第246話聖母と赤鴉その2


「人の顔くらい判別しなさいよね!」


 近接戦闘も出来なくはないけど、これ見よがしに細剣を持った前衛職っぽい相手にこの至近距離は不味い……とりあえず距離を離さないと一方的に殴られてしまう。

 錫杖はもしもの時のガードに使う為に身体の近くに持っていくとして、武器による補正は乗らないけれど左手を前にしてそのまま魔術を放つ。


「《爆豪》!」


 前方に立つ不審者に向けて強烈な爆発攻撃をお見舞いしてやると同時に、その衝撃を利用して後方へと飛んで退避する。

 いつも通りなら私の自分でも馬鹿なんじゃないかなって思う火力を、モンスターでもない人が至近距離で受けたらここで終わりだけれど……ざっと二桁はあった人魂の数を鑑みるに、そう甘くはないだろうなって。


「《双頭・炎蛇焔舞》! 《スター・ゲージ》! 《燃焼》! 《蛍火》!」


 高温の炎で出来た大蛇によって逃げ場を塞ぐ様に追撃し、不審者が居た場所へと大蛇ごと光で出来た檻で閉じ込める。

 その後すぐに檻の周囲の空気を一瞬にして燃やし尽くし、一時的に真空状態へとなった檻周辺の空間に激しく流れ込む空気燃料に混入させるように高密度の火種をばら撒く。


「仕上げよ! 《蒼炎》!」


 激しい大爆発を起こした檻に向かってダメ押しの攻撃……ガラスと化した砂浜が、さらにドロドロに溶けてしまう様な超高温の炎を檻を中心として圧縮させ、爆破する。

 さざ波が寄せる端から蒸発し、引くことをしないのを見て内心でやり過ぎたかと少し後悔してしまう。

 吹き上げる熱波と爆風のせいで自分も軽くないダメージが入ってるのがアホらしい。


「……この本当に倒したのか分からない時間の緊迫感ハンパない……思わずフラグ立てそうになる」


 経験してみて初めて気持ちが分かる事ってあるよね……いつもなら創作物を見て『フラグ立てんな!』って怒るところだけれど、このまだ何とも言えない待機時間の緊張感や緊迫感が凄すぎて何かを言わないと不安になっちゃう。

 思わず私自身も『やったか?!』とか漏らしちゃいうそう。


「……居ない?」


 『八熱魔術』の《慈母焦土》によって炎を支配下に置き、そのまま周囲へと拡散して散らして檻も解除したけれど……そこに奴の姿はない。

 死んで直ぐに神殿へとデスルーラしたとかなら人魂も残ってない理由にはなるかな。


「​──お前は当たりっぽいな」


 すぐ後ろから薄気味悪い声が聞こえたと同時に即座に横へと跳躍する。


「ぶふっ?!」


 何故か跳躍した先から伸びた奴の拳……細剣のナックルガードに守られたそれに顔面を強打され、そのまま海にまで吹き飛ばされる。

 私のあの攻撃で生きていた事もそうだけど、突然背後を取ったり、そこからさらに転移の如く移動して攻撃してくるなんてチートよ、チート。


「お、女の子の顔を殴るなんて……」


「? ……違いが分からない」


「お"?"」


 はっはーん? コイツさては喧嘩売ってんな?

 赤く腫れた鼻から血を流してるなんて違いありまくりやろがい? お?

 それともあれか? 普段の私は鼻血を垂れ流してる時とそこまで変わらんと? 別にそこまで可愛くないって言いたいのか? えぇ?


「どっからどう見ても違うやろがい! 普段の顔と、鼻血を垂れ流してる時が一緒な訳ないやろ!」


「一緒一緒」


「なんだァ? てめェ……」


 今なら怒りで大気圏を突き抜けられる気がする……コイツは可愛く見られたくて努力してる女の子の気持ちを何だと思ってるのよ。

 こんな妙な奴に訳も分からないままにPKされてたまるかっての!


「《炎弾​》​​──×五十!」


 もう出し惜しみはなしでいく……普段から発動待機させておいた《炎弾》を五十個ほど発動し、そのまま《慈母焦土》によって操作する。

 『詠唱待機』は強力な魔術になればなるほどコストが掛かって待機させられる魔術の数が減るけど、《炎弾》みたいに下級の魔術なら必要コストが少ないから大量に待機させられるのよね。

 そして炎熱系統に限っていえば下級魔術でも対人なら一発か二発、タンク職でも五発直撃させれば溶かす事ができる火力が私にはある。


「​──《パリィ》」


「うっそでしょ?!」


 私が操作する事で複雑な起動を描きながら殺到する炎弾を《パリィ》で無効化してる……普通に難しいのに、ただでさえ私の手で不規則な動きをしてるのに……コイツ人間じゃねぇ。

 急遽炎鞭を発動し、錫杖から伸びる炎の舌で舐め上げる様に奴の動きの邪魔をしてやる​──が、これも弾かれる。


「くっ、意味わかんない……《爆豪》!」


 五十の炎弾と炎の鞭による猛攻を全て捌き切り、目前にまで迫った敵に対して再度の爆破攻撃を仕掛ける。


「いや、私もここまで時間が掛かっているのは初めてですよユウさん」


「っ! だから私はユウじゃないっての!」


 まただ、またいつの間にか背後を取られてる……もしかして短距離転移か何か? でも『空間魔術』なんて聞いた事もない。

 ……けど、相手がどんなスキルや魔術を使っているのかは分からないけれど、背後を取られるのなら仕方がないわね。


「《プロミネンス・バーニア》!」


「……驚いた、あと熱い」


 自身の背中側から勢いよく炎を噴射し続ける……MP消費は馬鹿にならないけど、神出鬼没な相手に対して死角を守るという意味では役に立つ。

 なんなら操って簡易的な盾にする事もできるしね。


「でも距離は近付いた」


「くっ……このっ!」


 顔面に迫る細剣の刺突を顔を逸らして避け、頬の薄皮を切り裂く痛みを堪えながら錫杖を高く上げる事でそのまま私の肩へと振り下ろされた一撃をせき止める。

 普通狙いが外れたからって、刺突から斬り下げへと移行するかな……判断が早いよ。


「ぐっ、このぉ……!」


「往生際が悪い」


 刀身が半ばまでめり込んだ肩が熱い……錫杖と骨によってギリギリ抑え込んではいるけど、筋力は向こうの方が圧倒的に上だし、今も徐々に私の左肩を切断せんと少しずつ下がって来てる。

 新しく魔術を使おうにも、その度にタイミングく《乱魔》という《パリィ》の魔術特化型の派生スキルを使用されて邪魔される始末。


「だいたい何でユウを狙うのよ」


「名声」


「簡潔な答えをどうもありがとうございましたッ!! あと私はユウじゃないけどねッ!!」


「お前は今まで戦った中で一番強い。つまりユウである可能性が高い」


「どっからどう見ても違うでしょ?! そもそも性別からして違うよ?!」


「違いが分からない」


「キレそう」


 本当にこのポンコツはっ……そもそもユウユウって、私だってユウと遊びたいのに!


「ふん、じゃあこれでも喰らいなさい」


「むっ?」


 保険として発動待機させておいた​​──正確には微妙に余ったコストを埋める為に待機させておいた​──簡易的な回復魔術で肩口の傷を無理やり塞ぎ、奴の細剣を抜けなくしてやってからそのまま《乱魔》でも妨害されない様に錫杖を使用・・する。

 武器ごと捕らえられて動けないこの状況で、至近距離から武器スキルでも喰らって神殿でお祈りしてなさい!


「​──《炎天の羽衣》!」


 私を、私の持つ錫杖を中心として薄紅色の炎が円状に爆発的に拡散していく……周囲のあるもの全てを焼き焦がし、逆に錫杖の持ち主である私を優しく包み込んで癒していく。

 仮にこれで仕留めきれなくても、再度距離を取れれば仕切り直しが出来る。

 また背後に現れたとしても、まだ発動した《プロミネンス・バーニア》は生きてる……大丈夫、なはず。


「さぁ、次はいったい何処から​​──きゃっ?!」


「​──下だ」


 両足首を突然掴まれ、驚く暇もなく思いっ切り海面から浜辺へと続く岩礁へと叩き付けられる。


「がはっ?!」


 あ、ヤバい、背骨か肋骨が折れたかも……早く回復しなきゃ。


「《乱魔》」


「……いじわる」


 血を咳き込みながらすぐ近くまで迫る敵を睨み付ける。

 発動待機させておいた魔術も使い切ったし、私の身を守る《プロミネンス・バーニア》も燃え尽きてしまった。


「ぐっ……」


「一応手足を切り落としてから殺した方が良いのかな」


 前髪を掴まれ、無理やり顔を上げさせられる事に顔を顰めながら目前にまで迫る悪趣味なペストマスクから目を逸らす。

 何か物騒な事を言ってるけれど、それをされる前にこの状況から脱しなければならない……でもその為の手段がないのが悔しい。

 ゲームで肉体に影響はないとはいえ痛いものは痛いし、こんな意味わからない奴に負けるのもゲーマーとして嫌だった。


「まぁここまで追い詰めたなら普通に殺すだけで​──ガっ?!」


「​……勝利を確信して油断しちゃった?」


 ラッシュガードの袖に仕込んでおいた短剣で奴のペストマスクを突き刺してやった……中身に届いたどうかは分からないけれど、一矢報いる事は出来たかな。

 一部が欠けたマスクから覗く暗い赤色の瞳がドンドン吊り上がっていくのが分かる。


「あぐっ……」


「すぐに殺してやる」


 前髪を掴まれたまま背後にあった岩礁へと思いっ切り叩き付けられ、そのまま顔を押し付けられる。

 ハッキリ言って凄く痛いし、キツい……何だか最近遊んでくれないユウのせいで変なトバッチリを受けちゃったな。

 『神殿に戻ったら万全の準備をしてお礼参りをしてやろう』なんて物騒な事を考えながら、せめて最後は目を逸らしてやるもんかと振りかぶられる細剣を横目に見て……でもやっぱり恐怖に負けて目を瞑る​──






「​──待てよ、君の目当ては僕だろ」


 ​──久しぶりに聞いた聞き慣れた声に鼓動が高鳴る音がした。


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