第228話一条玲奈の日常その11
「──この為、今では日本を初めとした先進国ではこの国防シェルターと閉鎖型の都市建設が行われました」
二十一世紀に急速に激化した超遠距離ミサイル攻撃とミサイル迎撃システムのイタチごっこは第三次世界大戦に入ってからその様相を一気に変えました。
その原因として、AIの急速な発展が関わっています。
「では山中さん、この国防シェルターと閉鎖型都市を使った安全保障システムをなんと言いますか?」
「lizard city……LCシステムと言います」
「正解です」
Lizard CITY……トカゲの都市と言われるこの新しい形の安全保障システムは合理的でありながら、非人道的と言われているようです。
第三次世界大戦の中期に開発され、ほぼ人と変わらぬ思考を持つAIが登場した事によって攻撃側が圧倒的に有利になりました。
それと言うのも『人と同じ思考が出来るなら、AIに操縦させれば良いのでは』という単純な思い付きからですね。
「人に爆弾を持たせて特攻させるのは非人道的であり、それ以前に非効率的なのは皆さんお分かりでしょう……しかしAIが自ら核ミサイルを操縦すれば両問題が一気に解決するのです」
これによって元々低かったミサイル迎撃成功率が一気に下がってしまい、戦争は超遠距離からのノーガードの殴り合いへと推移していきました。
勿論、敵国のミサイル基地の奪取や要人の誘拐などは有効である為に、陸上兵力が必要なくなった訳ではありませんが。
ただこの変化で一番重要度が上がったのは海上兵力でしょう……地上になく、相手に捕捉されずらい移動するミサイル基地として機能しました。
空母等はもはや艦載機ではなく、大量のミサイルを搭載するのがデフォルトです……パイロットも人ではなくAIです。
「迎撃や防御が出来ないならどうするか……織田さん」
「……だ、ダメージコントロール?」
「その通りです」
人と違って設定さえすれば習熟訓練も要らず、それまでの膨大なビッグデータから最適な操縦技術によって特攻してくる悪魔の様な攻撃から身を守るのではなく、自らが指定する場所に攻撃させるという手法が採られ始めました。
それは人と同じ思考をしても、人とは違う方法で世界を捉えているAIに対して有効に働きました。
首都圏を丸ごと特殊なシェルターで囲い、その首都圏全体から大量の妨害電波を発する事でAIの攻撃目標を無理やり切り替えるのです。
人と同じ思考はしていても、人とは違う世界の捉え方をしているAIは攻撃目標を座標か人の多さによって識別しています。
なのでその妨害電波によって人の反応をできる限り隠し、誤った座標等を送り続ける事でAIを誤認させるのです。
……そして逆に首都圏ではない、地方都市から目立つ様に人の情報と座標を送り続ける事で最優先攻撃目標を見失ったAIに優先目標を攻撃させるのです。
「このトカゲのしっぽの様にダメージコントロールをする様からこの方法をLizard CITY──トカゲの都市と言います」
AIそれぞれに個性を持たせれば、それぞれが違和感を感じてちゃんと攻撃できたりするんでしょうが、そうするとAIによって
ゲームのNPCを見る限り、勝手な判断をしたり都市を攻撃する事に対して反対するAIも居たのでしょう。
命令違反もしない冷酷な性格の完璧な軍事用AIを作れば良いとは思いますが、狙った性格のAIなんてそうそう作れません。
そもそも未だに何故AIに感情や個性を付与できるのか不明ですから仕方ありませんね。
零和元年に今の元となったAIを開発した研究者の手記は難解な数式等が多く、未だに解明されていませんし。
「この為、有事の際にはトカゲのしっぽとして犠牲にならざるを得ない都市に住む国民には税の優遇措置などが取られ、最低限の攻撃目標とされる人口を維持する政策が為されています。……何か質問がある方は?」
「はい」
「田中さん」
「妨害電波? というもので何もない山や森を都市と誤認させる事は出来ないのですか?」
「いい質問ですね、答えは──時間の様ですね、残念ですが今日はここまでです。次の時間に田中さんの質問について詳しく答える事としましょう……日直さん、お願いします」
「はい。……起立!」
「次は人とAIのジェンダーについてです。忘れずに予習して来るように」
やっと今日も退屈な時間が終わりましたね……梅宮さんから指定された日時は確か明日の土曜日でしたかね。
ゲームで会おうとの事でしたが、いったいなんの用でしょうか? 銃の事ですかね?
「玲奈さぁ〜ん!」
「……舞さんですか、どうかしましたか?」
帰り支度をしていると唐突に舞さんに抱き着かれましたね、この方はいつも突拍子もない事をします。
……まぁ、人に抱き締められるのはそんなに嫌いではないので良いのですけどね。
「……今日の授業分かった? 難しくない?」
「個人的にAIについては人よりも詳しいんですよ」
「え、そうなの……」
どうやら彼女にとって先ほどの授業は難解を極めたようです。
「ゲームとかしてるとAIに直に触れる事はあるけど、さっきの授業と全然関係があるとは思えなくて……」
「そうですか」
まぁ、ゲームのNPCには個性と感情が付与されていますから仕方ないとは思います。
「次は 人とAIのジェンダーとか言われても……あれかな、NPCに推しが出来るみたいなものかな」
「推し……?」
たまに舞さんと結城さんは意味の分からない事を言い出しますので、本当に困りますね……AIとどんな関係がある語句なのでしょう?
「あ、いやでも推しとは恋愛関係になるなんて有り得ないか……」
どうやら関係は無さそうですね。
「それはそうと玲奈さん!」
「はい」
なんでしょう、改まって名前を呼ばなくても良いと思いますが。
「一緒に帰ろ?」
「……えぇ、そうですね」
今日は結城さんは居ないみたいですが、まぁたまには良いでしょう。
先ほど他のクラスメイトの男性の方と何やらコソコソと見ており、それに後ろから割り込んだ舞さんに顔を真っ赤にされながらビンタされていましたし……何か彼女が怒る様な事でもしていたのでしょう。
「玲奈さん玲奈さん」
「はい?」
私の手を軽く引きながら舞さんが再び私の名前を呼びます。
「ふふっ、呼んでみただけ〜」
「──」
その言葉と笑顔に不意をつかれ、足を止めてしまいます。
『玲奈ちゃん玲奈ちゃん』
『? なんですか母様?』
『ふふっ、呼んでみただけよ?』
『ふーん』
意味もなく、名前を呼ばれたのは何時ぶりでしょうか……この胸に広がる感覚が〝郷愁〟というものなのですかね。
「……玲奈さん? 何か気に障りました?」
「……あ、いえ……何でもありませんよ」
急に立ち止まった私を心配そうに見上げる舞さんに問題ないと伝えつつ、そのまま歩き出します。
「……舞さん舞さん」
「なんですか玲奈さん?」
「……呼んでみただけです」
「あらやだこの人可愛い!」
これが、『普通』のやり取り……なんでしょうか? ……母の真似をしてみても、私には未だに母の気持ちという物が分かりそうにありません。
「今日はタピりますよ!」
「タピ……?」
そのまま深く思考に潜り掛けた私の手を引っ張って、舞さんが外へと駆け出します……仕方がありませんし、考えるのは後にしましょう。
▼▼▼▼▼▼▼
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます