第215話セカンディア工業都市訪問営業その2
「──どうかな、一杯」
まるで自分の部屋に入るのだと言わんばかりの自然体で私の寝室に侵入してくる者にそう声を掛ける……が、しかし……えらく若い女だな? それも大国の美姫と言われても納得するであろう容姿の娘だ。
てっきりサーディス辺りからの刺客だと思ったのだが、あそこの好色狸はこんな上玉を鉄砲玉にはすまい……まず自分で囲うはずだ。
それにこれだけの容姿をしているのであれば正面からの侵入ではなく、色仕掛けの方がまだ成功率が高いはず……一瞬だけファストリアの小僧かと思ったが、それでも無いだろう。
「すいません、未成年なのでお酒は飲めないんです」
「……おや、そうだったかい?」
ふむぅ……まさか未成年ですらあったとは、本当に驚かされる。
未成年にこんな危険な仕事をさせることには怒りを禁じ得ないが、その未成年が一人でここまでたどり着けた事に対する驚きの方が強い。
ただの小娘と侮らず、ここで始末するべきだな。
「普通のお茶もある、まぁ座りたまえ。少し話をしよう」
寝室のベッドの前、簡易的なテーブルとソファーが置いてある場所へ誘導し、対面に座らせる。
「? ……まぁいいですが」
見れば見るほど美しい……気を確りと持たねば、窓から漏れ出る月明かりに照らされて妖しく光るワインレッドの瞳に吸い込まれそうになる。
未成年の暗殺者という特異な肩書きから、拾われた孤児が育てられたのかと思っていたが……私や、この国の王族よりも優雅で気品のある佇まい……細かい所で作法は違うが、その洗練された所作に高貴な生まれであると確信を持つ。
「今宵は月が綺麗だな」
「……月なんて、もはや綺麗なものではありませんよ」
「? そうなのかね?」
「……こちらの話です」
月はもはや綺麗なものではない、か……何やら意味深な事を言う少女だ……私には理解できないが、何やら実感のようなものが籠っている。
この対面する事で肌で感じる事のできる濃密な混沌の気配……
「それよりも、侵入者である私を晩酌に誘ってどうするんです? 時間稼ぎという訳でもないのでしょう?」
「もちろんだとも、時間稼ぎなんて君にはあまり意味がないだろうからね」
私の寝室へと至る廊下には兵士たちの部屋が並んでいたはず……彼女がここに来る前に漏れ聞こえていた騒ぎに反比例する様に静かな部屋の外を思えば……まぁほぼ全滅したと見ていい。
それにここまで深い混沌の気配を漂わせているのだ、十中八九……目の前の少女は〝使徒〟レベルだろう。そこらの雑兵では相手にならない。
「いやなに、この時期に襲撃してくるという事は大公選挙絡みだろう? なら少し私の話を聞いてからでも遅くはないと思ってね」
「そうですか、お好きにどうぞ」
分かってはいたが、ドライに返されると苦笑するしかないな。
「君は大陸西部の動乱についてどう思う?」
本当に短期間のうちにあそこまで地図が塗り替えられた事は歴史書をひっくり返しても無いだろう……新しい地図を作成している間に、また国境線が動くのだ。何度作り直したか知れない。
それに現王の弟である大公の死去が重なったのだ……もはや今のままではいられない。
「あれによってこの国は窮地に立たされている……あれだけ激しい動乱は確実にこの大陸中に影響を及ぼした」
特に躍進目覚しい『バーレンス連合王国』……大陸西部地方の二強であった『エルマーニュ王国』と『ブルフォワー二帝国』の二カ国を相手に立ち回り、その版図を盛大に削って拡げた手腕は恐ろしいものがある……現在のバーレンス王はあの〝辺境勇士アレクセイ〟を退けてバーレンス家の当主の座を勝ち取ったと言うのだから、その時点で警戒するべきだった。
「特に『バーレンス連合王国』と直接地続きで接している我々大陸北部の国々の焦りは尋常ではない」
もはやかつての二大大国では『バーレンス連合王国』を抑えきれないのだ……クレブスクルムの内海に、王国と帝国の穀倉地帯を手中に収めたかの国がもはや領土的に旨みの無くなった二カ国と未だに手付かずの北部のどちらを優先するか……我々には分からないのだ。
「そうなった時に必然と各国の対応は二つに別れる」
今のうちに連合軍を結成し、『バーレンス連合王国』に攻め込んで滅ぼす……ついでに西部地方に進出するための橋頭堡とする事を主張する者。
いずれ大陸全土を巻き込むであろう、かの動乱にいち早く参戦し、周辺の小国を呑み込んで覇を唱えるための礎を築こうと未来を見据える者。
「……どちらも共通する事は大陸西部への玄関口である、この国を丸々と呑み込む事だ」
前者は『バーレンス連合王国』から庇護してやるだのと建前を取り繕いながら軍を駐屯させ、そのままなし崩し的に我々の自治権などを奪ったり理不尽な要求を通すのだろう……そして莫大な戦費の大半負担をさせようするのは確実だ。
後者は言わずもがな……そのままこの金満都市を三つも内包するこの国を手中に収め、我々の築き上げた財産を食い潰すつもりなのだ。
「そうさせない為にも私が大公となり、この国の軍事力を底上げしなければならない……才能に左右される武術や魔術に頼らず、誰でも戦える様になる優れた軍事力だ」
懐から
「どうだね、私の方に付かないか?」
「……あぁ、これお誘いの話だったんですね」
「……どうかな?」
今気付いたとワンテンポ反応が遅れる少女に呆れながらも再度問いかける……私の下につかないかと。
「全体的に話が詰まらないですし、貴方に味方する利点が見い出せませんね……長々と語った割にはありふれた話で退屈でした」
「……そうかい、それは残念だ」
やはり混沌に属する者たちとは相容れないようだ……自分の娘ほどの少女を殺す事に罪悪感を感じながら──私は彼女に
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