第184話七夕外伝.天の川に流す便り

「あ、そういえば七夕か……」


「あ、本当だ」


いつも通りに結城さんと舞さんと下校途中、通り道である商店街で舞さんが何かを見つけて呟き、その視線を辿った結城さんも何かに気付きます。

舞さんの単語から凡そ何を見つけたのかは把握出来ていますが、二人が見つめる先を見れば……たくさんの短冊が吊るされた、結構な大きさの笹飾りがありますね。


「ね、ね! 100円で短冊を飾れるって! やってみない?」


「僕は良いけどさ……舞ってば、両手に買い食いしてるやついっぱい持ってて書けるの?」


「……か、書けるし?」


まぁ確かに舞さんは下校途中にあったコンビニでからあげサンを買い、屋台のクレープを食べて、商店街に入ってからも、惣菜の匂いに誘われてフラフラとコロッケやたい焼きなんかを購入していましたね。

今も両手にドッサリという擬音が聞こえて来そうなほどの量の食べ物を抱え込んでいますね……食べ切れるのでしょうか?


「だいたいそんなに買って食べ切れるの?」


「……た、食べ切れない事もない」


「ほーん……残したら罰ゲームね」


「なっ?! そ、それはおかしい! ダメ、ゼッタイ!」


クスクスと笑う結城さんに慌てながら反論し、急いで焼き鳥や牛串を頬張る舞さんですが……身体に比例して口も小さいのに、あんなに頬張って大丈夫なのでしょうか?

……喉に詰まったら面白そうですね。


「……減らない」


「そりゃ、そんだけ買えばね……」


「……ん!」


「……なに?」


「ユウも食べるの手伝って! 私の奢りだから!」


「……仕方ないなぁ」


舞さんに差し出されたたい焼きを、渋々といった様子で食べる結城さん……そこはもっと「ちゃんと食べろ」、みたいな事を言って煽るべきでは?

食べ切れなかったら罰ゲームだと言い出したのは結城さんですのに……一貫性がないですね。不思議です。


「玲奈さんも良かったらどうぞ!」


「……頂きます」


……別に私は舞さんと競っている訳ではないですからね、決して小腹が空いた訳ではないですが、ご厚意は素直に受け取るもの……らしいですからね。

…………このシュークリーム、甘くて美味しいですね。


「ふぅ〜……よし! 手が空いたし、早速短冊に願い事を書きに行こう! 玲奈さんも書きますよね?」


「……私は別に構いませんよ」


「やったー!」


こんな事で喜ぶ舞さんを見て、『普通』はもう少し感情豊かで、それを隠す事はしないのかと観察しながら思案します。

……あ、舞さん口元に食べカスを付けていますね。そのまましゃがみ込んで舞さんと目線を合わせます。


「うぇっ?! れ、玲奈さん急になにを──」


「──食べカス、付いていますよ」


慌てる舞さんの頬に左手を添えて、右手で食べカスを取って母が私にしてくれた様にそのまま食べます。

舞さんが完全に顔を赤くして呆然とするのを見て、そういえば今日も特別暑くて湿度が高い事を思い出します……まだ七月だと言うのに、過ごし辛い気温です。

汗も結構出ていますし、帰ったらゲームの前にシャワーですね。


「ですがその前に短冊でしたね」


まぁ先ずは舞さんの言う通り、短冊に何か適当にそれっぽい願い事でも書いてからですね……隣に居る結城さんにも声を掛けておきましょ──


「美少女の百合キタコレ! 舞も隅に置けな──し、死んでる……」


──なにやらまた理解の出来ない事を口走ってますので、放置で良いでしょう。

彼はいつも気が付けば勝手に興奮し、勝手に落ち込んでいますからね、今さら気にしたところで無駄です。


「すいません。短冊を一枚ください」


「願い事が叶うと良いですね」


恐らく自治会の人でしょう、お姉さんから100円と引き換えに、笑顔でそんな言葉と共に短冊を手渡されます。

胸ポケットからペンを取り出し、さぁ書こうというところで──はた止まります。


「……」


困りましたね。舞さん達に付き合う形で、適当に願い事を書けば良いと思いましたが……その適当な願い事が思い浮かびません。

こういう状況下で、特に叶えたい願いもない場合、『普通』の人はいったいどんな事を書くのでしょう。

……あんまりおかしな事を書いて、変に思われても面白くありませんからね。私は現実ここではなるべく生きやすい様に擬態しなくてはなりません。


「あ、僕たちにも一枚ずつください!」


「な、何をお願いしよっかな〜? (ドキドキ」


私が悩んでいる間にもお二人共に、正常に戻ったようでなによりです。

舞さんが未だにモジモジとして私をチラチラと見てくる理由に心当たりはまったくありませんが……まぁ良いでしょう。


「ていうかさ、今思ったんだけど本当に天の川に流れて願い事が届くの?」


「言い出しっぺの舞がそれを言うの?」


「いや、だって気になったんだもん……」


うーん、ここは無難に『綺麗な天の川が見られますように』……でも良いですかね?

『普通』の人は会話のネタに困った時に天気の話をすると聞き及んだ事がありますし……それの派生で、おかしくはないでしょう。


「うーん、天の川って死者の通り道って説もあるし、ご先祖さまが拾って叶えてくれるって思えば?」


「そうなの?」


「天の川の彼岸には死者の国が……天帝の娘である織姫が居る西の方だね、そこに広がってるっていう話だよ」


「へぇ〜、さすがオタク。初めて知った」


「一言余計なんだけど」


……それは初めて知りましたね。地方の言い伝えとかでしょうか?

超情報化社会となって何世紀か経つ今でも、こうした地方の風習や言い伝えレベルの話になると、ネットで調べても出てこないか、かなり下層の方まで掘らないといけませんからね。


「確か天の川を挟んで彦星が東、織姫が西なんだっけ?」


「そうそう、西には阿弥陀仏の治める極楽浄土がある……っていうのと合わさって、短冊に書いた願い事は天の川を流れて西の極楽浄土に居るご先祖様に拾われるっていう」


「ほへ〜」


……なるほど、そういう事なら書くことは決まりですね。さっさと書いてしまいましょう。


「まぁいいや、普通に『宝くじが当たりますように』っと」


「教えた意味……夢もロマンも無いし……」


「うるさーい! ……玲奈さんはなんて書きました?」


短冊に書き終わったのと同時に舞さんがひょっこりと覗き込んで来ますので、見易いように傾けてあげます。

チラっと結城さんの願い事を横目で確認しましたが、『魔法少女マジカル☆ルーナの三期希望』と書いてましたね……アニメでしょうか?


「……玲奈さん、これ願い事じゃありませんよ?」


「……あ、本当だ」


ローツインテールを揺らしながら首を傾げ、疑問を口に出す舞さんとその声に反応した結城さんまで覗き込み、同意します。

まぁ確かに、自分でも願い事……というと首を傾げざるを得ません。


「これで良いんですよ」


「そうですか? ……まぁ玲奈さんが良いなら、私は構いませんけどね!」


「じゃあ、早く飾ろうか」


笑顔の舞さんと苦笑する結城さんに促され、大きな笹飾りにそれぞれ短冊を飾っていきます。

……思えば、こんな『普通』の行事に参加するのなんて、母が死んでから全てスルーして来ましたね。


「よし! じゃあ帰りましょうか!」


「そうですね」


「帰ってもまたゲームで顔を合わせるんですどね」


「なにー? 不満ならユウだけ来なくて良いんだよー?」


「検証班の集まりもあるし、僕は別にそれでも良いよ?」


「……ばーか」


「……ごめん」


また何やらじゃれ合っている結城さんと舞さんの数歩後ろを歩きながら、ふと空を見上げてみます。

……まぁ当たり前の事ですが、高い青空に厳しい陽射しが刺すように降り注ぐのみで、天の川は見えそうにありませんね。無事に届くと良いのですが。


「まぁ仕方なく? どうしてもって言うなら? 新しく発見したダンジョンに誘わなくはないけど?」


「お願いします舞さま! ダンジョン攻略に連れて行ってくだせぇ!」


「でも検証班の集まりがあるんでしょ〜?」


「新しいダンジョンなら検証すべき事も多いはず! 彼らも分かってくれるさ!」


「……仕方ないなぁ」


「ありがとうございます!」


「……ふふ」


目の前の彼らのやり取りと、思わず無事に届くと良い・・・・・・・・、なんて確実性もないアバウトな祈りなんて……それもただの迷信のための祈りなんて、全くもって自分らしくない思考に思わず笑いが漏れます。


「絶対にビックリするから! 本当に凄いんだから!」


「わー、楽しみだなー」


「……なんで棒読みなのよ!」


「だって、感想が全部KONAMI感なんだもん」


「うるさい! 私は小学生じゃない!」


母も熱心に何かに祈ったり、神頼みをする事が多かったですし、別に良いことなのかも知れませんがね……好みではないですが。

とりあえず、白熱して周囲の目線に気付いていないお二人さんをそろそろ止めるべき……ですかね?




───────『私は元気です』

                 一条玲奈


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