第241話仮想的二重人格
「けほっ、けほっ……はぁはぁ、なんなのよ全く……」
三人の中で一番初めに穴へと潜った特権を活かして宝箱とか無いか目を凝らして探索していたのに、十秒ほどした頃にいきなり強い海流が発生するのなんなの?
そのまま勢い良く押し流されて全然知らない場所に来ちゃったし、息は苦しいしでもう最悪よ。
「げっ、マップが途切れてるじゃない」
最初に居たであろう祭祀場と今私が居るこの場所がマップ上で道が繋がらない……ということはつまり分断されたって事かしら?
……あの糞ジジィ、見かけの雰囲気に依らず中々姑息な手を使うじゃない。
「……せっかく、あの人を近くで見れると思ったのに……私はいつも──アンタは引っ込んでなさい」
あぁヤダヤダ、一人になるといつもこう……ふとした拍子に
まぁ普段は下僕を侍らせてるし、それ自体は別にそこまで苦でもないから良いんだけれど。
それでもアンタの為に
「どうせ同じダンジョンよ、また合流してやればいいわ」
頬に張り付いた髪を払い除けながら立ち上がり、周囲を見渡してみる。
けれど先に続く一本道以外は特にこれといって何も無さそうね。
「私だけハズレの道に飛ばされたとかだったら運営に長文のお気持ち表明を送ってやるわ」
とりあえずここからは罠やモンスターの類も出てくるだろうと、愛用の武器である大鎌を実体化させて肩に担ぐ。
水着姿で大鎌を背負った女性だなんてアンバランスな見た目も良いところだけれど、現状ではこれが現環境での最適解かつ最も見た目にも気を配った装備である事に変わりはない。
「はぁ? なに? マリアが心配? ……あのロリガキなら別に放っておいたっていいわよ」
本当に情けない女ね……正義くんと小鞠ちゃんが同じゲームを始めてはしゃいじゃったのは良いけれど、それで私の居場所を半端に奪って失敗して、それで変に懐いちゃって……馬鹿じゃないの?
私ならもっとスマートに仲を取り持つ事も、逆に二人を遠ざける事も出来たって言うのに慣れない事をするから痛い目を見るのよ。
それで自分を叱って慰めてくれたからって、自分よりも小さな女の子に懐くとか本当にバッカみたい。
「この世界にしかない私の居場所を半端に奪うらあぁなったのよ……は? もしそれでも失敗したら?」
本当になんなのこの女は……いつも後ろ向きで悲観的、現実を見ている様でいつも目を逸らしてばかりの癖に心配ばかりしていて、どうしようどうしようと不安にはなるけれど自主的な行動はほぼ出来ない。
たまに勇気を出して行動するかと思えば緊張か強烈な不安からかは知らないけれどアガっちゃって、半ばパニクった状態で倫理的な思考も出来ずに突撃して大失敗をする。
そんなアホな事はアンタだけだから余計な心配はしなくて大丈夫だって言うのに。
「私は理想のアンタよ? 失敗なんかする訳ないじゃない」
アンタが成りたくても成れない理想が私よ? 失敗なんてすると思う?
「まぁ? 前みたいにまたアンタが半端に出しゃばらなければだけど?」
……半泣きで謝るくらいなら最初から突っかかって来ないでよね。
泣くくらいならこの仮想空間でしか存在できず、アンタと違って現実世界の肉体には干渉できない非対称な存在である私に少しは配慮して欲しいわ。
仮想空間の中でだけ存在するもう一つの人格だなんて、肉体、加齢、排泄のないAIとさほど変わらないんだから。
「とにかくアンタは余計な心配はせずに黙って見てなさい──私はアンタが理想とする最高にいい女なんだから」
……なに恥ずかしがって赤面してんのよ、カッコつけた私が馬鹿みたいじゃない。
「は? 自分には無理だから? ……舐めた事を言ってんじゃないわよ、アンタは私だけあって綺麗なんだからもっとドーンと大きな胸を張ってれば良いのよ」
アンタが自分を卑下するって事は私を馬鹿にするって事と同じだからね? ……は? そんなつもりは無いなんて言い訳が通用する訳ないでしょ。
さっきも言ったけれど私はアンタの理想とする最高にいい女なのよ? その私が言ってるのよ?
「アンタが馬鹿にされるのは性格以前にその辛気臭い見た目よ、人は見た目が全てよ」
無駄に伸ばした前髪なんか切るか髪留めで上げなさい。
怖いとか言ってないで無駄に縁のでかい眼鏡は外してコンタクトに……あ、 カラコンでも良いわよ?
そして真っ直ぐ背筋を伸ばすのよ、前を見るの。
そうすればおのずと同年代に比べて大きめな胸が少しは目立つ様になるわ。
いつの時代も男なんて単純なんだから、それで男子の七割は──いや綺麗な顔の補正も乗って九割は固いわね。
九割の男子がアンタの味方か、身体目当てに近寄ってくるわ。
そうしたらもうこっちのものよ、今まで馬鹿にしてきた事を後悔させるくらいに見下してやるの。
見下して見下して、そしてアンタの気を引きたい男を手玉にとっては搾取してやるのよ。
「は? 可哀想? ……今さら良い子ちゃんぶってんじゃないわよ、アンタの理想が私って時点で取り繕ったって仕方ないでしょ?」
そもそも自分が一番可哀想だと思ってるのは自分自身でしょ? 違う? ……そうよね、違わないわよね。
常に違う男を連れて込んでは娘の前だろうが致す母親を持った私って可哀想。
何度か母親の間男に襲われそうになった私って可哀想。
帰っ来ても菓子パンしか食べる物がない私って可哀想。
小六の時に担任にセクハラされた私って可哀想。
その時の慰謝料を全て母親のホスト通いに使われた私って可哀想。
女子にいびられ、男子に馬鹿にされる私って可哀想。
「そう思うだけの愚図がいっちょまえに救われた恩返しがしたいって言うから協力してあげてるのよ? 本人も少しは努力をしなさいな」
いつもクラスの、いいや学年の中心だった正義くんと小鞠ちゃんが助けてくれて、友人になってくれたお陰で表面上のイジメは止んだし、華族のお友達が来るかもって事で母親も久しぶりに料理を作ってくれる様になったんでしょ?
正義くんと小鞠ちゃんの実家のお金が目当ての打算ありきとは言え、母親が男を連れ込んで来なくなったお陰で安心して家のお風呂やトイレに行けて、夜眠れるようになったんでしょ?
そんでもって、まるで独立した個人であるかの様に、自分を一人の人間として尊重してくれる他人と会話する楽しさを覚えちゃったんでしょ?
「その恩返しがしたいんでしょ?」
だったらアンタも少しで良いから一歩先へ踏み出してみなさいよ。
急に最高にいい女である私の様に成れなんて無理難題は言わないから。
「そうね……先ずは辛気臭いお下げを辞めてポニーテールにしてみるとか、ヘアピンで少し前髪を上げてみるとかだけで良いわよ」
先ず自分の視界を広くする事から始めてみなさい?
きっと今まで見えなかった何かが見えて来ると思うわよ?
「そうね──お手本は私が魅せてあげるから」
長い道のりを進んだ先、地下街の入り口前で静かに拳を構える男女に妖艶な笑み浮かべ、大鎌を構えながら
アンタは特等席で私がセンターの舞台劇をよく見てなさい、と。
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