第258話小田原健人の内心
「──どう? ミラちゃん、この後食事でも」
日本生まれ日本育ちのイギリス人であるパーティーメンバーに壁ドンをしながらそんなキザなセリフを吐く。
親がせめて日本でも生きやすい様にと与えたらしい日本人らしい本名を持つ、この頭一つと半分くらい目線が下の少女は僕には目もくれずに通信機器を弄っている。
自分よりもずっと背の高い男子に壁際まで追い込まれているというのに、彼女はいつも通り億した様子がない。
「リアルでその名前を呼ばないで」
「おっと、ごめんごめん。悪かったね美咲ちゃん」
そんなに熱心に何を見ているのかと好奇心から通信機器の画面を覗こうとすると、口元を隠す様にして画面を遮られながら上目遣いで睨まれる。
降参だと言わんばかりに両手を上げながら肩を竦めると、ため息一つ吐いてから彼女は顎で進む方角を指し示しながら歩き出す。
「先ずは正樹達と合流」
「ですよね〜」
割と本気で誘ったんだけど、俺ってばいつも調子が良いっていうかノリが軽いっていうか……女友達も多いものだから本気に受け取られないんだよね。
これは自業自得だから仕方がないとして、まぁアイツらと食事がしたくない訳じゃなければむしろ楽しいから良いんだけども。
特に最近は正樹を弄るのが楽しすぎて半ば日課になってる節がある……気を付けないと相手も周囲も不快にさせてしまうけどね。
「正樹は居る?」
お目当ての人物が居る「壱の菊」クラスの扉を開け、そのまま簡潔に要件だけを伝える美咲ちゃんに中の同級生達は一斉に同じ方向に振り返る。
その視線を辿った先には何やら深刻そうな顔をした正樹が顔の前で手を組みながら黙っており、その周りを来弥、桜、希美が困った顔で囲んでいて……え、なにこれ。
「えー、なになに? どったの?」
「健人か……いやなに、少しな」
『お昼休みも有限なんだゾ!』なんてふざけて言いながら近付けば、来弥が言いづらそうに説明してくれる。
何でも、一つ前の小休憩の時に愛しの一条さんがイケメンの先輩と逢い引きしていたという噂が広まっているらしく、それを聞いてからこうなっているらしい。
ヤバいな、コイツ相変わらずピュア過ぎて逆に引く。
「ピュア過ぎて引く」
「美咲ちゃん! めっ!」
僕と違って思った事をズバッと言ってしまう美咲ちゃんに、桜が慌てて注意をするのを横目で見ながら正樹の様子を窺うが……全く反応しないな。
これは本当に重症と見た。中学からの初恋を拗らせて引き摺ってる癖に素直になれないから先を越されるんだと言うのに。
……いや、まだ一条さんとその先輩が付き合ってるって確証はないけど……なんなら俺もあまり人の事を言えないけど。
「で? 相手は誰なん?」
「三年の九条先輩よ」
「あーね」
希美の返答を聞いてそりゃこうなるよなと納得してしまう。
何故なら九条先輩と言えば一条さんと同じく、現代まで残った数少ない華族だ。
さらに言えば同じ五摂関家で皇室の血も引く公爵家……そんな二人が一緒に人気の少ない目立たない場所で逢い引きともなれば様々な憶測が飛び交うのも無理はない。
美男美女の政略結婚なんて美味しい話のネタを、野次馬が放っておくはずもなければ普通のイケメンと一緒に居るよりも信憑性が高くなってくる。
「お! 玉無しケリンじゃねぇか!」
さて、こんな調子の我らがリーダーをどうしようかと考え始めたところで不名誉な呼ばれ方をして振り返る。
そこには正樹達四人のクラスメイトだったと記憶している男子がニヤケ面で手を振っていた。
「……なに、玉無しケリンって?」
「ほら、お前って公式動画の設定をONにしてただろ?」
「あー、そういえば」
「そのせいであの場面が流れちゃったんだよ」
来弥の指摘で思い出す……確かに俺は『公式プロモーション・ビデオ』に、自分達のプレイ風景を使っても良いかという設定をONにしていた。
これによって運営側が「これは面白い」だとか「これは絵になる」と言った風景をランダムに選び、公式サイトに動画として載せる。
まぁ要は一種の宣伝だね、ウチのゲームではこんな遊び方ができるし実際にしている人も居るよっていう。
そしてそこに地下墳墓での俺たちと一条さんの戦闘風景が載せられ、俺が壮絶な死に方をしたのが流れたと。
「お前、顔は見えなかったけどあんな雰囲気美少女になんて事をさせてんだよ」
「我々の業界でも拷問ですってか」
「お前な〜、なんだよカヒュって! やべぇ顔してたじゃん」
「ケリン選手ご感想をどうぞ!」
うわ〜、これはあれだ、ダル絡みというやつだ……大して面白くもない人達が面白い人の真似をしようと必死になってるやつだ。
別にそれ自体は良いんだけど、こういう奴らは相手を不快にさせる線引きも分からなければ、不快にさせても悪びれないし、面白くもない。
第一俺は彼らとそんなに仲良くない筈なんだけどなぁ……まぁでも、軽く付き合えば満足するだろう。
変に不快感を示しても場の雰囲気が悪くなるだけだし、だいたいノリの軽いキャラをしている俺が悪い──
「──うるせぇ」
下から聞こえてきた声に振り返れば、正樹が不機嫌な顔で彼らを睨み付けていた。
「シンプルに詰まんねぇ事で騒ぐなら向こうに行ってろ、俺は考え事をしてんだよ」
「わ、悪い……」
こういう事を素でしちゃうからなぁ〜、自分が気に入らないと思った事はすぐ口に出す。
それで敵を作ったりするけど、そんな些事は気にも留めない。
そして自分の目の前で誰かが嫌な目に合ってるのを見ると、例え自分が今どんな状況であろうと、その後にどうなろうと関係なく助けに行く。
一昨日は急に走り出したかと思ったら轢かれそうになってる女の子を助けに行くもんだから、他の四人と一緒に青ざめたね。
もちろんその後はみんなで説教しまくったけど。
「はぁ、ったく……ここじゃ雑音が多いな、飯行くぞ」
「お前を待ってたんだぞ」
「けっ!」
みんなで苦笑しながら教室を出たところで、急に力強く正樹から背中を叩かれる。
「キャラとか気にしねぇで、言いたい事はハッキリと言え。ケツは俺が持ってやる」
……はぁ、本当にこういうところが人を惹きつけるんだろうなぁ。……口は絶望的に悪いけど。
まぁ、だからこそ俺はこうやって返してあげる。
「え、やだ! 正樹ってばそっちの気が?! ……ごめんね、俺ってば美咲ちゃん一筋なの」
「ちっげぇよ! お前ふざけんなよ?!」
「だって、いきなり口説いてくるし……そうなのかなって?」
「あー、もう! そうだよお前はそういう奴だったな! もう好きにしろ!」
ため息を吐く来弥、ニコニコしてる希美、苦笑する桜に呆れた表情の美咲ちゃん……そんな仲間達の元へと不機嫌な正樹を伴って追い付く。
「あんまり揶揄い過ぎるなよ?」
「分かってるって」
あーあ、俺ももう少し素直になればなぁ……そしたら正樹や皆に感謝を伝えられるのに。
それに何よりも、美咲ちゃんに俺の本心を判って貰えるのになぁ……なんて、今は今が一番心地いいから暫くはいいや。
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