第257話九条弥彦の道楽


「​──ねぇ、お願いだから!」


 目の前で悲痛な訴えを叫ぶ同級生の女を見て、自分の中で得体の知れない達成感が生まれるのを実感する。

 それを表に出さない様にと、自然体で対応することにはもう慣れたものだった。


「……えぇ?」


 今ボクの目の前に居る彼女が要求している事​──自分自身をグチャグチャに犯して、もしくは何でも良いから命令してというものに対して興味なさげに、困惑した様な声色で対応する。

 いったいこれがどういう状況かと言うと、クラスの皆でカラオケ大会をした時に自分の連絡先を聞いてきた女子で遊んでた……ただそれだけの話。

 会う度に彼女にポンと百万円をタクシー代として渡し、何も要求はしない……けれどもそれを繰り返し、回数を重ねる毎に自分の反応を徐々に興味なさげにしていく。

 遊んでいて話し掛けられても『あぁ』とか『うん』とか、気にのない返事ばかりを繰り返していながらお開き、ってなった時には必ず大金をその場で手渡す。

 それを五回ほど続ければ、今の彼女みたいに気が狂ってしまうんだよね。


「ねぇ、なんで? なんで私にこんなにも大きな金額を渡すの? 私に気があるならわかるよ?! でもアナタはいつも詰まらなそうじゃない!」


 世の中には目に見える見えないに限らず、どんなモノにでも〝あたい〟という絶対的なモノが存在する。

 それに気付いたのは幼少期の頃だったかな……母がフィンランド人であるボクは、髪こそ黒色だったけど瞳は深い青色で肌も普通よりも白かった。

 そんなボクを見て、周囲の人間達は様々な反応を示した……九条家の跡取りが混ざり物だと顔を顰める者、日本人離れした容姿に惹かれる者、内心では嫌悪感を隠しながらも、ボクの中に流れる九条家の血を求めておべっかを使う者など、本当に様々な人達が居た。

 そしてそんな人達はボクの言動にいちいち一喜一憂するものだからもう楽しくて仕方がなくて……気が付けばボクは彼らの好感度という数値・・・・・・・・で遊んでいた。


「いや、別に君には何も求めてないよ」


「​──」


 その頃からかなぁ……ボクは世の中にある様々な数値を自らの手で一定の数値に保ったり、わざとバグらせてみたりする事に達成感を覚えるようになっちゃったんだよね。

 今だってそう、目の前の……もう名前も忘れちゃった彼女はボクが自らの好感度や不信感を乱高下させたせいで壊れちゃったんだけど、それが何だかとても嬉しいんだ​。


(​──あぁ、人って殴らなくても壊れるんだな)


 そう、再確認できるから……あの日、母が壊れたのは周囲の人間達による値の操作が頻繁的で、纏まりが無かったらなんだと、そう思えるから。

 現代社会で生きていくうちに差別なんかは良くない事として教わるけれど、それでも人はそんな醜いモノを簡単に捨てられる生き物じゃない。

 特に自分達が知らないモノに関しては酷く排他的になる……内心でそれをどう隠そうともね。

 だから百年も下層と上層とで分断されてるんじゃないかなぁ……詳しく資料を見てないから分からないけど。

 もはや壊れちゃったままの母の事もどうでもいいしね……あれはボクが何をしても数値が上昇する事はあっても、下降する事はないから。


「あれは……じゃ、ボクはもう行くね」


 そのまま呆然とただ涙を流すだけの彼女を置き去りに、ボクは今とても興味がある存在を見付けてそちらへと歩み寄る。

 気が付けば、先ほどまで会話していた彼女の事など頭の隅からも消え去っていた。


「​やぁ、一条さん! 少し良いかな?」


「……九条、先輩ですか」


 うん、いつもと変わらない気のない返事だね……もう慣れっこだし、むしろ安心感すらあるよ。

 そのまま首を傾げたままの彼女を人目のない校舎裏へと連れて行く……さっきまでは静かな場所だったんだけど、今はもう人目があるからね。

 というか、お昼休みに一条さんはなんで一人であんな密会の穴場みたいな場所に居たのだろう……彼女に限って色恋は有り得ないし。


「あんな場所で何をしてたの?」


「……少し、遊んでました・・・・・・


 あー、なるほどね、彼女もボクと同じ理由でアソコに居たのか……なら納得だね。

 野良猫か野良犬かは分からないけれど、あんな場所に迷い込んでしまったらしい生命に合掌。


「それで、用件はなんでしょうか?」


「そうだなぁ……」


 気のない返事を返しつつ、無遠慮に彼女の頬に触れ、そのまま滑る様にその綺麗で長い黒髪を掬い上げる。

 普通そんな事をしたら怒るか、引かれるか、もしくはこれ幸いとボクを落として九条家の夫人の座に収まろうとするものだけれど、彼女は少しだけ首を傾げるだけに終わってしまう。

 それだけ美しく、可憐な容姿をしている癖にその無防備さはなんだと思わずツッコミたくなってしまうくらいに今の彼女は危うかった。

 自分が普通では有り得ないくらい距離が近いスキンシップをされてるとも気付かずに、ただ今のボクの行動の理由や意味を必死になって考え込んでいる。

 何かに呪われた様に、この現実世界では自分を出来るだけ押し殺し、普通なんて詰まらないものに自分を押し込めようとするがあまり、普通から逸脱していく彼女が滑稽で面白くて、それでいて可愛らしい。


「​──宣戦布告、かな」


 そう、用件を呟いた途端に彼女の纏う雰囲気や目付きがガラリと変わる。

 ぱっと見で、見た目には何も変化はない……いつもの様に喪失感に溢れる光のない瞳に、どんな大作映画を見ても感動する事なんてないだろうと思わせる感情の削げ落ちた表情。

 ボクに未だに頬を撫でられているままだと言うのに、思わず鳥肌が立ってしまう様なこの殺気はなんだろうか? 彼女は現実でもゲームのスキルが使えるのか?

 ……いいや、違う。これこそがボクが彼女を、一条玲奈という少女を気に入っている大きな理由だ。

 自身の頬を撫でいるボクの手を取り、握り潰すのではと言わんばかりに力を込める彼女の内側に眠るこの凶暴性が最高に素敵だと感じられる。


「​やっぱり君は隠すのが下手なだけでさ、ボクと似てるよね」


「……はぁ」


 あぁ、いいなぁ、実に素晴らしい……興味なさげから一転して強烈な殺意を放ったと思ったら、またポヤンとした反応を返す。

 ここまで自分が思う様に操作できない数値が乱高下しているってだけでもそそるのに、それがボクと似た異常者……現在の社会的正義では受け入れられない人材ときた。

 ここまで面白い人も中々に居ないんじゃないかなぁって思うんだよね……だからこそ​──


「​──本当に一回で良いからさ、君を壊してみたい」


 どんな数値をどのくらい弄れば君は壊れるの? ……そう、そっと耳元で囁いてみる。


「​──奇遇ですね、私も貴方を壊して遊んでみたいと思っていたんです」


 だよね、君なら普通の反応は返って来ないだろうなって期待してたんだよね。

 あーあ、彼女以外にも会った事がない異常者が居れば良いんだけどなぁ。


「次は全力で殺しに行くから」


「そうですか、今度もまた楽しく遊びましょうね」


 まるで想い人と逢瀬の約束をした、初心な乙女の様でいて、熟練の高級娼婦の様な妖艶な雰囲気を纏い始める彼女に思わず笑みが深まる。

 普通はサンプルが多くて分かり易いけれど、ボクと同じ異常者は理解も攻略も、本当に難しくて……だからこそ燃えて楽しめるよね。


「「​──次は死ね」」


 あー、俄然やる気が出て来たなぁ……やっぱり定期的に彼女みたいな子と遊ばないとやってられないや。


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