第206話残念、そいつが女王だ

「アニ​──領主様、これが先の戦乱の戦後報告になりやす」


 そう言って部下の一人が提出してくる書類の束を受け取り、一枚一枚に目を通していく……あのクソ女のせいで計画が何もかも滅茶苦茶になってしまったからな。影響の確認だけでも一苦労だ。

 まったく……自分からプレゼンしておいて、それを放り投げる奴が何処にいる? 結果的に上手くいったから良かったものを……こんな事は二度とごめんだ。


「アニー領主って誰だ? ここはソイツの領地なのか? あ?」


「す、すいません! お許しを陛下!」


「……そういえば陛下だったな」


「兄貴……」


「……陛下と呼べ」


「陛下……」


 平身低頭から一転してなんとも言えないような視線を送る部下から目を逸らし、天井裏と窓の外に張り付いていた間者にナイフを投擲して撃ち落としながら書類をさらに読み込んでいく……が、またあの王女捕まったのか……今回は捕虜って訳ではないっぽいが……俺には分かるぞ……これはさらなる厄介事の火種だ。

 クソう……仮にも王族、雑な扱いもそこら辺に放り出す事も出来やしねぇ……いや? そんな事をしてみろ……あの女が俺を処分しに来るだろう。

 ……ド畜生が。この地に根を張っている訳でもないから人質や脅迫なんかの搦手は使えないし、物理的に殺しても直ぐに復活してくる……『渡り人』の何と厄介な事か……奴らを招き入れた『無色透明の空神』を恨むぜ。


「コイツらはどうしやすか?」


「後で憂さ晴らしも兼ねて拷問する……適当にそこら辺に転がして​──待て、二人だけか?」


「? へ、へい……あに、陛下が撃ち落としたのは二人のみですが……?」


「そうか……」


 ……気のせいか? もう一人居ると思ったんだがな……俺も事務仕事ばかりで鈍ったか? ったく、これだから嫌なんだよ……元々俺は実働部隊だぞ? なんだってこんな座り仕事を……これも全部あの女のせいだ。


「あーあ、またあの優男みたいな襲撃者こねぇかな……身体が鈍って仕方ねぇ」


「兄貴……」


 戦争中に堂々と乗り込んで来た肝の座っていた奴だったな……上手く罠や策が嵌って程々におちょくれたのが良かった。良いストレス発散になった。


「これも全部あのクソ女のせいだ……余計な事をしでかしやがって」


「兄貴……」


 いつも唐突に現れては無理難題をふっかけやがって……人の事を何だと思ってるんだ? 便利な何でも屋とか思ってんじゃねぇだろうな?

 ……ったく、本当にあの女のせいで気苦労が絶えねぇ……なんでいつの間に連合王国の国王になってんだよ……意味が分からねぇよ……。


「少しはこう……慎みってもんがねぇのかよ」


「おや、その方は慎みがまったくないのですか?」


「あぁ、そうなんだよ……しかも頭がイカれてると来たもんだ」


 およそ常識ってもんがねぇからな……何かあったら平気で人の命を奪えるし、持ってくる厄介事もネジがダース単位でぶっ飛んでるから手に負えない。

 誰かに引き取って貰いたいくらいだ……あの王女様が王国に連れ帰ってくれないもんかね?


「頭がイカれているんですか?」


「あぁ、そうなんだよ……持ってくる案件もクソみてぇなものばかりだしよ……こっちの気持ちも考えろってんだ」


「へぇ」


「​──ってソイツが言ってました!」


「兄貴ッ?!」


 まさに青天の霹靂、裏切られたと言わんばかりの驚愕の表情を浮かべて勢いよくコチラに振り返る部下から目を逸らす。

 ……お前らはいざという時の肉壁だろうが? 抗争相手の鉄砲玉の破れかぶれの捨て身の攻撃を受けるのも、この裏社会の奴らですからドン引きする頭イカれ女の手で予想ができない死に方するのも変わらねぇよ。少なくとも結果は一緒だ。……多分。


「? はぁ、そうですか……誰の話かは分かりませんが大変なんですね?」


「…………そうなんだよ! そのクソ野郎のせいで俺がどれだけ苦労してるかってんだ!」


 よっしゃ! 自分の事だと気付いてねぇぞ!

 間抜けな奴め! これ機にお前の目の前でお前に対する不満や悪口をブチ撒けてやる!

 自分の事を言われてるとは気付かず、同意や同情をする様を見て普段の溜飲を下げつつ、これから暫く馬鹿にし続けてやる!


「本当にあのクソ女は頭がイカれててよ〜! 本当に疲れんだよな〜!」


「? はぁ……?」


 興味なさげに『大変なんですね』なんて他人事みてぇに流されるのも腹が立つな……コイツ本当に自分の事だとは微塵も思ってねぇぞ? どうなってやがんだ?

 少しは自分の事を言われてるって気付けよ……なに淡々と倒れた間者に拷問しようとしてんだよ。……頭がおかしくなりそう。


「さて、ここに来る途中にも似たよなう方とお会いしましたが……お仲間ですか?」


『■■、■■■■■』


「……おや、何と言っているのか分かりませんね」


「あー、そいつ等はおそらく大陸北部から来たんだろう」


 一瞬だけ面食らった顔をした奴の表情が見れただけで良しとするか……想定外の返しをされて少しだけ目を見開いてビックリする表情は案外可愛かったぜ? ……言ったら殺されるだろうけど。

 それにこの間者達はこの女の事を知らないから『死ね、クソビッチ』なんて暴言が吐けるんだ……この女がお前らの言語を知らなくて命拾いしたな。


「へぇ、大陸北部の言語ですか…………スキル欄にありますが、取得して直ぐに話せる様になる訳ではないようですね」


「言語系は地道に学んでいくしかないな」


「まぁ、そうなりますよね……ですが​──」


 両方の言語を扱える人材に教えて貰ったり、その言語を扱う国や地域にまで赴いて実地で無理やり学んでいくか……少なくとも「はい、覚えました!」と、簡単なものじゃない。

 他のスキル同様に、地道にスキルレベルを上げて理解を深めなけ・・・・・・・ればならない・・・・・・


「​──貴方達は私の言葉が分かるでしょう?」


『■■■​──ッ!!』


「……」


 …………ま、そうだよな。この女にそんな誤魔化しが効く訳がねぇ。

 間者ともあろう者が、『知りたい情報が知らない言語だったので、分かりませんでした』とか言ってたら仕事にならねぇ……それを良く理解してやがる。

 逆にコイツらはクソ女をただの居合わせた小娘だと思ってしまったんだろう……ご愁傷さまだ。


「ふむ……指を全部折ったんですが、中々粘りますね……」


「……ウチの拷問官を貸そうか?」


「いえ、前から気になっていた実験​──花子さんと武雄さんは人間を苗床にできるのか、というのをしてみたいと思います」


『『ギチチチチッ』』


 ……いつぞやの『お茶に鱗粉事件』の奴らか。

 嫌な事を思い出しちまったぜ……それと同時に何て悍ましい事を何でもないかの様に、無邪気に、無表情に……そんな簡単に提案できるのかと怖気が走る。

 進化したのか……前に見た時よりもグロテスクな見た目の蟲達は、お尻の方から粘液と一緒に卵管と思われる極太の針を「メリメリ」と音を立てながら表に延ばしていく……それを見て、味方だから大丈夫なはず部下が顔を青褪めるさせるが……さもありなん。

 ……あれが、あの無邪気で純粋な悪意が何時、俺たちに向けられないとも限らない。


「ひっ! や、やめるくだされ! こ、国王様をにちゃんと私は話せますと言います!」


「? ……??」


「そう! 私達は口を割ると言っています! だから私達の命を助けると良い!」


「……あぁ、この人達もちゃんと話せる訳ではないんですね」


 ……いや、それだけ俺たちの言語を話せるなら結構なもんだろうよ……それを複数人もコチラに送り込めるって事は……背後は北部でも有数の大国か、小国でありながらその経済力でもって、大国と同じだけの発言力を持つ『メッフィー商業立国』辺りか……。

 なんにせよ、厄介だな……大陸西部のゴタゴタを見て影響力を拡大しようと手を伸ばして来たか。


「お願いを申請します! 国王陛下に助命を乞います!」


「私達は話します! 蟲を近付けるのやめる!」


「……だと言ってるが?」


「? せっかくなので後にして貰えません?」


「「​──」」


 …………おぉ、怖ぇぇ……マジかよ、『何でも話すから助けて』って言ってるのに、『せっかくなので後にして貰えません?』って……久しぶりに全身に鳥肌が立ったぜ…………やっぱりコイツは人間じゃないわ。……ヒトの形をしたナニカだ。

 絶句してる間者には敵ながらに同情するが……悪いな、俺も逆らえないんだ。


「……すまんな、助けられない」


「なんで?! あなたが国王陛下!!」


「越権行為はダメ! 助けて!」


「ふぅ〜、……非常に残念だが​──」


 煙管に火を着け、諦めの気持ちと共に紫煙を吐き出しながらクソ女に向けて指を差して告げる。


「​──そいつが女王様だ」


 椅子を回し、窓の外の景色を見ることで、絶望の表情を貼り付けたまま、卵管を刺された奴らから目を逸らしながら現実逃避をする。


「はぁ……」


 ​──せめて別の部屋でやってくれねぇかなぁ。


▼▼▼▼▼▼▼

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る