第249話人の命は特別尊いのではなく、ただ珍しい


「​​​​ね〜んねん、ころ〜り〜よ」


 四肢と両目を失ってなお息がある聖騎士長さんの襟首を掴み、そのまま引きずりながら歩きます。

 彼女が途中で『お父さん! お母さん! 助けて!』なんて叫ぶものですから、母の事を思い出してしまいました。


「おころ〜り〜よ」


 そのせいなのか、幼い頃に母から唄って貰っていた子守唄をいつの間にか口ずさんでしまっているではありませんか。

 意識して歌っているものでもなく、ただ何となく口を動かしているだけの歌っているとも言えないクオリティのものでしかありませんが、通路内に反響する事でまぁまぁよく聴こえているのが少し微妙な感じですね。


「坊やはよい〜子だ、ねんねし〜な」


 母はいつも独特で変なアクセントを付けて唄っていましたから、その癖が私にまで移ってしまってこの歌だけは正規のメロディで歌えないのですが……それが良く聴こえるというのが変な感じです。

 まぁだからと言って何かが悪い訳ではないのですが、自分の歌から母を感じ取れないのが少し寂しくありますね。

 母がよく目の前で唄ってくれていたこの歌だけは、私が少し下手に歌えて、母がすぐ側で唄ってくれている様な気持ちにさせてくれていましたから。


「ね〜ねんねの、お守〜りは」


 そろそろ聖騎士長さんが失血で死にそうですね……まぁもがれた四肢もくり抜いた目玉もそのままに、大した治療もしていないので当然ではありますか。

 いつまでも両親の名をぶつぶつと呟くこの肉塊にも飽きてきたところですし、ちょうど目の前に現れた扉の先で太郎さんの餌にしてあげますかね。

 そうと決まればさっさと開けてしまいましょう。


「……いい唄だな」


「おや、こんな所に居たのですか」


 少しばかり驚きですね、開けた扉の先にはロン老師が待ち構えていたではありませんか。

 あんまりダンジョン内を探索した気がしませんが、おそらくある程度は内部の構造を弄れるのでしょうし、彼がわざと私だけをここに来るように道順を変えたと見るべきですね。

 聖騎士長さんを投げ捨て、その血肉に群がる花子さんと武雄さんの眷属達を視界から外してロン老師を見据えます。


「居た、というよりは招いたが正しいのう……思いの外上手く邪魔な二人を排除できたのでな」


「邪魔な二人……あぁ、マリアさんとブロッサムさんの事ですか」


「然り。ワシの目的はあくまでもお主ただ一人よ……それに、お主にこれ以上人の命をおもちゃにして欲しくないのでな」


 まるで痛ましい物でも見るかの様な表情で聖騎士長さんの遺体を見詰めながらロン老師が語っていますね。

 それに釈然としないものを覚え、首を傾げながらも彼の言葉の続きを待ちます。

 面倒だとは思いますが、どうやら人は戦う時に内心の憂いを取り除かねば全力を出せないみたいですから。


「どうせこれが最後になるのですから、気になる事があるならどうぞ」


 何かを躊躇しているらしいロン老師にそう水を向けてやれば、数秒の逡巡の後に彼は顔を上げて真っ直ぐに私を見詰めて口を開きます。


「最期にお主に問う​──なぜ尊い命を弄ぶのか」


 そう問われても私は首を傾げるしかありません。

 自身と同じ人の命だろうが、蟻だろうが私にとっては何も変わらないからです。

 では何も変わらないのに、なぜ人を積極的に狙うのか、それは自分でも人の命を特別視している証拠ではないのかと以前にも指摘された事もありましたが、それもまた違います。


 私はただ目の前の物で遊びたいだけなのです。


 何気なく机を指で叩く、蟻の巣に水を注ぐ、何となく服のボタンを弄る、……まるで小石を蹴りながら下校する小学生の様に私はただ遊びたいだけなんですよ、そこに深い意味はありません。

 あぁ、そうですね……私はただ小石を蹴りながら下校がしたいだけなのです。

 自らが蹴っていた小石を途中で友達に奪われると嫌な気持ちになるでしょう?

 私は社会が、倫理観や常識と言ったもので自らの小石を奪われるのが酷く悲しいのです。


 現実世界でも、犬や猫などの小動物の命を弄んでもそう注目されません。路地裏などに捨て置けば勝手に処理されますから。

 ですが人の命はそうは行きません……犬猫と違って人の死体はよく目立ち、一度誰かに見付かってしまえば絶対に当局からの捜査が入ってしまうからです。

 そうです、人の命を積極的に狙っている訳でもありません……ただ珍しい・・・からゲームでは積極的に遊ぶだけなのです。


「​──ただ、それだけです」


 ご満足して頂けましたか、と、そうロン老師に問えば彼の瞳から甘さや躊躇いの一切が消えたのが分かります。

 どうやら私の答えは彼から躊躇い等を消すくらいには満足させられるものであったようで、何よりですね。


「……もう、よい……お前さんの性根は充分に理解した……その様な考えでロノウェの命を奪った事も……」


「? ……あぁ、ロノウェさんですね、確かに彼との『遊び』はとても楽しめましたね」


「​──」


 何故でしょうか、ロン老師が愕然とした表情で私を見ています……そんな顔で見られる様な憶えは全くないのですが。

 他人と会話をするといつもこうです……勝手に相手が理由の説明もなく憤ったり、泣いたりと、突然感情を荒立てるのです。

 せめて何かあったのか、私に原因があるのなら何処が悪かったのかくらいは教えて貰いたいものなのですが。

 ……ですが、それを尋ねるとさらに相手を怒らせてしまうのですよね。


「そうか、そう、か……お前さんはもう本当に……ワシでは救えはしないんじゃな……」


「救う、ですか? ……特に今は困っていませんよ?」


 海底ダンジョンの場所が分からなかった時は確かに少し困っていたかも知れませんが、マリアさんの爆発で呼び出して案内して貰ったのでもう解決していますしね。

 あと私が困っている事と言えば……何故ロン老師が感情を荒立てているのかが分からないという事くらいでしょうか?

 まぁ、それを聞いても教えてはくれないのでしょうね。


「いや、もう多くは語るまい​──今ここでお前を殺してやる事こそワシが唯一してやれる事じゃ!」


 左拳を前に突き出し、右腕を折り畳んで腰辺りに付けるという空手っぽい構えをとったロン老師から強烈な殺気を飛ばされます。

 いいですよ、そうこなくてはなりません……よく分かりませんが、躊躇なく私と『遊んで』くれるのであればコチラからは文句はありません。


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クエストNo.番外

ワールドクエスト:老司祭の反逆・‪√‬甲

依頼者:ロン老師

依頼内容:条件を揃え、秩序を守護する戦士の一人としてなんの憂いもなく戦える様になったロン老師とその仲間達を撃破せよ。


→一切の甘さと躊躇いを捨てた全力のロン老師を撃破せよ。


七色の貴神の眷属が一柱、海神クレブスクルムを信望する最高司祭が聖地で権能の一部を振るう為、敗北するとアカウントデータが消去され、文字通りこの世界で死にます。


報酬:10レベル分のスキル含む経験値・5000万G・???


注意:ワールドクエストはゲーム内のシナリオや今後に深く関わるクエストです。その成否に関わらず受け直す事も何度も受ける事も出来ません。

受注しますか? Yes / No


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 ​──こんなの、もちろんYes以外に有り得ませんよ。


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