第240話聖騎士隊長


「死ね! お前は絶対に殺す!」


 憎らしい程に涼しい顔をした少女に斬り掛かる。

 この歳下の女にエリックも、ガストンも、ユージオも、オスカルも……皆殺されてしまった。

 第十七聖騎士隊の隊長として、またこの世界の秩序を守護する聖都に籍を置く者としてもこの女はここで殺す。

 それが今は亡き部下達に贈る手向けになると信じて。


「『孤軍奮闘』……!!」


 いやらしく私を絡めとろうとする糸を切り捨て、上空から降って来る鎧を躱しながら駆け抜ける。

 緊急時のスキルを発動し、死んだ部下達の分だけステータスが上乗せ強化された勢いそのままに女と打ち合う。


「この世界に混沌を振り撒く邪悪が……ッ!! 世のために今ここで死ね……ッ!!」


「死んだのは貴女の部下達だったみたいですが」


「貴様ッ!!」


 いちいち人の神経を逆撫でする様な言動をとるその有り様に腸が煮えくり返る様な思いだ。

 それに『バーレンス辺境領』に派遣されていたクロノス司教が殺害されたと聞いてから中央神殿は目を付けていたようだが……それでは温すぎたのだと確信する。

 ステータスが大幅に強化された私と、苦もなく打ち合えている時点で異常だ。

 どうやら魔統っているらしいと行っても、自分の腕力と従魔の膂力が単純に足し合わされる訳ではないというのに。

 実際にこの目で見てきた大陸西部の混乱具合も酷いものだった……この様な危険過ぎる女は、絶対にここで殺さなければならない。


「お前らが……お前らが混沌を振り撒くから今も泣いている人々が居るのだ!」


「……はぁ、そうですか」


「このっ……」


 気のない返事と共に銛を振るわれる……気を付けねば穂先の三股で剣を絡め取られてしまうから厄介なことこの上ない。


「私からも聞きたい事があるんですが、なぜ聖騎士隊とやらがこんな場所に居るんですか?」


「知れたこと! 助けを呼ぶ声があり、そこに混沌の使者が居るのであれば我らは動く!」


 風の刃を魔術で生み出した火球でかき消し、突き出された銛を下からかち上げる事で弾く​──すぐ目の前まで飛来していた長針を『姿勢制御』スキルを無理やりに稼働させ、天井を見る様に背を逸らす事で避ける。

 本当に手癖の悪い女だ……少しでも隙があると嬉々として何かを投擲してくる。

 そしてガストンが一度の攻撃で静かに絶命したところを見るに、強力な毒が塗られていると見ていい。


「……あ、もしかしてですけど、『元メッフィー商業立国』のファストリア家に依頼されて来た方ですか」


「……っ」


「なるほど、当たりですか……依頼されて来たのは良いものの、既にファストリア家は没落していて困っていたところをロン老師に雇われたといったところですか」


 『貿易や関税で依頼料くらいは稼いでそうですものね』などとほざく女に歯噛みする……鬼神の如き強さに加えて頭もよく回るようだ。

 しかし今さらそれが分かったからといってどうすると言うのだ。

 ファストリア家からの依頼もこの女を討伐する事だったのだから何も変わらん。


「それがどうした、お前を殺す事に何も変わりはない!」


「そうですか​──《写し影絵》」


 再度駆け出し、奴の首に向かって剣を振り下ろそうとした瞬間​──今まで私が斬り払ってきた数多の糸がその数をさらに増やして殺到する。

 地面や天井から伸びる白と黒の糸それぞれが鋼の如き強度を持つというに、それらが束ねられて私の四肢や胴体を拘束してしまう。


「ここまで、か……」


 わざと銛を弾かせ、その後の長針の投擲攻撃によって私をこの場に留まらせたのは丁度いい位置に来てしまったからか。

 そもそも連携するべき仲間達が尽く殺られてしまった時点で、多少の強化をしたところで私に勝てる道理はなかった訳だ。

 せめて、せめて一矢報いてやりたかった……しかしそれさえ出来そうもない。


「すまん、みんな……せめて、不甲斐ない指揮官の下で戦った不幸を呪ってくれるな」


 私の実力不足によって死なせてしまった部下達には申し訳ない……恨みつらみは秩序神の御本で聞くから、自分の最期だけは呪ってくれるな。

 安らかに、最後まで立派に戦って死んだ矜恃を胸に抱いて逝け。


「……さて、と」


 私を拘束した女が近付いてくる……全身をここまで絡め取られてしまっては抜け出す事も出来そうにない。

 肌を晒す水着という戦いには向かない装いの少女に、我ら聖騎士隊がここまでしてやられるとはな。


「くっ、殺せ……!」


「……?」


 せめてもの意地として最期まで抗ってみせる。

 自分から何も情報を与えないし、奴ら混沌勢力が喜ぶような惨めな泣き顔で最期を迎えてなるものかと精一杯に叫んでから目を閉じる。


「どうした? さっさと殺せ!」


「……」


 私の遠吠えに対して沈黙を貫く女を疑問に思い、目を開け​──


「​──なぜ、敗者である貴女が私に指図をしているんですか?」


「​──」


 まるで、心底理解できないと……不思議な物を見る目で首を傾げる女に怖気が走る。

 酷く純粋で無垢な面持ちで、幼子が母親に分からない事を尋ねるかの様な声色で女は言う。


「そう、か……敗者は死に方すら選べないと、そう言うんだな?」


「? 場合によっては選べるのではないですか?」


「……お前は何を言っている?」


 ダメだ、話が通じない……この女の考えている事が全く分からない。

 ただの凡百の混沌勢力の一人だと、今まで相手にしてきた者達と同じだと思ったのが間違いだったのだろうか。


「私は別に死に方の話はしてませんが?」


「……」


「なぜ命のやり取りの末に降伏した者がさらなる主張をするのかが分からないだけで……まぁ、ご自身の死に方が気になるのでしたら答えてあげましょう」


 そう言って女は部下達の死体を糸で引っ張り、引き摺って来る。


「​──『死霊魔術・再起』」


 この女、死霊魔術まで……いったい何処まで混沌に堕ちれば気が済むのだ。


「死体を弄ぶなど……私も部下達と同じ末路を辿らせると言うのか?」


「? ……いいえ? 目の前でしたので勘違いされてしまいましたか」


「……待て、私はいったいどうなる?」


 なんだ? いったい私はこれからどうなる?

 何でもない様な顔で死体を弄ぶこの女に私は何をされてしまうのだ?


「どうしました? 顔色が悪いですよ?」


「ふ、普通に死なせてくれないか……せめて部下達と同じ様に戦いの中で……」


「戦いの決着ならもう着いてますよ? ……太郎さん、コチラですよ」


 女が手のひらから出した悍ましい蟲に冷や汗が止まらない。


「ここって、凄く神聖な場所なんですよね?」


「……」


「そんな場所で一人の聖騎士が元部下達の死体を食べながら食べられ、犯される……そんな風に場を冒涜したらどうなるか気になりませんか?」


「ま、待て……」


 立ち上がった四体のアンデッド達……元聖騎士で私の部下だった者達がユラユラと近付いてくる。


「そんな極限状態に陥った女性の脳みそって、太郎さんの上質な餌になったりしないかな、とか……神聖な場所を穢せばロン老師の力が落ちないかな、とか……気になりませんか?」


「い、嫌だっ! やめてくれ​──あがっ?!」


 拒絶の言葉を吐いている途中でエリックが私の口に手を突っ込み、またガストンが私の頭と顎を掴んで無理やり咀嚼させる。


「あぐぅぅぅぅ??!!」


 それを拒もうとしてもユージオが肩にかぶりつく痛みと、オスカルが後ろから私を貫く痛みでそれどころではない。

 そもそも糸に拘束された私にろくな抵抗など最初から出来るはずもない。


「自身の寝床で乙女の散華と苦痛に塗れた絶叫を糧に悍ましい蟲を育てられる気分はどうですか? ……って、聞いてるんですかね?」


『キュー?』


「あぁ、太郎さんはそのまま耳から入ってしまっても良いですよ」


 痛みと悲しみと、それを上回る恐怖でどうにかなりそうな頭に異物が入り込んで来る感覚を最後に​──ただ私は絶叫するだけの肉塊に成り下がった。




「太陽神とかと違って、海神って善と悪の二面生を持っている事が多いのですが……はてさて?」


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