第229話一条直志の生活その3


「もう顔を合わせたか?」


 時刻が昼の十二時を回ったところで仕事の手を止め、同じ空間に居る男の一人に話し掛ける。

 私の動きに合わせて音もなく山本が隣の席から立ち上がり、茶の準備に部屋を去って行くのを横目に見てから真面目な顔をした男に向き直る。


「えぇ、これから兄妹になる方々ですからね。もちろん全員・・と顔を合わせましたとも」


「そうか」


 一条直嗣……我が家の分家である一条子爵家から家督を継がせる為に養子にとったこの男……出来損ない・・・・・の娘と違ってちゃんと常識や共感能力等を弁えた男だ。

 そんな男がわざわざ全員と顔を合わせたと言うのだ……本当に全員と顔を合わせたのだろう。

 部下からは双子と妻以外と会った等という報告は来ていないが、何かしらの接触を持ったのだろう。


「いやー、小鞠ちゃんは良い子で可愛いですし、正義くんは真面目すぎるところがありますけど、小鞠ちゃんのフォローをしたりと優しい子ですね」


「能力は一般の範疇に留まるがな」


 あの子達は可愛い子ではあるが、如何せん能力が普通の域を出ない。

 母親に似て共感能力が高く、人情に篤いところは美点だが……暫しその感情に能力が追い付いていない場面が見受けられる。

 梅宮華子という友人を助ける時も大分遠回りをしたらしいという報告書も届いている。

 愚かで間抜けな可愛い娘、息子たちだ。


「麻里奈様もお美しく、僕の事を気にかけて下さる優しい方ですよ」


「それだけしか取り柄のない女だ」


 アイツがどうアピールしようが玲子を超える事は未来永劫有り得ない。

 アイツは私の心の傷を埋めているつもりらしいが、私の心は既に玲子が占めている。

 アイツがしている事はただ傷跡を撫で摩っているだけに過ぎん。


「でも​──くくっ……いや、失敬」


 語っている途中で何を思い出したのか、急に忍び笑いを漏らす奴に視線だけくれて先を促す。


「いやぁ、玲奈ちゃんは良いですね。彼女は最高だ」


「……」


 私の眉間にハッキリと皺が生じるのが自覚できる。


「普通とは違うからこそ、彼女にしか出来ない行動や発想の数々が本当に面白くて飽きない」


 本当に何時、何処で、あの娘と接触したのかは知らないが……良くもまぁ、あのヒトモドキをそこまで持ち上げられるものだ。

 あれはヒトに成れなかった出来損ない……私と玲子の負の遺産だ。


「そしてなによりも​美しく、」


「​──あれを外に出す気はない」


 意識的に声のトーンを低くし、眉間の皺を深くする事で意図的に不快感を感じている事を演出する。

 勝手に盛り上がってヒートアップしていた奴に冷水を浴びせかける様に言葉を遮る。


「……私は外に出しませんよ?」


「ではこう言い直そう​──あれを誰かに託す気はない」


 一条公爵としての地位を磐石にする為に私の娘を望むのなら小鞠をくれてやろう……あの子なら、人々に愛されるあの子なら公爵夫人として何の問題もなく社交界を渡り歩けるだろう。

 小鞠が公爵夫人になれば正義も力になってくれるであろうし、暗い交渉はお前が担当すれば良い。

 あの子達を味方に付けた時点で家内は一つに纏まるだろう……そう、例え使用人達と距離のある娘が一人だけ蚊帳の外に置かれていたとしてもな。


玲子さんの為だから・・・・・・・・・、ですか?」


「……」


「私はこの法案・・・・、反対ですけどね」


 机の上の整理された書類の束から一冊の小冊子を抜き出し、それを空中でヒラヒラと扇いで遊ばせながら奴はそんな事を言う。

 直嗣を咎める様な視線で睨む山本を手で制止しながら、彼の容れたお茶で口を湿らせる。


「ほう? ちょうどいい、貴様の見解を聞こうか」


「そうですね、ハッキリと言って感情論に振れすぎですよ……貴方らしくない」


「続けろ」


 奴が手にした小冊子には『人工知能救済法案(仮) 』とのタイトルが銘打たれている……内容は小難しい理屈を捏ねくり回してはいるが、要はAIにも人権を与えようという、鼻で笑ってしまう様な内容だ。

 愚かな民衆は簡単に同調するであろうそれは、マトモな頭を持つ個人ならば同意する事は出来ないであろう、明確な危険性を孕んでいる。


「昨今のVRゲーム等にも使われてる脳波を読み取る技術によって、人間は不老不死になれるであろう……数十年前に流行った言説です」


「……」


「ですが、今はそうではない……何故だか分からない貴方ではないでしょう?」


 脳波を読み取り、または擬似的な電気信号を送る事で仮想の味覚や痛覚まで再現してしまえる技術が開発されてしまった当初、様々な問題が解消する共に、新たな問題も生まれた。

 予め個人の脳波や思考、記憶データのバックアップを録っておく事で事故か何かによって脳死したしたとしても、復帰が容易になったという利点。

 そして​──肉体が死んでも電脳存在として半永久的に生きられるのではないか、という欠点。


「もしも電脳空間に漂うだけのバックアップデータをヒトと認めてしまったらどうなります? 際限なく増える人口により社会保障は崩壊するでしょうし、社会の新陳代謝は機能不全を起こします」


「それ以前に遺族年金が大変だな」


 バックアップデータと高度なAI……違いはなんだ? という話になってしまう。

 そうなってしまったら戦争に従事したAI達に対する補償や、非人道的な作戦行動を取らせた戦争犯罪も償わければいけなくなる。

 仮にも先進国で大国である日本が率先してその様な行動を取ってしまえばどうなるか?

 国際的な影響力は計り知れず、健気にもロビー活動を続けていた団体はここぞとばかりに攻勢を国際政治の場でし掛けて来るだろう。

 そして日本は表面上は称えられながらも、裏では『面倒臭い問題に手を突っ込んだ』として他の大国から突き上げられるだろう。


「人民、統治、領土が国家を構成する上で欠かせない要素である様に、肉体、加齢、排泄が人を、ひいては人権を構成する上で欠かせない要素であると定義付けされたはずです」


「でないとキリがないからな」


 不慮の事故に遭い、幼い子どもを残して死んでしまった両親はAIとして・・・・・傍で見守る事ができる。

 だが子どもが成人した場合は消去される……もう既に死んだ人間だからだ。

 AIに人権がないからこれも殺人にはならない……が、なぜこんな事をするのか?

 これは偏にキリがないからに他ならない……いくら技術力が向上し、人類が保存しておけるデータ容量が増えたといってもそのリソースには限りがある。

 死んだ人間を全員バックアップとして残し、さらに人権まで付与してしまえばどうなるのか……早い話が容量が不足したインターネットの処理落ちよる大虐殺だ。

 未来に起こるであろう大災害を防ぐ為に線引きをしている。


「そこまで分かっていながらこの法案を……本気なんですね?」


「さてな」


 目を細め、コチラ見定めるかの様な視線を軽く受け流しながら適当に答える。


「僕は​合理的な判断・・・・・・からこの法案には反対します……良いですね?」


「構わんとも……むしろ下手なおべっかで賛成したなら潰していたところだ」


 一条公爵家を継ぐ者として、例え上位者だろうが他人にへりくだる様な奴は要らん。

 相手への敬意と服従は違うものであるべきだ。

 そして私は私の合理的な判断・・・・・・でこの法案を推し進める。


「はぁ、子どもを産めてもAIはAIなんですけどねぇ……」


「産まれた子どもに人権が与えられたのだから、親にも与えられて然るべきだろう?」


 これ・・だけは誰にも譲るつもりはない​──相手が玲奈ヒトモドキであっても。


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