第169話第二回公式イベント・collapsing kingdom

「行ってきますね? お土産、期待しててください」


「ハハッ……いってらっしゃい」


何やら元気の無い様子のエレンさんに見送られてハンネスさんと一緒に『始まりの街』を出ます。イベント専用UIには今現在戦争中の……つまり借りて来る事のできる国の要人の一覧とその居場所が載っていますね。


「……なぁ、俺の勘違いじゃなけりゃこの国……周辺全てと喧嘩してねぇか?」


「そうですね、昨日宣戦布告しておきました」


「……あ?」


なぜか口を開けたまま固まってしまったハンネスさんに首を傾げながらさらに見ていくと……『ペアとの距離──あと──離れると失格』との文字が見えますね? ……なるほど、ペアとの距離が離れすぎるとダメなんですねぇ……規定の距離を離れても少しの時間は猶予が与えられるみたいですが、およそ三十秒ほどですね。


「さぁ急ぎますよ、じゃないと数多のプレイヤーからエレンさんが狙われてしまいます」


「そうしたのはお前じゃねぇかッ?!」


「? なにを怒鳴っているんです?」


何がそんなに気に入らなかったんでしょうか? どうせ最終的には狙われるのですから、周囲諸国にこちらから宣戦布告していた方が早いではないですか……確かにリスクは高まりますが、その方が楽しいですし。


「はぁ〜、もういい……ちゃんと計画はあるんだろうな?」


「もちろんです。……ポン子さん、お願いします」


「……なんだ、これ」


ハンネスさんの目の前でポン子さんを軽く投げ、空中で大型二輪車になって着地します……微妙にポンコツな彼女は五回に一回は失敗しますが、今回は大丈夫だったようですね。


「さ、ハンネスさんも後ろに乗って下さい」


「だからこれ……」


「? ポン子さんですよ?」


「いや、知らねぇよ」


ポン子さんに跨ってから少しだけ前にズレ、出来た後ろの空間を軽く叩いてハンネスさんを促しますが……口元を引き攣らせ、呆れた目で見られてしまいます。……そんなにおかしかったでしょうか? やはりポン子さんはポンコツですからね、少しだけ不格好な大型二輪車だったのでしょう。


「さぁ早く乗って下さい。これでドンドン要人を借りに行きますよ」


「……そうかい」


「? なにやらお疲れですね?」


「おめぇのせいだよ……ったく、しゃあーねぇーなぁ……」


どうしたと言うのでしょう? VR酔いか何かでしょうか? 既にお疲れの様子のハンネスさんが本当に渋々といった様子で私の後ろに跨ります。


「じゃあ振り落とされないように私に掴まってて下さい」


「……」


「ハンネスさん?」


さぁ行きますよとハンドルを握りながらハンネスさんに呼び掛けますが……返事が聞こえませんね? 振り返って彼の顔を見上げてみますと……なにやら微妙な表情ですね。


「……どうか、したのですか?」


振り返ってハンネスさんを見上げたまま、さらに首を傾げ、彼の胸に手を当てながら聞いてみますが……なにやらあっちこっちに視線を彷徨わせて挙動不審なってしまいましたね? そんなに言いづらい事でしょうか?


「いや、お前これ……抱き着いてセクシャルガードとかに引っかからないか?」


なんですか、そんな事を気にしていたのですか……別に戦闘中に胸を殴られる事も普通にありますし、その気があるかどうか、意識しているかどうかではないですか?


「…………エッチな事するんですか?」


「バッ?! おまっ! しねぇよ、バァーカッ!!」


「冗談ですよ」


「シャレになんねぇんだよッ!! ……ったく」


少しだけ悪戯を思い付いたのでその場で眉尻を下げながら両手で自身の肩を抱き、背を反らしてハンネスさんから少しだけ距離を取りながら問えば……物凄く慌てた彼が強く否定しながら私に手を伸ばしてきます。……ふふ、少しだけ揶揄い過ぎてしまいましたか……ハンネスさんに限ってそんな──


──バチンッ!!


「「……」」


…………弾かれて、しまいましたね? どうしましょう……ハンネスさんが絶望的な表情をしていますね? まぁ客観的に見たら彼が私にセクハラしようとして防がれたようにしか見えませんしね。


「……………………エッチな事、するんですか?」


「お、お前が変に意識させるからだろッ?!」


「ふふ、冗談ですよ」


「本気でシャレになんねぇんだよッ!! やめろよなッ!!」


あらら、あのハンネスさんが涙目になってしまっていますね? ……ふむ、『普通の友人』は冗談を言い合うものと聞き及びましたが……人によってダメなものもあるのですね。……とりあえず糸を伸ばしてハンネスさんを引き寄せ、私に縛り付けます。


「──おわっ?!」


「これなら……私から触れた事になるので、引っかかりませんね?」


「……あんまり他の奴らにホイホイそんな事すんなよ?」


「? なにがですか?」


密着状態ですので振り向く事が出来ず、ハンネスさんの胸板に頭頂部を擦り付けるようにして彼の顔を見上げながら問い掛けますが……『なんでもねぇよ!』と一言発したっきりそっぽを向かれてしまいましたね。……まぁいいです、これで出発できますね。


「では行きますよ!」


「……おい、安全運転で頼むぞ」


「大丈夫ですよ、ゲームなので死ぬ事はありません」


「……………………おい?」


そのままハンネスさんの制止を振り切ってポン子を走らせます……影山さんの『影操作』で前方に伸ばした影に《物質化》を掛ける事で擬似的に整地を行い、《浮遊》で摩擦係数を減らしてから《噴射》や《追い風》等をポン子さんの後方で発動させて爆進しますッ!!


「まてまてまて、待っ──」


『始まりの街』周辺の草原エリアから飛ばして間もなく農村エリア──今は廃村エリアでしたか──に辿り着き、今も流れる矢の様に周囲の景色を置き去りにしながらかっ飛ばして行きます。


「──ァァァァァアアアアアア」


まずは周辺の雑多な小国をいくつか潰しておきましょう、邪魔ですからね……国境を接する国が減ればそれだけエレンさんを襲うプレイヤーの総数も減りますし、良いことだらけです。


「──ァァァァァアアアアアア」


『バーレンス王国』に接している小国は帝国から独立した雑多なものが殆どですし、このまま南に飛ばしましょう。……ほら、もう森が見えてきましたよ。


「──ァァァァァアアアアアア」


「……ハンネスさん、五月蝿いですね」


いつの間にか糸で縛られているだけでなく、私の首元に腕を回してあすなろ抱きのような格好になっています……セクシャルガードが反応していないところを見るに、特に意識はしていないのでしょう。


「──ァァァァァアアアアアア」


「……絶叫系が苦手なのでしょうか?」


その可能性は高そうですね……いつもゲームで飛び回っている気がしますが、自分で動くのと、自分の意思に関係なく振り回されるのとでは違うとどこかで聞いた事がありますし……多分それでしょう。


「──ァァァァァアアアアアア」


「……ふふ、なんだか可愛く聞こえてきました」


あの乱暴な口調なハンネスさんが、私の運転で絶叫を上げていると思うと……この叫び声も騒音ではなく、可愛く聞こえてくるのですから不思議なものですね。


「──ァァァァァアアアアアア」


「……ふふ、もうすぐ着きますからね?」


まぁ、あんまり虐めすぎてイベント中に倒れられてしまっても困りますので程々に……そう、程々に悪戯しましょう。……このイベントの楽しみがまた一つ増えましたね?


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