第253話貫・撃・絞
「「──死ね」」
至近距離から私のお腹を狙って突き出されたロン老師の拳を両手で受け止め、交わった目線に沿うようにして頭突きを食らわせる。
顔を顰めつつも、決して目を閉じる事はしない彼がそのまま逆の手で手刀を振り下ろして来るのを確認しながら、口の中にに仕込んでいた極小さな毒針を吹き飛ばす。
ロン老師の手刀によって右の肩口からバッサリといかれてしまいましたが、強力な猛毒を仕込んだ針によって片目を潰す事が出来ましたね。
「くっ……」
「ぐぉっ!」
痛覚制限は完全に取っ払っていますからね、こういう大きなダメージを負うと痛みに少しばかり動きが鈍ってしまうのが玉に瑕です。
ですがまぁ、その痛みこそが私にこのゲーム世界が現実なのだと錯覚させてくれますので、今さら文句はありませんね。
そうです、今私は痛みの伴う命のやり取りを疑似体験しているのです。
これが、この『遊び』が楽しくない訳がありません。
「はァっ……!」
「ふんっ……!」
老師の顎を狙って掌底を放ち、見事決まるもののクロスカウンターとして私も喉に人差し指と中指だけを少しだけ突き出した様な、特殊な握り方をした拳で殴られてしまいます。
ロン老師は一瞬意識が飛び、私は呼吸困難から数秒のインターバルが生まれる事で、何とも不思議な静寂が辺りを包み込む。
それまでの激しい打ち合いの音が木霊する空間から一転して静謐──そして、また耳障りな戦闘音が鳴り響く。
「ぜえぇい!!」
「がハッ……?!」
右肩をやられたのが響いて来たのか、ここに来て受け流しに失敗して老師の貫き手によってお腹を突き破られてしまいましたね。
彼もまた、片目を潰されているというのによくもまぁ当てて来るものです……いや、片目が潰されているからこそ心臓ではなく、お腹に狙いがズレたのだと言うべきでしょうか。
ここに来てこの大ダメージは、これまでの拮抗が崩れかねませんね。
「ごフッ……」
口から大量の血を吐き出し、急激に減少していく自身のHPを横目に見ながらロン老師に向けて微笑んで魅せる。
訝しげな顔をする彼には悪いですが、少しばかり打ち合いながら誘導させて貰いました。
「──《流星槍》」
「しまっ──?!」
そうです、ここは貴方が弾き飛ばした山田さんとポン子さんの真下です。
念話によってロン老師の意識下から外れ、油断するまで待機を命じておいたのが功を奏しましたね。
回避しようとするロン老師の腕を、私のお腹を突き破っている腕を抱え込む様に握り締める事でその場に留まらせ──真上から降ってきた銛がロン老師の背中を貫く。
……これで条件はまた同じに戻り、事態はまた拮抗しますね。
「ゴッ、ガハ……やって、くれおるのぉ……」
「ふふ、貴方が女性のお腹を殴るどころか貫いた様に、私も貴方を高齢者とは見ていませんので」
後ろへと跳躍する事でロン老師から離れながら、回復魔術を掛けつつ糸によって腹部の傷口をそのまま縫い付けていきます。
サラシとかを巻いていれば良かったのですが、無いですからね……こうでもしないと臓物が溢れ落ちてしまいますから、仕方がありません。
「ポン子さん」
私の呼び声に応え、ロン老師に捕まってしまう前にポン子さんは自身の身体を銛から銃へと変形させ、そのまま私の下へと戻って来ます。
突然体積の変わったそれにロン老師が一瞬驚いた顔をするものの、すぐさま拳を構え直すところは流石ですね。
「──《龍神激烈拳》!!」
「《写し影絵》──からの《ハッピートリガー》」
銃形態のポン子さんをそのまま増やし、二丁拳銃となった状態でスキルを発動する……この《ハッピートリガー》は自身が今持つ弾薬なんかを使い切るまで引き金を引き続ける使い所の難しいモノではありますが、出し惜しみはなしです。
ロン老師の両の拳から放たれる藍色の衝撃波を一つ相殺するのに五発は必要ですからね。
「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」
「あんまり叫ぶと頭の血管が切れてしまいますよ」
ロン老師を中心として反時計回りに駆け抜けながら引き金を引き続ける。
私が従魔達を強化するスキルを使い、三田さんが『錬金術』のスキルで簡易的な弾薬を補充してはくれますが……減る方が早いですね。
先ほど迄の拳の打ち合いよりも煩く、けたたましい撃ち合いの音が密閉空間に反響して耳に痛いです。
これでは私の忠告も老師の耳に届いているかどうかも分かりません。
それに、お互いにお腹や背中に穴を空け、反対側にまで貫通する様な重傷を負っているというのに元気なものですね。
反時計回りに回りつつ、少しずつ距離を詰めているせいでロン老師の攻撃の勢いが増して見えるのかと思っていましたが、普通に時間が経つ程に彼がギアを上げているだけでしたし、とんでもない老人ですね、えぇ。
「──《龍爪斬》」
「──《溶断》」
老師のスキルの効果が終わったと同時に私の弾薬も底を尽き、最後の薬莢が地に落ちる甲高い音が響き渡るのに合わせてお互いに最後の攻撃に移ります。
もはや金属製の武器は耐久値の減りが早くなる等のペナルティに配慮している余裕はありませんから、そのままポン子さんを短刀へと形態変化させてスキルを発動し、激しく赤熱した短刀を、ロン老師に向けて振るいます──
「──儂の、勝ちじゃ」
──が、最後の最後でダンジョン領域を作り替える力を使ったのか、私の足元の大地が半回転し、短刀が振りかざされる前方に柱が立つ。
それによって狙いがズレ、逸らされた私の攻撃とは違ってロン老師の手刀は見事に私の横腹を斬り裂いていました。
確かにここだけ見ればロン老師の勝ちは疑いようもないものでしょう──
「──いいえ、これで最後です」
──ですが、私の《写し影絵》はまだ発動中ですよ。
「ガっ?!」
片目を潰されたロン老師の死角となる角度で、私自身の身体を壁として隠していたもう片方の短刀で気まぐれに伸ばしていた自身の髪を切り離してしまいます。
それによって手に入れた私自身の長い髪の毛の束を捻りながら──背後からロン老師の首に掛ける。
「がァっ、ウッ……グゥっ?!」
「知って、いますか? ……はぁ、はぁ……この体勢って『地蔵背負い』と、言う……らしいですよ?」
まぁ、そんな事を聞く余裕なんてないでしょうけどね……かく言う私もそこまで余裕がある訳ではありません。
暴れるロン老師を抑える為に使用出来るMPなんかも底を突いていますし、これまで負わされた大ダメージによって私が死ぬのが先か、ロン老師が窒息死するのが先かのチキンレースです。
「貴方の、片目を潰した毒、ですがね……それ、脳に行くはずの酸素を奪う効果が、……あるんですよ」
もちろん通常通りの効能も最低限は完備していますが、この酸素を奪う効果が一番大きいでしょう。
「なので、遠慮なく窒息死して構いません……よっ!」
「ガッグゥ……っ!!」
ダメ押しとして、元の短刀へと憑依し直した山田さんと棍棒に形態変化させたポン子さん……それから井上さんの一部を使って死にかけの老体を袋叩きにします。
雀の涙ほどだろうが、たった一ダメージだけしか与えられなかろうが、今は少しでも早く私よりも殺すのが最優先事項ですからね。
「がっ、ぐっ……ぁ……ぉあ……………………」
それっきり動かくなったロン老師の死体を、クエストクリアのアナウンスが流れるまで情け容赦なく──滅多刺しにしました。
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