第218話バレンタイン外伝.腐れ縁の幼なじみ
「チョコ下さい!」
「もう無いってばぁ〜」
今私は猛烈に走っている……血に──チョコに飢えた男子共から逃げる為に小さい身体を必死に動かして狭い歩幅を少しでも稼ごうと、それはもう必死に……なぜ私はこんなにも身長が低いのだろうか、そのせいで追い付かれそうなんだけど……ええい! 校則なんぞクソ喰らえ!
バレンタインデーに限っては無礼講じゃあ! 校則なんぞで私を止められると思うなよ?!
「萩原さんどこ行った?!」
「まだ近くに居るはずだ! 織田と合流する前に探し出せ!」
口を両手で抑える事で乱れる息を漏らさないようにしながら必死に隠れる……クソう、毎年毎年なんなんだよぉ! そんなにチョコが欲しいなら常日頃から女子に優しくしとけよなぁ!
さすがに用意してた義理チョコのチ〇ルチョコは打ち止めだってば!
てか私なんかじゃなくて玲奈さんの方に行ってよ! あの人の方が可愛いし綺麗でしょ!
……まぁ、玲奈さんがそこらの男子に言われた程度でチョコを渡すとも思えないけど。
「あ、舞!」
「……なんだ、悠里か」
一瞬『すわっ見つかったか?!』なんて驚いてしまったけれど、よくよく見れば友人でクラスメイトの森川悠里だった……よく他の友人と一緒になってマスコット的な扱いをしてくるけど、休み時間に喋ったり、放課後に遊んだりする事は多い。
「ゆ〜り〜、助けてよ〜」
「どうしたの?」
「一部の男子たちがね? 私のチョコを奪おうと──」
「──舞のチョコ?」
あ、やっべ……悠里の目からハイライトが失われてる。
「……私の分はある?」
「……チ〇ルチョコなら」
ポケットから自分用にとっておいた小さなチョコをおずおずと取り出す……そのまま悠里と数分の間だけ睨み合う。
「……ま、仕方ないか。舞の手作りは彼だけのだもんね?」
「……な、なな、なんのことかにゃあ?!」
「うっわ、わかりやすっ……」
内心の動揺を必死に押し隠しながらも、
……こ、これだけは……毎年の事だけど、これだけはダメなの!
「ま、頑張んなさいよね」
「う、うっす……」
顎を下に落とすようにして首肯しながら、そそくさと苦笑する悠里と別れる。
「スネーク……スネーク……」
これ以上、他の血に飢えた男子どもに見つからない様に隠密行動を取りながら校舎の中を進んで行く……こういう時は小さな身体で良かったとも思う。……複雑だけど。
そうして誰も気付かない事を良い事に、他人の現場を覗いていく……自分の好きな子が他の男子にチョコを渡している現場に出くわして崩れ落ちる者、顔を赤くしながら憧れの先輩に渡す子に、友人同士で送り合う仲の良いグループ……さらには私以外の女子にもチョコを強請って撃沈する男子に、正樹さんにチョコを渡す玲奈さん──って、玲奈さん?!
「……おいコラ、今度は何を企んでやがる?」
「とか言いつつ嬉しいんでしょ?」
「うるせぇ! 健人は黙ってろ!」
むむっ、確かに正樹さんの耳が真っ赤になってる……ゲームでハンネスとして豪快に斧を振り回して戦う姿とは似ても似つかない。
……もしや、彼は玲奈さんの事が……?
「何って……今日はお世話になっている友人にチョコを配る日なのでしょう?」
心底不思議そうな顔をしながら他の五人にもチョコを渡す玲奈さんを見て 、『あぁ、これは微妙な理解の仕方をしているな』と思い当たる。……行動自体は間違ってないのが何とも言えない。
「…………ま、そうだろうとは思ってたがな」
「あっれぇ? 心做しか元気ないんじゃない?」
「うるせぇ! 健人は黙ってろ!」
ぷぷぷ、玲奈さんが早々に恋愛なんてする訳ないじゃーん! ……玲奈さんにも好きな人が出来るんだろうか? 全く想像がつかないんだけど。
「っと、いけない! 早く追い掛けないと……」
もしかしたら私にも玲奈さんはチョコをくれるのかも知れないけれど、今はそれどころじゃない……
早く私も下駄箱まで辿り着かないと、下校中に追い付けなくなっちゃう。
「いてててて!」
健人さんの首を腕で締め上げている正樹さん達から目を逸らして、私は隠密行動を再開する。
▼▼▼▼▼▼▼
「──よっ!」
「いてっ」
走って乱れた息を整えつつ、哀愁漂う奴の──ユウの背中を叩く。
たったそれだけでカクンッとバランスを崩すそいつを見て白い息を吐き出しながら笑う。
「ぷぷっ、マヌケでやんの〜」
「……なんだ、舞か」
「なんだってなによ?」
『なんだまたお前か』みたいなユウの態度が気に入らなくて口を尖らせて見せれば『あー、ごめんごめん』なんて言って彼は私の頬を突っつく。
それでも尚しばらくはツーンとそっぽを向けば『あ、これ本気で怒ったやつ?』なんて顔をして慌てて私のご機嫌を取ろうとしだすユウがなんだか可笑しくって吹き出してしまう。
「……なんだよ、怒ってないじゃんか」
「ごめんごめん……はいこれ」
「……何これ」
むっとしたユウに向かって片手を立ててみせて軽く謝りながら、カバンから
「……あぁ、チョコか」
「どうせユウは今年も貰えなかったんでしょ?」
『寒いねー、霜焼けになっちゃうよー』なんて言いながら頬っぺを擦る事で赤くなった顔を誤魔化す……寒いのは事実だし、これでいつもユウは騙される。
「ぐっ……どうせ僕は陰キャオタクですよ、こういうリア充のイベントとは無縁ですよ……」
『だからいつも早く帰ってるんじゃんか』なんてぶつくさ文句を言いいながら、私の
「……美味しっ?」
「うん、今年も舞の義理チョコは美味いよ」
「……………………モテない陰キャ野郎に毎年恵んでやってんだから有難く思いなさい!」
「ははぁ! ありがたき幸せ!」
本当に美味しそうに頬を緩めながら食べてくれるユウの横顔を見るのは何だか気恥ずかしくなってきちゃって……なんとなしに目を逸らす。
赤くなった頬を摩りながら、本当にそのチョコの希少さが分かってるのかな……なんて考えてしまう。
「……あ、ごめん。そういえば寒いって言ってたね」
「わっ」
赤くなった頬を摩っていたからだろうか……つい先ほどの霜焼け発言を覚えていたらしい彼は、そのまま自分が着けていたマフラーを『チョコのお礼』なんて笑いながら私の首に巻いてくれる。
そんなユウの匂いがするマフラーに顔を埋めながら複雑な気持ちで、恨めがましい目で彼を見上げる──そういうところだぞ。
「……さすがに耳まで保護するのは無理だね」
「なっ?!」
『うーん、マフラーじゃ微妙に届かないね』なんて呑気に言ってる奴から隠すようにして耳を両手で抑える……耳まで真っ赤になってるとか、私バカみたいじゃん。おのれユウ、許すまじ。
「……あっ!」
「……どうしたの? いきなり大声出して」
恨めがましい目で私に恥をかかせた元凶を見上げる……何か大事な約束でもあったっけ? 玲奈さんも特に一緒に遊ぼうとかは言ってなかった気が──
「ゲームのバレンタインイベントがあるじゃん! こうしちゃいられねぇ! すぐに帰るぞ!」
「……」
「ア〇レンでしょ、プ〇コネでしょ、F〇Oにド〇フロ……」
「……」
「ククク……リア充は現実でチョコを貰えるだろうが、オタクは二次元から大量に貰えるんだよぉ!」
イベントがあるらしいソシャゲを指折り数えながらそんな残念な事を呟き、『じゃあ急ぐから先行ってるね!』なんて吐き捨てて走り去るユウの背中を見詰める。
「──ほんと、そういうところだぞ」
盛大な溜め息を吐きつつ、ユウのマフラーに鼻まで突っ込みながら歩き出す。
「……本当に仕方ない奴」
自然と上がった口角はマフラーで隠れて見えない──もちろん私にも。
「……や、ヤバかった」
舞が見えなくなった所で膝に手を突きつつ、片手で口を抑える。
「……あんな顔して、分かってるのかな」
無防備な舞の顔を思い出して、いつか襲われるんじゃないかと心配なりなりながら貰った義理チョコを口に放り込めば、強張った顔は自然と溶けていく。
「……今年も美味しい」
──ほんと、今年も早く下校した甲斐があったな。
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