第205話一条直志の生活その2
「──賛成129反対299棄権37、よって今法案は否決となりました」
……否決されたか、まぁ想定通りではあるが残念ではある……民主主義国家の弱点を再確認する事になったのだからな。
こういう時ばかりは隣国の一党独裁体制が羨ましく思えてしまう……早くに崩壊したソ連とは違ってさすがは中華文明とでも言うべきか、本当に上手くやっている。
「やぁ一条君、今回は残念だったね」
「いえ、わかり切っていた事です」
本当にこの男は総理大臣のくせに気安いな……仮にも私が党内の敵対派閥だと理解しているのか? お前の後ろで側近が落ち着かない顔をしているのに気付いているだろうに……神輿は軽い方が担ぎやすいが、好きなタイプではない事に変わりはない。
人に好かれ、必然と人が着いてくるようだが全員がそうだとは思わない事だな。
「そうかい? 一条君が提出した法案だったからてっきり落ち込んでいたものと……」
「百年先まで国家の未来を考えるなら必要な法案でしたからね……ですがまぁ、否決される事も想定通りです」
「まぁ
「……えぇ、まぁ」
その特定の世代を見捨てる事になったのは貴様の祖父の失政の影響なんだがな……あの第三次高度経済成長時の財産を食い潰したあの世代のせいで、どれだけ私がこの国の経済を立て直すのに苦労したと思っている?
第四次世界大戦の後、荒廃した国土を復興させ高度経済成長へと導いた者たちの下の世代は、その経済成長の恩恵によって豊かな暮らしを享受しておきながら国の経済成長は自分達のお陰であると嘯き、下の世代を平然と冷遇した……経済が停滞し始めれば、自分の子ども世代であるにも関わらず、自らがリストラされる事を恐れてすぐ下の世代の雇用を絞り、馬鹿の一つ覚えにコストカットを叫んだ。
その結果として日本は二十一世紀以来の大規模なデフレと少子化に陥った……その状態が三十五年も続いた。
長期間のデフレは国から体力を奪い、日本の相対的な国際影響力を確実に下げ続けた……日米同盟にも影響が出た……にも関わらず、さらに内需を縮小させる消費税を上げ続けた……デフレになれば既存の富裕層は相対的に国内資産が増えるからな。
財政界が力を持ち過ぎた暗黒時代だ……その結果として生まれた不遇な世代は三十五年も放置され続けた……その影響は計り知れず、もはや今の世代を犠牲にするしか有効な手立てはないのだがな。
「ははは、民主主義では国民の支持が必要だものねぇ」
「えぇ、まったくです」
……が、そんな正論を吐いても仕方がない。
『国家百年の計』……この言葉を吐いて実行できる国など、もはや民主主義国家には存在しない……いくら国の問題を解決し、これからも大国であり続ける為の国家戦略であろうとも、その為には今を生きる国民の我慢が必要です……等という事実を受け入れてくれる筈がない。
どこまでいっても日本は国民主権であり、その国民が「NO」と言ったらダメなのだ……目先の利益を追求し続けるしかないのだ。……でないと我々は支持を得られない。
その点隣国はどうだろうか……一党独裁の名のもとに人民を完全に統制し、『国家百年の計』の為なら平然と少数を切り捨てる……対応や判断も迅速であり、宗教に対する配慮などもしない。
それでいて十七億という成熟した市場を国内に抱えている……強い訳だ。
「でも想定通りって事は次善策があるんだろう?」
「そうですね、本命は別にあります」
「さすが一条君は頼もしいなぁ! 期待しているよ」
頭空っぽに笑いながら去る岸根総理の後ろ姿を見送りながら考える……愚かな大衆を黙らせるには明確なエビデンスが、科学的根拠が必要だ。
一切の反論を許さないだけの膨大な量のデータが必要だ……醜い感情論を黙らせるのは何時だって美しい真実でなければならない。
──ピコンッ
「……」
杖を突きながら歩き、山本が運転する車に乗り込んだところで胸ポケットに入れていた携帯機から着信音が鳴る。
『直ちゃん! 直ちゃん! 見てみてこれ! しいちゃんが居眠りしてるから鼻メガネ着けてみた! ……やっぱり後で怒られるかな? 怒られちゃうよね?!』
「……」
そんなどうでも良いメールの文面と添えられた画像を見て眉間に皺が寄るのを自覚しながら『くだらない事で連絡を寄越すな』という返信を返してから窓の外を見る。
──ピコンッ
「……」
『ごめんごめん! 本題は別にあるんだけど、ぶっちゃけ予算足りないからもう少し援助額増やせない?
結構良いデータが取れているんだけど、一部のプレイヤーのせいで想定外の事象が想定以上に起きててさ〜、サーバーを増やしたいんだよね!』
人に金をせびる態度の文面ではないそれを見て、眉間を揉みほぐす……後で栞に報告してやろうと思いながら『渡しておいた小切手に言い値を書け』と返信を送る。
想定外の事象が想定以上に起きているという事に興味を惹かれるが私は専門家ではない……金だけ渡して後は好きに研究させるのが一番良い結果が出るだろう。
──ピコンッ
『マジで?! 本当に?! やったー、ありがとう! 直ちゃん大好き! チュッチュしちゃう! ……ハッ! まさかこれが目当て……?
……そんな、直ちゃんにそんな気があったなんて……私、気付かなかった! 今までごめんね?
…………優しく、してね?』
「……」
無言でこれまでのメールのやり取りを栞の携帯機に送り付け、『遊史朗』という名前のアドレスを着信拒否にする。
いかんな、これはいかんな……久方ぶりにイラつきという小さな感情の揺らぎが自身に起こっている事を自覚してしまう。……常に冷静でいなければならないというのに。
──プルルルッ
「はい……は? 旦那様なら後ろの座席にいらっしゃいますが……音量を上げてくれと?」
どうやら着信拒否にされた事にもう気付いたようだな……わざわざ山本の携帯機に通話を掛けてくるとは相変わらず行動力があるやつだ。
ため息を吐きつつ、目線で確認を取る山本に頷き許可を出す。
『はいはーい! 直ちゃん元気ー? …………遊ちゃんだよ☆彡.。』
「切れ」
『わー! ごめんごめん! 冗談だってば!』
ふざけた第一声に反射的に山本に命令を出してしまう……相変わらず人をイラつかせるのが得意な奴だ、腹立たしい。
……だがまぁ、ちょうど
『いやー、ね? 追加の資金援助ありがとね? この事は本当に感謝してるんだよ?』
「そうか」
『もー、ノリが悪いなー! そんなんじゃ子ども達に愛想を尽かされ──アイエエエ!! しぃちゃん?! ナゼココニ?!』
『直くんがメールで
『ナオチャン?! オンドゥルルラギッタンディスカー?!』
通話口から遊史朗の断末魔の悲鳴の後に、栞の『ご迷惑お掛けしました、このゴミは教育しておきます』の言葉を最後に通信が途絶える。
後は彼女が奴をいいように料理して屈辱の写真でも送ってくれる事だろう……自業自得だ。
「……相変わらず賑やかな方たちでしたな」
「まったくだ」
だがまぁ、優秀な者たちではある……着信拒否を解除してすぐに送られてきた一部の研究結果を見て満足気に頷き、この結果をどのように政局に利用するか……深い思考に潜り込む。
このデータがあれば政敵を二人を追い落とす事が可能だな……もちろんこれだけではダメだが、利用する事で私の有利に事が運ぶ。……本当に優秀な者たちだ。
「出せ」
さて、とりあえずは私が用意したハニートラップに引っかかった間抜けの現場を取り押さえるとしよう。
▼▼▼▼▼▼▼
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます