第223話メッフィー商業立国経営統合その3

「ご結婚おめでとうございます」


 私の目の前に並んで立つ『メッフィー商業立国』のアビゲイル王女と、選挙の結果晴れて大公に選ばれたサーディス商会当主のグレゴリウスさんに向けてお祝いの言葉を贈ります。

 今この場はディルクさんが襲って来た時に開かれていたパーティーの会場と同じ場所であり、そこに集う面々に大きな変化が見られるもののサーディス商会派が多数を占めているのには変わりありません。

 現在は大公選挙の結果と、アビゲイル王女とグレゴリウスさんの婚約を発表するという大変めでたい場です。


「これはこれはレイコ殿……わざわざありがとうございます。貴女様のお力添えが無ければこの結果はありえませんでした……ほら、アビーも返礼するんだ」


「……っ! ……あ、ありがとう……ござい、ます」


 アビゲイル王女の事を気安く愛称で呼び、衆人環視の中で無遠慮に彼女の身体を撫で回すグレゴリウスさんという二足歩行の豚の様な見た目の男という、あまりお似合いではない男女の組み合わせが少しばかり可笑しくて笑いが込み上げてきそうです。

 ……まぁ、私もあの男戸籍上の父親次第では歳の離れた醜い肉袋と婚姻し、交合まぐわう事もあるのでしょうけどね。


「私の本名プレイヤーネームはレーナと言いますので、これからはそうお呼び下さい」


「なるほど、了解致しました」


 意外そうな顔をするグレゴリウスさんには申し訳ないですが、別に貴方を信用した訳ではなく、貴方の様な醜い男に母の名前をこれ以上呼ばれたくないという、酷く自己中心的な思いからです。

 ……まぁ、この程度で勘違いし、冗長するようなら消しますが……ギランさんが付いているなら大丈夫でしょう。


「それで? 後ろのお二方は?」


「順番に紹介しましょう​──こちらはただのディルク・・・・・・・です」


 私が手で指し示すと共に、酷く憔悴し切った表情の男……ファストリア商会の跡継ぎであったディルク・ファストリア改め、ただのディルクが前に出ます。


「おやおや、これはディルク・ファストリアでは?」


「いいえ、違います。先日のファストリア商会による大公選挙の正当性を著しく貶める乱はご存知でしょう? その時にファストリア商会はお取り潰しになったではありませんか」


「おっと、そういえばそうでしたな……いやぁ、私もまさかあのファストリア商会がと驚きでしたよ」


「「……」」


 流石にあれだけの戦闘騒ぎですからね、どう足掻こうが隠し通せるはずもありません。

 元々この国の王はただのお飾りですし、大公選挙が終わった後に国体を揺るがす大事件を引き起こしたとして建国以来この国の中枢の一翼を担ってきたファストリア商会を潰す事は簡単でした。

 セカンディア商会とサーディス商会はコチラ側で、ファストリア商会の当主は死亡し、ディルクさんの身柄は拘束中でしたからね……残った家臣達だけでは大した工作も出来なかったでしょう。


「実はですね、私がここに来る途中で物乞いをしていた彼に出会ったのです。気まぐれで物を恵み、話を聞いてみると酷く愛国心に溢れている方でして……それに何よりも、まるで大商会から教育を受けていたかの様な聡明さも持ち合わせているではありませんか」


「ほ、ほう……」


「彼のアビゲイル王女の役に立ちたいという強い想いに心打たれた私は彼をグレゴリウスさんの小間使いとしてどうかと思いましてね」


「そ、それはそれは……お気遣い痛み入ります」


 目線に力を入れながら語り、これはお願いや打診ではなく命令なのだとグレゴリウスさん、ひいてはその背後に立っているギランさんに伝えます。

 ディルクさんの身柄をサーディス商会に置いておく事で、元ファストリア商会の家臣だった者たちという不穏な反乱分子達に対する人質とすると同時にグレゴリウスさんに対する足枷とします。

 元家臣達はディルクさんというファストリア商会の正当な血筋を持つ者がサーディス商会にいる限り迂闊に手は出せませんし、ディルクさんを担ぎ上げようとしても直ぐに分かります。

 逆にディルクさんがサーディス商会、ひいてはグレゴリウスさんの傍にいる事によって元家臣達はサーディス金融都市に集まるでしょう……つまりはグレゴリウスさんは自身の庭に内憂を抱える事になります。


「そしてコチラが​──バーレンス連合王国現国王のエレン・クラウディア・バーレンスです」


「エレン・クラウディア・バーレンスである」


 そして反対側へと手を向けて、この日の為に『始まりの街』から引っ張って来たエレンさんを紹介します。

 唐突に出てきたエレンさんとその肩書きにアビゲイル王女やグレゴリウスさん達の口が見事に引き攣り、聞き耳を立てていたパーティー会場が静まり返ったのが分かります。


「アビゲイル・メッフィー・ラングドック並びにグレゴリウス・メッフィー・サーディスよ、其方等に対し、『バーレンス連合王国外様公爵位』を授ける」


「「​──」」


 これ以上ないくらいに顔面を蒼白させ、口をパクパクさせるグレゴリウスさんとディルクさん……今にも卒倒しそうなアビゲイル王女に、彼女を後ろからそっと支えながら死んだ魚の様な目をして私を睨むギランさん達を見ながら、驚きに棒立ちしてしまっている給仕の方から取った飲み物を口に含みます。

 ここに来るまでの間に私に聞こえるか聞こえないかといったギリギリの音量で愚痴を吐いていたエレンさんですが、ちゃんと打ち合わせ通りにしてくれましたね。


「其方等には『バーレンス連合王国メッフィー州』の『セカンディア市』と『サーディス市』を含む一帯の領地を下賜する……何か異論はあるかね?」


「……も、もちろん……ござい、ません……とも」


 そう一息に言い切ったエレンさんは証書と権利書、命令書などの書類の束と一緒に短剣をグレゴリウスさんに向けて差し出します。


「正式な叙勲式は後ほど日程を詰めようではないか」


「は、はっ!」


「ブルース・セカンディアには既に『バーレンス連合王国外様子爵位』を与えている……寄り子として、また代官として上手く使うと良い」


 顔中から肉汁かと見紛うほどの脂汗を流しながら甲斐甲斐しく膝をつき、書類の束と短剣を受け取るグレゴリウスさんを見ながら、内心で上手くいったと上機嫌になります。

 言うまでもなくブルース・セカンディアは私の従魔ですので、あの美味しい工業地帯は実質的にはグレゴリウスさんではなく私の物です。

 ただ私が領主として統治すると、エレンさんと明確な上下関係が出来てしまいますし、何かあった時には顔を出さなくていけない責任が生じてしまいますので、二重に面倒事を押し付ける形になりますね。


「あ、あの……」


「なんだね?」


「その、『ファストリア市』を含む領地はいったい誰が統治するのでしょう?」


「無論、王家直轄領とする」


「そう、ですか……」


 恐る恐るといった風にアビゲイル王女がエレンさんに尋ねますが、あれだけお金の詰まった穀倉地帯を誰かに任せるなんて有り得ないでしょう。

 そして言わすとも分かるでしょうが、この場合の王家直轄領とは今は亡き・・・・『メッフィー商業立国』のラングドック王家ではなく、バーレンス王家の事を指します。

 その為、統治に邪魔な元ファストリア商会の家臣達をグレゴリウスさんに押し付けた面もありますね。

 まぁ、故地ですからいくらかの不穏分子は残るでしょうが……それくらいは仕方ない事です。


「話は以上だ。……レーナよ、向こうで大事な相談事があるのだが、良いだろうか?」


「? ……はぁ、まあ構いませんが?」


 不意打ちで相手が冷静さを取り戻し、体勢を建て直す前に流れを無理やり作って既成事実を作るという作戦が上手くいった事に上機嫌になりながらチョコレート菓子を摘んでいると、エレンさんから唐突にそんな事を言われます。

 別に構いませんが、打ち合わせに無かったエレンさんからのアクションに内心で首を傾げます。


「それで? 相談事とは?」


 わざわざ会場から出て、参加者の為に用意された休憩室で二人っきりとなったエレンさんに何の話があるのかと、小首を傾けながら問い掛けます。


「お土産として国を丸々一つ盗ってくる奴ってどう思う?」


「その方の頭はおかしいのでは? 国なんて持ち運べませんよ」


「……じゃあ、俺がお土産としてお前に貰った物は?」


「地続きの領土でありながら大陸北部に対する橋頭堡となる拠点と、これからの戦費や国庫を潤す大金の詰まった『メッフィー商業立国欲張りセット』ですね」


「クソかよ」


 エレンさんはどうしたと言うのでしょう?

 私としてはこれ以上ないくらいに今のエレンさんが求めているであろうお土産を選んであげたつもりでしたが……もしかして不満だったのでしょうか?


「いったい何が不満​──あぁ、もしかしてアビゲイル王女も付けた方がよろしかったですか?」


「は?」


「事後処理などが今以上に大変になりますからオススメはしませんが……エレンさんが女も欲しいとい言うのであれば付けて置くべきでしたかね」


「は?」


「そうですよね、エレンさんも男性の方ですから美女も欲しいですよね……失念しておりました」


 顎に指を添えながら『うーん』と悩みます……これほど綺麗に纏まった現状を崩すのはあまりやりたくはありませんが、母も『プレゼントやサプライズというものは、貰った当人が喜んでこそ』と言っていましたからね。

 相手の事を考えないそれはただの自己満足の押し付けらしいですから、今からでもグレゴリウスさんとの婚約を破棄させるべきですかね。


「はぁ……おい、レーナ」


「……なんです?」


 これからどうしようかと考え事をしていると、ため息を吐きながらエレンさんが私の傍まで歩み寄って来ます。

 肌と肌が触れ合う様な近距離まで近付くとは思いませんでしたし、この様な近い距離だと必然的にエレンさんを見上げる形に​──


「​──美しい女なら目の前に居るが?」


 そっと、私の顎を指で持ち上げながらしっかりと目線を合わせながらエレンさんはよく分からない事を言います。


「……エレンさん?」


 訝しげに彼の名前を呼びますが、ただ黙ってじっと私の目を見詰めるのみですね。


「……」


「……」


「…………」


「…………」


「……………………」


「……………………」


 ……どうしましょう、彼の考えている事がさっぱり分かりません。

 昔から人の気持ちが分からない私は、相手の語る言葉からその思惑や考えている事などを経験則から推測するしかマトモなコミュニケーションを取る手段が無いというのに、こうも黙っていられては困ってしまいます。


「……あぁ、もう!」


「……エレンさん?」


 かと思えば突然に憤慨して叫び出しましたね……相変わらず普通の人の思考は読めません。


「はぁ……お前は野生動物かよ、目を逸らしたら負けるのか? あ?」


「……何を怒ってるんです?」


「なんでバカ正直に何時までも見つめ返しんだよ?! 少しは恥じらって逸らせよ!」


「……はぁ?」


 人と話す時は相手の目を見て話すものと教わりましたが……何か特殊な事例や例外があったのでしょうか?

 そしてその特殊な事例や例外が今に当たってしまっていて、うっかり目を逸らさなかったからエレンさんは憤慨しているのでしょうか?

 ……目線の一つを取っても難しいですね。


「外側は色気で満載なのに、中身は全く無いな……まるで子どもだわ」


「……私はもう十六歳ですが?」


 さすがに子ども扱いは許容できませんね、いったい私の行動の何がそこまで言わせるほど幼稚だったのでしょう?


「はぁ……お前は良くも悪くも純粋すぎるな」


「……はぁ?」


「お前にそういった感情を抱く方が罪深いとさえ思えてくる」


 何やらエレンさん一人で勝手に納得し始めたんですが、私はまだ全然理解できていないのですけれど?

 何がどうなって彼は憤慨し、どんな情報を元に納得を見出したのでしょうか?

 ……まぁ、別に私のお土産に不満がある訳では無いようなので、そこは良かったのですが。

 そのまま私から背を向けて休憩室から出て行こうとするエレンさんに疑問が尽きません……私は一連の流れがさっぱり分からないです。


「​──あ、そうそう」


「……なんです?」


 部屋の扉に手を掛けた状態で振り返るエレンさんに応じます……もしや一連の流れを説明してくれるのでしょうか?


「……そのドレス、とても似合ってると思うぞ」


「……はぁ、それはどうも?」


 今日は別に戦う予定はありませんので、深い蒼のドレスを着用していましたが……まさか今さら褒められるとは思いませんでしたね。


「……」


「……?」


「……そんだけだ、じゃあな」


「……はぁ?」


 暫くそのままじっと私を見詰めていた彼でしたが、少しすると後はもう振り返らずに部屋を出て行きましたね。


「……エレンさん、疲れているのでしょうか?」


 今度花子さんや武雄さんの鱗粉入のお茶でも容れてあげようと、心のメモ帳に書き込みます。




「……あの女に大人の駆け引きを望む方がどうかしてたな」


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