか。


「ど、何処に遊びに行くんですか? やっぱり定番の映画や遊園地とかですか?」


「? 映画や遊園地なんてありましたっけ?」


 もしや他のプレイヤーの方が作ったとかですかね……それならまぁ有り得ますか、地球の料理を再現している人も居ましたし。


「あ、そっかそっか、玲奈さんはそういうの詳しくないんだっけ……」


「そもそも何処で『遊ぶ』のかはまだ決まってないんですよね……彼の方から一方的に宣言されてそれっきりですし、細かく段取りを決めるものでもないでしょう」


「なるほど、一条ちゃんはその時に行きたい場所に行くタイプなのね」


 小休憩の時間自体があまり残ってませんでしたし、細かく段取りを決めるものでもないでしょう……そう言うと、希美さんが微笑ましいものを見る目で訳知り顔で頷いてきます。

 本当に、皆さんいったいどうしてしまったんでしょうね? こういう時に『普通』を知らないと困ってしまいすね。


「な、馴れ初めは彼の方からだったんですね?」


 そしてお次は……えっと、確かチェリーさんが興味津々といった様子で聞いてきます。


「? そうですね、初めての時も彼が上から降ってきて宣戦布告をして来ましたね」


「……ん?」


 それこそ正樹さんが私に叱ってくれると言ってくれた、あの帝都の時の事ですね。

 急に帝城の天井を突き破って降りてきたかと思えば、そのまま嬉しい事敵対的な事を言ってくれて『遊んだ』のです。

 何やら……えっと、美咲ミラさん? が急に訝しげに見てきますが、少し遅れて貴女達も加わったはずなのですがね。


「……ちょっと待て、お前はいったい何を言っている? 九条先輩やらと恋人関係になったからデートする訳じゃねぇのか?」


「でぇと? ……何の話ですか?」


 いったい正樹さんはどうしたと言うのでしょうか、いきなり突拍子もない事を言い始めて……先ほども連続してテーブルに膝をぶつけていましたし、少し体調が優れないのでしょうか?


「大丈夫ですか? お身体の調子が優れない様でしたら無理せず救急棟に行った方が良いですよ?」


「こ、コイツ……!!」


「ブフォッ……!!」


「おいこら健人! 笑うんじゃねぇ!」


 ふむ、この様子は……どうやら私の方が間違っているみたいですね。


「え、えっと、玲奈さん? 九条先輩とはいったいどういう関係で?」


「どういう関係……いずれ絶対に壊したい相手、ですかね」


 おかしいですね、真面目に答えた筈ですのに何故だが物凄く引かれています。

 とても納得など出来る筈もありませんが、やはりここでおかしいのは私の方なのでしょうね。


「んんッ! ……で? その九条先輩って奴はナニモンなんだよ」


「おや、正樹さんも会った事がございますよね? 絶対不可侵領域のエルさんですよ」


「……アイツかぁ」


 テーブルの上で組んだ手に頭を乗せ、大きなため息と共に言葉を吐き出した正樹さん見て、やはり彼は何処か調子が悪いのではないかと考えてしまいます。

 彼のパーティーメンバーの方々も痛ましいものを見る目で正樹さんを見ている様ですし、これだけは当たっていると思うんですよね。


「先輩だって事は聞いてたが……そうか、華族には変人しか居ねぇのか」


「……私って、変ですか?」


 顎に指先を当て、首を傾げながら……正樹さんを見詰めて問い掛けてみます。

 一瞬だけ息を飲み、そして再度大きくため息を吐き出した正樹さんは私の目をしっかりと見詰め返し、そしてまた逸らしながら口を開きます。


「……別に、変な事が悪いって訳でもねぇだろ」


「そう、ですか?」


 それっきり、口をへの字に結んだまま黙っている正樹さんを見詰めているとチャイムが鳴り、お昼休みが終わってしまいました。


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