第176話第二回公式イベント・collapsing kingdomその8

「兄貴」


「……行ったか」


頭を掻き毟りながら重要書類にサインしていると、マフィア時代からの部下が心底安堵した表情で声を掛けて来たのを見て……あの狂人共が去っていた事を悟る。


「それと、広場の住民から変な人達が居たと​……」


「……どうせアイツらだろう、原因去ったから解決で良い」


「了解しやした」


はぁ……あの頭イカレポンチ女だけでも手に余ると言うのに……周辺諸国が全て敵なこの状態で、殺しても復活し、ある程度以上の戦力が見込める渡り人が味方してくれるのは心強い、が! ……それでも『普通』が良かったッ!!


「……ちなみにアイツらは何処に向かった?」


「それが、その……」


「なんだ、ハッキリ言え」


まったく、どうせこの国に隣接する小国の内のどれかだろう。

あの女から当初渡された計画書に拠れば……まず隣接する小国を順繰りに飲み込み、ある程度の国力を付けてから謀略により王国と帝国を再度争わせ、その二国の横腹を突く形で王国と帝国の領土を掠め取り漁夫の利を狙う……そしてこの大陸西部に二大国体制ならぬ、新たな三大国体制による絶妙なバランスを保つ事で恒久的な平和を維持し、やっと一息付ける……という計画だったはず。


「向かった方角にある小国で計画の進み具合が​──」


「​──全員で王国にカチコミに行きました」


「なんでなんだよッ!! もうッ!!」


レーナお前この野郎ッ!! お前が自分で計画し、満面の笑みで俺に語ったんだろうが?! この計画書はなんだ?! ただのゴミか?! ゴミなんだろうな!! クソッタレ!! そのまま計画書を床に叩き付け、踏み付けながら頭を掻き毟る。


「あ、兄貴落ち着いてください!」


「うるせぇ! そんな事よりもカフェインだッ!!」


「コーヒーならここに……」


「……ズズっ」


部下が淹れてくれたコーヒーを一口含む事で落ち着きを取り戻し、椅子に座り直す……少し不満のある淹れ方だが文句は言うまい、コイツはお茶汲み係ではないのだから。……しかし全員で王国にカチコミなど、どうすればいい?


「クソッ……なんの為に少ない国庫から兵士を準備したと​──」


「​──その兵士の大部分を引き抜かれました」


「なんでなんだよッ!! もうッ!!」


レーナお前この野郎ッ!! それは大事な戦力だろうがぁ?! わざわざ国力の大部分を残した王国に突撃させて、無駄に消費していい人的資源じゃあねぇんだぞ?! ……クソッタレ、この国は建国したばかりで経済基盤はガタガタ……王国と帝国の両方に敵視されているのに、未だに小国でしかないんだぞ? ……お前らが居ない間の守りはどうするつもりなんだよ。


「あ、兄貴落ち着いて下さい!」


「うるせぇ! そんな事よりも噂を流せ! 〝バーレンス王国が一部隊を率いて王国を強襲、後に敗走するフリをして待ち伏せした大部隊でエルマーニュ王国の主力を撃破するつもり〟だとなぁ!!」


「コーヒーならここに​──え?」


「早くしろッ!!」


「り、了解しやした!」


急いで部屋を出る部下の背を見ながら胃のあたりを抑える……クソッタレ、ストレスで胃に穴が開きそうだ。……だがこの工作が上手くいけば少なくとも、今この国が無防備だとは思われない……それどころか、さらなる大部隊が待ち伏せしているとなれば、漁夫の利を狙うアホ小国も警戒して迂闊に攻めては来ないだろう。


「……しかしながら領主様、それでは間者が湧きそうですが?」


前バーレンス伯爵から付けられた文官が、そう俺の背後に立ったまま進言する……確かに軍を動かせないとなれば、事実確認の為にも諜報員を送ってくるだろうし、それこそ渡り人等の手練なんかを暗殺者として派遣してくる国が大半だろう。だが​──


「​​​──ふん、俺の出自を忘れたか」


「……要らぬ心配でしたな」


俺はこの『バーレンス辺境領』を本拠地として、王国と帝国を股に掛ける巨大マフィア……俺たちが居る限り、〝一般人は月の光を拝む事が出来ない〟とまで言われたムーンライト・ファミリーの幹部だぞ?


「暗殺や諜報、実に結構……相手がわざわざ俺たちの土俵に上がってくれるなら文句はない」


「へへっ」


「兄貴かっけぇ!」


「『……』」


マフィア時代からの部下がニヤニヤと下品な笑みを浮かべながらおべっかを使い、領主になってからの文官や武官が黙って口を噤む。……そういや昔はバーレンス辺境騎士団の首も落として回っていたし、もしかしたらその中にコイツらの同僚も居たかもな。


「……それに今は領主じゃない、国王だ」


「……失礼致しました」


「……本意じゃないがな」


あのクソ女に押し付けられた厄介な役職だがなッ!! ……クソ、天下のムーンライト・ファミリーが女一人に翻弄されるとはな……何をしでかすか予想が出来ず、なおかつ行動が速すぎて対応が追い付かん……それに加え組織でもなければ、身内も居ないから搦手も使えず、渡り人であるために物理的に消す事も出来ん……渡り人はまさに疫病神だな、復活しやがるし。


「兄貴! 手配が済みました!」


「……そうか、ついでにこの国にも来たようだな」


「は? ​​──ガッ?!」


「『ッ!!』」


嘘の噂を流す手配を終えた部下が首に良い一撃を貰って崩れ落ちる……それに対してこの場にいる残りの部下と武官共が一気に殺気立ち、文官共が避難を開始する。……少しは主人である俺を逃がす努力をしろと言いたいが……奴らにしてみれば都合良く俺が死んでくれた方が良いのだろうな。


「……大丈夫だよ、命までは取ってないから」


「……それはどーも、どこぞのクソ女とは違ってお優しんですね!」


同じデザインの騎士鎧を着込んだ集団の先頭に立つウェーブのかかった水色の髪を、後ろに無造作に縛ったいけ好かねぇ美形の男が甘い言葉を吐き、それに対して八つ当たり気味に応える。


「僕は皇国神聖騎士団のギルマス……団長を務めているスメラギって言えば分かるかな? 一応マリアちゃんと一緒に王女様を取り返すべく、貴方達と戦った事もある」


「ハッ! 野郎の顔なんざ覚えてねぇよ、失せろ」


勿論あのクソ女に領主館を爆破する口実を与えやがったクソ野郎共を忘れるはずもない……が、マトモに取り合うつもりもない。


「……手荒な真似はしたくないから、大人しく借りられてくれると有り難いんだけど」


「おい、コーヒーが切れた」


「へい、どうぞ」


「……」


重要書類は文官共が持って行きやがったので、さほど急ぎではない書類に目を通してサインしながら、部下にコーヒーのお代わりを要求する……まったく、支部に勤務していた召使い奴隷のシファニーなら言わずとも黙って淹れてくれるのに。


「僕が用があるのはエレンさん、君なんだ……だから貴方さえ大人しくしてくれれば平和に終わるんだ」


「ここはガキの遊び場じゃない、失せろ……おい衛兵は何をしている? さっさとボールを渡して公園の場所を教えて差し上げろ」


態とらしくため息をつし、肩を竦めて見せれば部下がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながらゴムボールを取り出してスメラギとやらに投げ渡す……そのまま別の部下がゆっくりとした口調で公園の場所を教える。


「……生憎と、僕はボール遊びは好きじゃない」


「おっと、ソイツは失礼……ナヨっとした面してやがるからてっきり玉遊びが好きかと思ったぜ! おーい! 乳母か娼婦を紹介しろ!」


「『ギャハハハハ!!』」


「……下品な」


遠回しに〝え? お前そんな女面しておいて男色じゃないの? それはすまん、ミルク母性おっぱい性欲はどっちが好き?〟と煽ってやる……まだ大人になっていないから少年顔なだけかも知れないからな。そんな俺の煽りを聞いて部下達が下品な笑い声を上げ、スメラギがこめかみに青筋を立てる。


「……僕が用があるのはエレンさんだと​​──」


「​──やっぱり玉遊びが好きなんじゃねぇか! 俺にそっちの趣味はないぞ!」


「『ギャハハハハ!!』」


「……」


あー、早く帰ってくんねぇかなぁ……こっちは問題児達が広場で起こした騒ぎの後処理も含めてまだ仕事が終わってねぇんだよなぁ……部下達が楽しそうなのは良い事だが。


「だってよ坊ちゃん! 兄貴にフラレちまった​──ブガッ?!」


「『……』」


「……出来れば手荒な真似はしたくない」


「……ズズっ」


馬鹿な部下の一人がおふざけの延長で安易にスメラギに近付き、顔面に一発貰う事で気絶する……油断してんじゃねぇよ……シラケちまったじゃねぇか。


「この警告が最後になります……大人しく来てください」


「失せろ。この言葉が最期になる」


コーヒーを飲み干し、カップをソーサーに置きながら目の前の男……スメラギを威圧を込めて睨み付ける。……まぁ良い、書類仕事ばかりじゃ身体が鈍るし、あのクソ女から齎されたストレス発散に丁度いい。


「……後悔しないでね」


「生憎と、生涯で後悔した事は一度しかない」


「そう……じゃあ僕で二度目だね」


「生憎と、生涯で同じ過ちを犯した事は一度もない」


さて、人数差的にはこっちが圧倒的に不利だが……どう料理してやろうか。


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