第250話打・投・極


「​──《満潮》!」


 ロン老師が折り畳んでいた右拳を突き出すのに合わせて前へと出した井上さんの一部が、大きな音を立てて斜め後方へと吹き飛んでいきます。

 どうやら拳の一撃による衝撃波の様なものを飛ばしているのでしょうが、コチラから視認できないのが面倒臭いですね。

 どうやら魔力を纏っていないただの物理的な一撃な様で、『魔力感知』などが働きません。


「《圧害》」


「《地動郭》」


 前方一面に迫る空気の圧をやり過ごす為に、足元の地面の一部を上へと伸ばす事で空中へと退避します。

 上空から下を見てみれば、先ほどまで私が居た場所に立つ不自然な土の柱が勢いよくへし折れ、砕かれているのが分かりますね。

 どうやら本当に彼は本気で私を殺しに来ているようです。


「《流星槍》」


 上空からロン老師目掛けて勢いよく銛を投擲すると同時に、天井から伸びる鍾乳石に張り巡らせた糸を足場にして跳躍……自らもロン老師の懐へと飛び込みます。

 銛を選んで私に組み付かれるか、それとも私を選んで銛に貫かれるか……ロン老師ならそのどちらでもない選択肢を選んでくれると信じていますよ。


「​──《打刻怨》!」


「​──カハッ?!」


 私達に向けて身体の側面を晒したと思った次の瞬間にはロン老師の右拳が頭上の銛を弾き、左の肘鉄が一拍遅れてやって来た私の腹部を穿っていました。

 山田さんとポン子さんは飛ばされて天井へと突き刺さり、私は血反吐を吐きながら水着によって晒された無防備な白いお腹にドス黒い痣を作りながら吹き飛ばされます。


「……ケホッ、カハッ……オェッ……」


 まるで臓腑を鷲掴みにされているかの様に鈍痛が腹部に留まって引きませんね……これでは少し呼吸にも支障が出るでしょう。

 ここに来て鎧を着込めないのが響いて来ましたかね。

 まぁ仕方がないので応急処置として、篭手とブーツの部分だけ井上さんを装備しましょうか。

 装備してしまうと私という判定から装備という判定に変わってしまい、井上さんのHPが少しずつ減ってしまいますが……まぁ腕と足の部分だけならダメージは微量ですし回復が間に合います。


「ほう、このワシに体術勝負を挑むと?」


「武器が飛ばされてしまいましたので……それに、老人である貴方より筋力と体力では勝っているつもりですが?」


「ふむ、まぁ良かろう」


 なるほど、確かにロン老師はロノウェさんと血の繋がりがある様ですね……確かロノウェさんも拳一つでとても強かった覚えがあります。

 そしてそのロノウェさんよりも長く生きており、メタ的な発言をするのであれば、プレイヤー達のメインストーリーの攻略によって段階的な運営からのテコ入れもされているであろうロン老師の方が強いのは自明ですね。

 ロノウェさんとは似ているようで、けれども確かに違う強さがあります。


「《魔撃衝》!」


「《深海圧撃》!」


 お互いに一気に距離を詰め、技を放つ……私の親指だけを曲げた掌底と、ロン老師の竜の爪を模した様な変わった握り方の拳が中間地点で激突します。

 スキルレベルでは向こうが、筋力などの基礎ステータスでは魔統っていうる私が大きく相手を引き離している感じでしようか……逃がし切れなかった衝撃が直に腕へと伝わり、私とロン老師の右腕から血管を沿うように肉が避け、血が吹き出していますね。

 ……まぁ、だからなんだと言う話なのですが。


「はぁっ!」


「ふんっ!」


 お互いに利き腕の負傷など気にも留めず、至近距離での殴り合いを開始します。

 一旦引いた右腕を突き出しての目潰しを裏拳で弾かれ、私の体勢がほんの少し右に傾いたところを狙って振り上げられた鋭いつま先の一撃を左脚を折り曲げる事で上げ、防ぐ。

 左の膝小僧にロン老師の足先がめり込む痛みに眉を顰めながらも、これが顎に刺さらなくて良かったと冷静に分析します。


「やっ!」


「ほっ!」


 ロン老師の足の一撃による衝撃を利用しながら片足だけで跳躍しながら回転し、その勢いのままに右脚による回し蹴りを放ちます……が、そのまま足首を捕まれ、握り壊されながら地面へと叩き付けられてしまいます。

 ですが分かりやすい大きな挙動にロン老師の意識を逸らす事は出来たようで、彼の肘裏や脚の付け根に毒針を刺す事が出来ましたね。


「本当に手癖が悪い……いつもと違う装備で感覚が違うじゃろうと煽ってやるつもりじゃったのだがな」


 背中から叩き付けられた衝撃からか、髪を停めていたバレッタが音を立てて遠くへと飛んで行きます。

 無造作に広がった髪も、叩き付けられた時の体勢もそのままに、苦々しい顔をしているらしいロン老師に向けて口を開く。


「弘法筆を選ばずという諺を知っています​​──かっ!」


「そんなもん知らんわ!」


 握り壊されてしまったのであれば仕方がないと、そのまま起き上がる勢いのままに捕まれた右足首を支点に空中で回転し、ロン老師の顔を目掛けて左足で蹴り上げる。

 奇しくも腕を上げる事で防がれてしまいましたが、毒針をさらに深く刺し込み、右足首も解放されたので良しとしましょう。

 三田さんにお願いして右足首を治して貰いながら、私も井上さんのHPと損傷を回復してあげますか。


「ふんっ!」


「シっ!」


 すぐさま追撃を仕掛けてくるロン老師に対応する為に、牽制目的の毒針を投擲しながら一歩前へと踏み出します。

 目前へと突き込まれる右拳を、掌底で顔の横へと弾きながら、腕をクロスさせる様に私の顎を狙って振り上げられる左拳を反対の手のひらで受け止める。

 そのまま私の顔の横へと拳を弾いた掌底を握り締め、ロン老師の顎を打ち抜く​──


「​──甘いわぁッ!!」


「​──ガっ?!」


 掌底に弾かれ、私の顔の横を素通りした右拳を自身の元へと引き戻す過程で開き、そのまま後ろから私の首を掴まれ、持ち上げられます。

 ……これは、不味いですね……まさかこの様な技術があるとは露知らず、まんまと急所を敵に明け渡してしまうとは。


「がっ、ぐぅ……!」


「そのまま死​──ぬぉ?!」


 私の首を掴み持ち上げるロン老師の右手首を両手で掴み、拘束を振り解こうとしていると見せ掛け、相手が握力を強めたところで自身の重心を両手から相手の右手首へと掛けながら振り子の様に両足を空中へと持ち上げる。

 その勢いのまま、両膝で右肘を挟み、右足首をロン老師の左肩へと乗せて首に向けて引っ掛ける様に添え、左足首を右の脇下から掬う様に通す事で​​ロン老師の右腕と首にに身体全体で抱き着く形になります。

 その体勢のまま首に引っ掛ける様に置いた右足首でロン老師の後頭部を蹴り上げながら、右腕を捻り折る様に全体重を掛けて回転する事でロン老師を頭から地面に叩き付けます。


「がぁっ、ぐっ……は、離しな、っ……さっ……」


 頭から叩き付けた衝撃で大地が割れているというのに、ロン老師は未だに私の首から手を離そうとしません。

 何という握力をしているのでしょうか、老人には全く似合いませんね。

 ですがまぁ、そろそろ右肘に刺した毒針から痺れ毒などが効いてくるでしょうから、離さざるを得ないのも時間の問題と言えるでしょう。


「ぐっ、ふん! お望み通りに離してやるわァ!」


 ロン老師もそれが分かっているのでしょう……叩き付けから復帰して直後に私を引き寄せ、やっと首から手を離したと思ったらそのままスキルを伴った背負い投げを仕掛けて来ましたね。

 この一連の早業を妨害する術は今の私にはありませんが、タダで喰らってやるつもりもありません。


「ぬぅ?!」


 右腕に抱き着いた時に仕込んでおいた糸を手繰り寄せ、投げ飛ばされた衝撃等も利用しながらロン老師自身も道連れにします。

 スキルによる背負い投げで思いっ切り壁に叩き付けられる私と、その私から伸びる糸によって遠心力に引っ張られる様にしてロン老師もまた離れた壁に叩き付けられます。


「はぁ、はぁ……」


「ぐっ、ゴホッゴホッ……」


 上に乗っかる岩を退け、口元の血を拭いながら息を整えます……どうやらここまではお互いに決定打に欠ける様ですね。

 老人の癖に魔統っていて、毒や糸などの武器も使う私よりも優勢とは信じられません。


「​──ふふっ」


「……何が可笑しいんじゃ」


 いけませんね、思わず笑みが溢れてしまいました。

 大事な『遊び相手』であるロン老師が苦々しい顔をしているではありませんか。


「失礼致しました……その、貴方との『遊び』が……楽しくて仕方がなくてですね……」


「……」


 無邪気で幼い子どもが、新しい玩具を買って貰ったかの様にはしゃいでしまった事を恥じる様に口元に手を添え、謝罪の言葉を言います。

 ですが、そんな私の様を見てロン老師は『益々理解が出来なくなった』とでも言わんばかりに顔を顰めていますね。


「……そんな顔をされると少しばかり傷付き​──いえ、嗜虐心が顔を出してしまいますね」


 何となくムカついてしまいますし、まるで上からさも自分とは違う異物として見られている様な気分になってしまいす。

 そんな事をされると、勘違いしたアナタを私と同じ場所へと堕としてしまいたくなりますね。

 私から首を締められれば死ぬ癖に、自分とは関係のない世界に生きる異物として見る者達が気に入りません。

 ……えぇ、本当に気に入りませんね。


「それは申し訳なく思う……が、今さら謝罪なぞはせんよ」


「私も求めてはいないので結構です」


 仕切り直しですね……お互いに構えを取り、目線と足先の向きで相手を牽制しながら位置取りをして​──


「「​──死ねもう倒れておけ」」


 ​──再度、相手の命を奪うべく駆け出します。


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