第219話サーディス金融都市資本提携その2
「グレゴリウス様、本日はお招き頂き──」
傘下の商会の会長や、他国の要人からの挨拶を捌いていきながらこれからの事を考える……先ほどまで下町で攫って来た成人前の娘と楽しくやっておったが、これから来る上玉の事を考えると途中で辞める事も苦ではない。
まぁ、それはあの美しい娘が組むに値しないと判断された時に限るが……美しいものとは見て愛でるだけでも心が満たされるものだからな。
「……本当に大丈夫なのでしょうか?」
「さぁな、無能であればそのままこの場で公開凌辱といくところだが……その心配はないのだろう?」
「えェ、むしろご自身の心配をした方が良いですヨ」
昔からの、父上の代からの付き合いである家令が零した不安げな声を拾い上げながら反対隣に居る凄腕の暗殺者兼護衛であるギランに振ってみればそんな返事が帰ってくる。
雇う前の腕試しとして送り込んだ百五十人の刺客の首を塩漬けにして送り返して来たコイツがそこまで言うのであればそうなのだろう……警戒しておくか。
「ふん、スラム育ちの目利きがどれだけ当てになるか……」
「……これだから温室育ちは話が遅くて困ル」
おっと、私が考え事をしている間に二人が険悪な雰囲気を出してしまったな。
「そこまでにせよ、折角のパーティーなのだから楽しみたまえ」
「「……」」
私が一声かければ家令は黙って頭を下げて後ろに下がり、ギランは会釈だけをして黙る。
……まったく、本当に面白みのない男共だ。
「──レイコ様がご到着された様です」
そんな風には過ごしているとどうやら今夜の主役が到着した様だ……ギランからこのレイコという名前は偽名だとは聞いているが、まぁ良かろう。
無能であれば潰した後に無理やり、有能であれば信頼を積み上げて聞き出そう……手に負えない存在ならば知らないフリだ。
「これより主賓を迎える!」
壇上に上がった私の大声によってパーティー会場が一斉に静かになる……これから迎える存在の如何に寄っては戦場になるかも知れないからな。
一気に参加者たちがいつでも戦える様に身構えたのがよく見える。
「それではレイコ殿、入場!」
私のその一声によってパーティー会場の出入口である大きな扉が開かれ、そこからこの場所へと該当の人物が──
「『──』」
──美しい。
歓迎の言葉を言うべき主催者である私が黙って見入ってしまうくらいに……どんな形容句も陳腐に聞こえてしまうくらいに彼女は美しかった。
緩く結い上げられたシニヨンの黒髪……白のメッシュが入ったその綺麗な美髪と吸い込まれそうな深紅の瞳によく似合った真っ赤なドレス。
彼女の美しく、男を誘う様な身体を強調するかの様なマーメイドラインの上半身部分に、男女問わず視線を集める深いスリットの入った下半身部分のレース重ね……一級品のドレスを添え物の様にして、彼女の魅力は極まっていた。
『──本日はお招き頂き誠にありがとう存じます』
この場に居る一部の者しか理解できない言語で喋る他国の彼女が……この国の礼儀作法で挨拶する様に思わず感動してしまう。
この国の言語の習得すらまだであるくらい、この国を知って日が浅いだろうに……そんな彼女が祖国の礼儀作法だけは完璧に覚えている。
そんな彼女のこちら側を尊重するような姿勢に、警戒してしていも親しみという好感を抱いてしまう。
『こちらは私の護衛騎士のイノセンシオです。あまり喋らないのでお気になさらず』
彼女が手で指し示す事でようやくその姿が視界に入ってくる。
「……っ」
……なるほど、ギランが殺せない訳だ。
「ま、魔物……」
「なぜこの場に……」
堂々と兜を外したその姿……首も無ければ中身もない、見えるのは漆黒の闇ばかり。
鎧の関節部の隙間からも漏れ出るそれを長いこと注視すれば発狂してしまいかねない程に悍ましい。
『さて、今回のパーティーではグレゴリウス様の支援者たちを納得させなければならないのでしたね』
「あ、あぁ、そうだ……皆の者紹介しよう! 彼女が私の協力者だ!」
っといけない……あちらの勢いに呑まれてはダメだ。
もう嫌と言うほどに彼女が有能であると分かったが、だからといって栄えあるサーディス大商会の当主として保たねばならぬ威厳というものがある。
「皆の中にも不審に思っておる者も居ろう! 未だに我らの言葉を話せない彼女であるが、今回は納得させるだけの材料を持って来てくれたそうだ!」
要はプレゼンだな……商人らしく、ここは上や提携先を納得させるだけの材料であったり、こちら側に対する利点や将来の展望等を説かねばならない。
悪いが、ここは私たちの流儀に則って納得させて貰うぞ。
『今日は皆さんにサプライズプレゼントがあります』
「……ほう? サプライズとな? どんなものか楽しみだ」
ふむ……先ずは最初に賄賂や希少な品を融通する事でこちらの気を引こうと言うのか?
悪くはないが、良い手でもないな……それはパーティーが始まってしまう前の根回しの段階で済ませておくべき事だ。
これはあまり上手くいかない──
『──えぇ、この国の王女様です』
「『──』」
彼女の足下の影からズモモと音を立てながら出てきたのはこの国のアビゲイル王女殿下で……今回の大公選挙の景品でもあるはずの彼女が何故縛られ、猿轡を噛まされてあるのか……何故恐怖に染まった目でガチガチと震えているのか……理解が及ばすパーティー会場が再度、静まり返ってしまう。
横でギランが『あちゃー』とでも言いたげな仕草をしているのが癪に障る。
『ついでにファストリア商会に王女をサーディス商会が攫った旨と、脅迫状を叩き付けておきました』
「……………………は?」
思わず通訳も忘れて聞き返してしまう……私の他にも『アリューシャ諸言語』が使える者たちが呆気に取られ、彼女の言葉が理解できない者たちは不安げに周囲を見渡す。
「大変ですグレゴリウス様! ファストリア商会の軍勢が迫って来ています!」
「なんだと?!」
っと、そんな時だ……タイミング良く兵士がパーティー会場に駆け込んで来たのは。
「奴らは『正当な選挙を経ずに王女を手篭めにせんとする悪逆のサーディス商会を討つ』との声明を出しております!」
その兵士の報告により今度は逆にパーティー会場は蜂の巣をつついたような大騒ぎとなる。
この状況をどうしてくれようかと、同じ壇上に上がってすぐ近くに居る女を見やる。
『──ふふ、説得する手間が省けて良いですね』
「……あぁ」
あぁ、私はやっと理解したのだ……我々は見極めるなどという思い上がった立場には居なかったのだと。
『さぁ! 皆さん! 虚言により大公選挙の正当性を揺るがす様な愚策を弄したファストリア商会から王女殿下を守り通すのです! 忠臣として! 主催者の義務として!』
透き通るような大声に全ての者たちが注目する……彼女の言っている言葉の意味が分からなくてもこの場に居る全員が悟った事だろう──
『──ふふ、協力者も共犯者も変わりませんよね?』
──嵌められた、と。
▼▼▼▼▼▼▼
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます