第204話一条玲奈の日常その10
「──このように、第三次世界大戦の十年前には既に各地で火種が燻っていたのです」
……相変わらず授業は退屈です、既に知っている事の焼き直し──いえ、私の家にある史料よりも劣る分、いつも歴史の授業は詰まらないです。
学ぶ事において〝新しい発見〟というものは何物にも代えがたいモチベーションだと思うのですが……この教師は教科書通りに進め、補足説明などはテスト範囲のみといった面白みのない方の様です。
「では……萩原さん。第三次世界大戦前の、特に先進国などで見られた国民感情の右傾化の原因を一つでも良いので教えてください」
「うぇ?! ……え、えっと……か、過剰配慮とSNS等の発達による〝国家の学級化〟ですか?」
「正解です」
二十一世紀の先進国で見られた特徴として「弱者に対する配慮を」というものがあったそうです……これ自体は素晴らしいものとして受け入れられたらしいのですが、いつしかそれが国全体を蝕む癌となった、と……元々は先進国としての器の大きさや余裕を見せるためのものでしたのに、SNS等の発達によりそれだけでは無くなってしまったようですね。
最初のうちは「〇〇という集団に属する人達にこんな酷い事をしている人が居る。同じ国に住む者として許せない」という程度の投稿だったらしいのですが……次第に「〇〇という発言は✕✕に対する差別になるのではないか?」「〇〇という言葉は✕✕を連想させるため差別的ではないか?」「この表現には〇〇を想起させるので公共の場には相応しくない」と、段々と
自分の正直な感想や確固たる意思に基づいた発言、正論による反対意見も「差別的」「不勉強」と攻撃される要因となり、著名人などは私生活でも常に自身を取り繕っていなければSNS等で監視されている為に瞬く間に炎上してしまいます。
また、それだけではありません……著名人の発言等の他にも創作物にまでその影響は広がってゆき、あらゆる表現が正義の執行に飢えた一般市民によって炎上とクレームの攻撃に晒された企業によって
そんな圧倒的な少数派の為に多数派に我慢を強いる歪な構造と、SNSによる監視体制の完成によって、さながらクラスメイトの粗を探して先生にチクって糾弾するかのような学級会のノリが開催された事から〝国家の学級化〟と呼称されます。
「次は山本さん……他に何があるのか教えてください」
「……過剰配慮につけ込んだ宗教による、文化侵略だと思います」
「ほぼ正解ですね。キリスト教団体の過激な漫画雑誌やアニメーション等の創作物に対する表現規制のロビー活動……当時のムスリム同胞団のイデオローグは異教の国に移住し、そこをイスラム化することを積極的に奨励していました。静かなるジハードです」
まあ、布教により他文化圏を取り込むのはキリスト教やイスラム教に限らず、宗教の本質だとは個人的に思ってはいますが……当時のアメリカでは「メリークリスマス」という単語が言えなくなったり、日本でも「授業で大仏の絵を描かせるのは差別」だとか「特定の授業を受けない権利を」「給食にハラールを」「六芒星はユダヤ教のシンボルなので創作物に載せるのは禁止」等など……既に色々と民間から攻勢が始まったいたようですね。
我が国ではケルトの収穫祭やキリストの誕生等、他国の文化を「取り入れ来た」ようですが、二十一世紀になると「取り入れざるを得ない」という状況になっていたようです。……でないと他の先進国から「配慮がなっていない」「人権後進国」などと叩かれてしまいますからね。
元々日本はアジアの国という事で、欧米諸国や在欧日本人からは「東洋の遅れた国」を見下すような差別的オリエンタリズムへの需要が根強く、〝国家の学級化〟によって自国内のマイノリティを指して笑うようなエンターテインメントが出来なくなった反動もあってなのか、「遠くのよく分からないけど、遅れている国」をスケープゴートにするのが流行ったようです。……元々「少数派を叩くのはダメ」ですが、「何か失敗した人を叩くのはOK」という空気感だったらしいですから、日本を叩くのはセーフだったようです。
「その様な真綿で首を絞めるかの如く、ジワジワと息苦しさを増した社会に於いて、マイノリティ等知らないとばかりに『最大多数の最大幸福』や『自国ファースト』を掲げる政党が台頭して来ます。
ですがまだこれは
やっと授業が終わりましたね、私自身も真面目に聞く必要も無いのですが……授業中は他にやる事も無いので仕方がありません。
……ですがそうですね、この頃の歴史は「強い者いじめ」なんていう言葉が作られるくらいには歪な社会だったようですので、また家で資料を調べてみれば他人の感情を理解する切っ掛けにはなりますかね? そうでなくともゲームの『遊び』には活かせるでしょうか?
「……そういえば、クレープってカード使えましたっけ?」
まぁ今はそんな事よりも放課後の舞さん達との約束の事です……一緒にクレープを食べる約束をしましたが、生憎と今日は現金を持って来ていません。
カードでも買えると良いのですが──いえ、そういえば今日は結城さんの奢りでしたね。……たまには友人に……えぇ、友人に甘えるとしましょう。
「……確か貸し借りを繰り返すのでしたか」
母が生前に言っていましたね……『友人とは貸し借りを繰り返して信頼と信用を積み重ねるものなのだ!』、と……であるならば、今回は結城さんに〝借り〟て、次の機会に返済しつつ〝貸し〟つければ良いのでしょう。
……同年代の男の子が喜ぶ物が分かりませんね? 舞さんにでも聞いてみますか。
「……」
ちょうど担任の机の椅子に勝手に座り、教科書を読むフリをしながらチラチラとこっちを見ているようですしね……多分他に用事がある訳でも暇な訳でもないでしょうから、今話し掛けても別に構わないでしょう。
「……それにしても」
……クレープって、あんなに美味しくてまた食べたくなる様な物でしたっけ?
▼▼▼▼▼▼▼
▼後書き▼
念の為に言っておきますが、作者である私自身の政治思想なんかをキャラに代弁させている訳ではありません。
現実と創作物は違いますので、「ジェノサイド・オンラインの世界の歴史ではこうなんだなぁー」程度にお受け取りください。
そして現実と創作物が違うように、作者と作品も別物ですので、そこのところよろしくお願いします。
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