第164話一条直嗣の胃痛
「うぼぁ……」
「……」
爺やの運転するリムジンに揺られながら僕は情けない声を出す……あぁ鬱だ、本当に嫌だ、吐きそうだ。なんたって僕が本家の跡取り候補に上がるんだよ……本家には優秀な玲奈嬢に人柄になんの問題もない小鞠ちゃんや正義くんも居るじゃないか。
「んふ〜んふっふっふ……」
「……坊っちゃま」
おっと、あまりの気の抜けた声に爺やがバックミラー越しに僕を睨んでくる……イヤだって仕方がないだろう? 僕があの家で上手くやれるとでも思っているの? 爺やも無理だと思ってるよね?
「だいたいなんで分家の僕が本家の跡取りなんかに……親父もなんで許可出すのさ〜」
「……本家には本家の考え方があるのでしょう、旦那様にも然りです」
くっそが〜、僕なんて少し変な趣味があるだけの凡人だよ? なんでなのさ、なんで僕なのさ……はぁ、こんな事なら優秀アピールなんて止めとけば良かったかな……人に良く見られようとした結果として、一番嫌な人の目に留まっちゃった。
「……あまり本家では変な趣味は出さぬよう」
「……分かってるさ、本家入りしたらゲームで発散するよ」
ぬぐぐ、爺やにも釘を刺されてしまった……まぁ僕の趣味がバレてしまったらどんな目にあってしまうのか。……案外なにも言われずに実家に送り返されるだけかも知れないけど、僕にも今まで積み上げてきたイメージというものがあるし……今さら実家に送り返されても家督を継げる訳でもないし。
「そろそろ着きますぞ、復習はよろしいですかな?」
「げっ! もう? ……早いよ〜」
「……坊っちゃま」
「……分かってるって」
分かってはいたけど、はぁ……同じ都内を車で移動しているんだから早いに決まってるよね。クソう、本家に着く前に復習しなくちゃいけない……あぁ面倒臭い。
「どんな質問をされても良いように、一条直志様と同じ意見が言えるようにしておいて下さい」
「へいへい……今関心があるのって難民問題とAI人権問題だったかな?」
難民問題なぁ……ただ単に石油に拘った時勢の読めない無能な国と単純に核融合技術のない哀れな後進国から溢れる問題だったかな? ヘリウム3から作り出されたエネルギーを大国から輸入するだけならまだ良いけれど、大国にライフラインを握られているという恐怖や不満、安全保障上の問題、それらが爆発し、国民の自主自立の精神の膨張と自国政府への不満の爆発……思想を先鋭化させるインターネットの影響もあって国内世論の分裂により、次第に民族対立、宗教対立へと発展。……特に酷いのが中東で、それまで産業の柱であった石油産業の需要激減による財政悪化。それによって過激化する民衆を抑える治安維持の予算も厳しく、国連や日本単独による財政支援も焼け石に水……そのまま政府側を支援する米国と反政府を支援する中国の代理戦争の様相を呈して来る……その結果発生した難民が日本を含めた先進国に受け入れを求め、EUも日本に受け入れるように政治的圧力を掛けてきていると……。
「……多分『受け入れない』で動くんじゃないかな? あの人保守派だし、そもそも日本に難民がすむ土地なんてないよ」
「……左様で」
この狭く、平野も少ない国土に約二億一千万人もの人口が居るんだ……大規模な難民の受け入れなんて治安の悪化と日本人の雇用を減らすだけでなんのメリットもない。強いて言うならEU辺りから褒め称えられる事かな? ……あほくさ。
「AI人権問題は……案外『賛成』かもよ? あの人自身がロボットみたいなものだし、実際に好きでしょ?」
「坊っちゃま!」
「……悪かったって、そんなに睨まないでよ」
「……ご本人の前ではその話題は出さぬようにお願い申し上げます」
実際のところどうなんだろうなぁ……いくら玲子さんが大好きだったからって仕事に私情を入れるような人じゃないし、そうだったらロボットみたいな人なんて評価はされてないし。……この問題に限っては読みづらいなぁ? 『普通』に考えれば『反対』なんだけれどね……。
「そうだな……この問題はたとえ直志さんが『賛成』でも『反対』の立場を取っておこうかな?」
「……理由を聞いても?」
「僕には『賛成』する理由がないからさ」
『普通』に考えてAIに人権を付与するなんて頭がおかしい……そんな事をしてしまったら戦争の規模にも関わらず戦死者が三桁で終わった第四次世界大戦の戦死者が跳ね上がる。……そうなったら遺族は誰になる? 開発者か? 遺族年金等は払うのか? もう何十年も前の戦争の補填を今からして間に合うのか? それ以前に地雷原の掃除や宇宙開発、除染作業等……生身の、人権がある人間にやらせるには大変な仕事をAIが肩代わりしている。
「それに下品な話になるけど、AIが異常性愛者の捌け口になっている」
「……」
「リョナラーや小児性愛など……これでAIに人権を付与する理由がある? ないでしょ?」
いくら日本が憲法で様々な自由が保障されていて、アメリカよりも自由な国家といっても相手から同意を得られなければ意味がない……そんな彼らに現実の人間よりも人間らしい
「僕には玲子さんは居ないんだよ? それなのに『賛成』の立場を取ったら、それこそ無能だとして排除されてしまうよ」
「……左様で」
『普通』の優秀な人なら確実に『反対』に回る問題……一部の人気取りや先鋭化した思想を持っていない限りは、ね……それなのに『賛成』の立場を取ってしまえば無能、おべっか、過激思想の持ち主として、自分と同じ立場であろうと直志さんは排除するだろう。
「……まぁ直志さんが『賛成』の立場と決まった訳ではないけれど、念の為にね? この問題に関しては自分の意見を押し通す方が良いと思うよ」
「……坊っちゃまの正しいと思うように」
まぁ最近なにかと話題で高確率で意見を聞かれそうな問題はこの二つが一番大きいかなぁ……でも他にも抜き打ちでテストされるかも知れないし、残された短い時間の内に復習しておかないとな。……超面倒臭い。
「……帰りたい」
「坊っちゃま……」
「分かってるよ、でも嫌なものは嫌なんだよ……」
うぅ、本当に嫌だなぁ……直志さんだけでなく玲奈嬢も苦手なんだよなぁ……。あの娘、とても綺麗で可愛い顔している癖にとんでもない『異常者』だし、何をしでかすのか予測できない……そのくせ寂しそうな雰囲気が漏れ出てて人の目を惹き付ける。……本当にタチが悪い親子だよ。
「……ストレスで胃に穴が開きそう」
「……坊っちゃま」
あぁ、胃が痛い……僕は車に揺られながら胃を抑え、この後から始まる過酷なストレス生活を思う……本当に鬱になる。これはゲームで趣味を満喫して発散するしかないな。
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