第224話ホワイトデー外伝.腐れ縁の幼なじみその2
「玲奈さ──」
「あ、待って舞!」
舞が玲奈さんに話し掛ける前に先手を取ってその腕を掴む……危ない危ない、もう少し遅れてたら普通に『一緒に帰りましょ!』とか多分言ってた。
驚きに目を白黒させながら僕の顔と掴まれた自分の腕を見比べる舞の様子にハッとして手を離す。
「あっ……と、ごめん」
「い、いいけど?」
頬を掻いて視線を逸らしつつ手を離して謝罪すれば、舞も少し声を上擦らせながら許してくれる……ダメだ気まずい。
物凄く恥ずかしいし、いたたまれない……けど、言わなきゃ……でも勇気が足りない。
……ええい、当たって砕けろ!
「今日、さ……一緒に帰らない? 寄りたい所があってさ」
「? 別に良いけど?」
なぁんだ、そんな事か……なんて事を考えているであろう事がありありと分かる舞の表情に少しだけ気分が軽くなって軽く笑みを零す。
「……っ、じ、じゃあ私は玲奈さんを呼んで来る──」
「──あ、いや! 出来れば二人っきり、で……」
「「……」」
鈍い舞に被せる様にお願いする途中で何か変な感じになってしまって尻すぼみになってしまう……違う、違うんだ……こんな感じになる筈じゃなかったのに、どうしてこう微妙な雰囲気になってしまったんだ。
普段とは違う僕の様子に舞もどうしたら良いのか、そのパッチリとした目をさ迷わせている。
「と、とりあえず二人っきりで帰れば良いのね?」
「あ、うん、そうです……」
「……分かった」
下を俯き、髪の毛を指でクルクルとしながらソワソワとする舞が何だかいつもよりも小さく感じられて……多分背中を丸めて僕に顔を見せない様に床を見詰めてるからだろうか。
身長差も相まって、向かい合うと見える彼女のつむじとうなじが、何だかいかがわしいものに思えて視線を明後日の方へと飛ばす。
「あ、えっと……その、デート……とかではないです、一応」
「……ばか、知ってるし」
「あ、はい……いたっ」
舞に膝裏を蹴られながらも鞄を背負って二人で教室から出て、学校を後にする。
▼▼▼▼▼▼▼
「うんまぁ〜い!」
普段学校では絶対しないような、だらしなく緩めた表情で頬に手を添えた舞が目の前で歓喜にうち震える。
舞の目の前にあるテーブルの上に乗っている新作ショートケーキが余程お気に召したらしく、ここまで連れて来た僕も自然と頬を緩める。
「それは良かった」
「めっちゃ美味しい!」
花が咲くような笑みとはまさに今の舞の状態を言うんだろう……一口食べる度に大袈裟にリアクションし、笑顔を浮かべながらケーキを褒める舞に店員さんや周囲の客も微笑ましいものを見る目をしている。
そして舞の着ている高校の制服を視界に収めて二度見するのは最早テンプレと化した流れだ。
多分だけど、お兄ちゃんに連れて来られた小学生の妹ぐらいに思っていたんだろう。
「にしてもどうしたの? 急にケーキを奢るなんて……はっ! まさかあんた私が怒るような事をしてしまったから、先手で謝罪を……?」
「違う違う」
まぁ確かに? 誤って舞のお気に入りのカップを落として割ってしまった時は、何も言わずにケーキを奢ってから土下座をした前科があるから仕方ないけど、そんな犯人を問い詰めるような目でジトっと見ないで欲しい。
それにあの時は舞も僕の漫画を誤って破いてしまった事を隠しておきながら、ハンバーガーを奢ってから土下座してたじゃないか。
「本当にぃ〜?」
ちょっと、フォークを唇で咥えながら上目遣いで目を細めながら見詰めてくるのはやめて欲しい……だいぶクルものがある。
「本当だよ。……ほら、今日ってホワイトデーじゃないか」
「……あ、あぁ……ホワイトデー、ね……」
身を乗り出すのをやめ、髪の毛を手で弄りながらフォークでショートケーキをグサグサを突き刺しながら舞は『へ、へぇ〜』なんておかしな声を出す。
「……べ、別にモテない陰キャオタクに恵んでやっただけだから気にしなくても良かったのに」
「聖母マリア様の慈悲にはいつも深く感謝しておりますとも」
「その聖母様っていうのやめて」
「ア、ハイ」
気恥しさを誤魔化すように右手を胸に当てながらふざけてみると、割と低いガチトーンで睨みつけられた為に素直に引き下がって謝る。
舞は自分の身体が小さな事や、それと比較する様に母性が何だの言われる事を気にしてるらしい……本人は『いつも小さい子扱いする癖に母性とか頭おかしいんじゃないの』なんて言ってて自覚がないから、ただ揶揄われてるとしか思ってないんだろう。
「あれ、ユウここにクリーム付いてるよ」
「あっ……」
反応する暇もなく僕の元へと手を伸ばし、指で口元に付いていたであろうクリームを掬って自分の小さな口に持っていきながら『しょうがないなぁ』なんて……舞からしたら小馬鹿にしてるんだろうけど、薄く微笑む様に酷く胸を締め付けられる──そういうところなんだけどなぁ。
「なに? 私を聖母扱いするくせに、自分が子ども扱いされるのは嫌だった?」
「……別に?」
じとっと舞を睨んでいると、揶揄いの調子のこもった声でニヤニヤしながら僕を見詰めてくる舞が直視できなくて視線を逸らしてしまう。
「ふふん、まぁ慈悲のお恵みだろうとホワイトデーのお返しをする律儀さに免じて許してやろう」
「ははぁ、有り難き幸せ」
あぁもう、本当に……本当に距離が近すぎるんだよなぁ……僕だけが身体と心の成長と共に意識してしまっているみたいで、何だか敗北感が凄い。
でも、年齢が変わっても幼なじみとして昔と変わらない距離感で接してくれるのは素直に嬉しいし、今さら舞に距離を取られても許容できない。
……許容できない? 学校ではあまりお互いに話し掛けない様にしてるのに?
一瞬だけ過った、自分の中の矛盾している様な、そうでもない様な不思議な思考に首を傾げる。
「? どうしたの?」
「……何でもないよ」
何か悔しいし、仕返ししてやろう……ちょうど良く舞も気付いていないみたいだし?
「──舞もここ、クリーム付いてるよ」
「──」
先ほど舞にしてやられた事をそっくりそのまま同じ事をしてやる……勇気を出し、震えそうになる手に喝を入れる。
ボロが出ないように、このくらい何でもない事なんだという風を装いながら舞の小さな顔に手を伸ばし、その綺麗で艶のある唇の近くに付いていたクリームを指で掬ってから自分の口に持っていく。
「……」
自分の心臓の音が煩くて、店内が静かになってしまったと錯覚しそうになる。
店のBGMも、店員や客の声すら聞こえない状態で舞の方を向けるはずもなく……視線を向けなくていい口実としてら紅茶を口に含む。
「……ぅあ、えっ、あっ……て、ぅえ?」
「……?」
水分を口に含み、いくらか落ち着いて来たところで舞の様子がおかしい事に気が付く……少しのインターバルを置いて、舞の顔を見る勇気を絞り出したところで顔を上げ──
「……ゆ、ゆぅのくせに……なまい、き……」
「──」
──右の手の甲で唇を覆い隠しながら耳まで真っ赤にした舞の、その今まで見た事もない表情を視界に入れて固まってしまう。
……舞ってば、そんな顔もできたんだ。
「……な、なによ」
「あ、あぁ、いや……別に」
「……」
「……」
口を手で抑えながら必死に舞から顔を逸らす……今だけは僕のこのボサボサに伸びた前髪に感謝したい。
お互いに椅子に座ってて、立っている時よりも身長差が無く、またテーブルを隔てている事も相まって今の僕の真っ赤になっているであろう顔は見えないだろう。
「……ふーん?」
「……」
「……そろそろ私帰るね? 今日は親が居ないから夕飯作らないとだし」
「お、おぅ……」
何となく気まずい雰囲気のまま……先にケーキを食べ終えた舞が、適当な理由をつけて帰り支度を始める。
仕返ししてやろうと考えて、変に慣れない事をするから気まずくなるんだと……自分の失敗をグルグルと反省しながら短く返事を返す。
そのまま荷物を持って僕の背後にある出入口へと向かう舞を直視できなくて、斜め下を見詰め続けるしかできない。
そんな情けない僕の横を通り過ぎる直前──舞が耳元まで口を寄せて囁く。
「──耳、真っ赤になってるから」
「っ?!」
完全に髪の毛と手で隠せていたと思っていたそれを指摘され、思いっ切り肩を跳ね上げさせる僕を見てはクスクスと笑いながら彼女は去って行く。
「……ほんと、そういうところなんだよなぁ」
盛大な溜め息を吐きつつ、未だに皿に残っている新作のショートケーキにフォークを突き刺す。
「……本当に仕方ない奴」
自然と上がった口角はケーキを咀嚼する動きに紛れて分からない──もちろん僕にも。
「……や、ヤバかった」
ユウが見えなくなった所で膝に手を突きつつ、片手で口を抑える。
「……あんな分かりやすい反応して、分かってるのかな」
耳が真っ赤になっていたユウの顔を思い出して、なんでアイツがあの場であんな顔をしたのか気になって仕方なくて……でも絶対に聞き出せる気がしない。
「……なんか、悔しい」
──ほんと、あの仕返しはズルいと思います。
▼▼▼▼▼▼▼
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます