第163話一条玲奈の日常その8
「れ〜なさんっ!」
「……舞さん、ですか」
驚きましたね、まさか屋敷の敷地から出て直ぐに舞さんと出くわすとは……どうやら門の前で待っていたようですね? 後ろに所在なさげにして結城さんも居るようです。
「……一緒に学校まで行きません?」
「構いませんよ」
まるで『ぴょん!』という漫画的な擬音が付きそうな動作で私の背後へと移動し、そのまま袖を掴んで横から覗き込んできながら、一緒の登校を提案する舞さんに承諾の返事を返し、歩き出します。
「……その、玲奈さん」
「? なんですか?」
いつもと変わらぬ風景の通学路を結城さんと舞さんと一緒に三人で歩いているところで、再度話しかけられてしまいましたね。わざわざ家の前で待っていましたし、何か大事な話でもあるのでしょうか?
「その、えっと……最近なにか悩みとか……あったりしませんか?」
「悩み、ですか……」
丁度良い位置にある舞さんの頭を撫でながら考えます……私的には普段通りのつもりでしたが、何か不審な点でもあったでしょうか? それとも……あぁ、もしかしてこの前の双子の件ですかね? 舞さんもそれとなく把握しましたか。
「うへ、うへへ……」
「そうですね、今は特に──大丈夫ですか?」
「──ハッ?!」
今は特に問題ないですよ、と伝えようと舞さんの方に顔を向けたのですが……なにやらだらしのない表情でトリップしており、思わず撫でていた手を離します。……まだ眠たいんですかね?
「だ、だだだ、大丈夫ですッ!! なにも問題はありませんッ!!」
「……そうですか?」
必死に弁明している舞さんですが、時折チラチラと私の手を見てきますね……もしかして頭を撫でているのがそんなに嫌でしたでしょうか? それとも変な電波でも出ていましたかね?
「…………ぶふっ!」
「……てめ、こら、なに笑ってんだよ織田ァ!!」
「いやだって、こんな……ブフォッ!」
「あぁーー!! 織田がまた笑ったぁーー!!」
おやおや、また彼らのいつものじゃれあいが始まってしまいましたね? もはやこれを見ないと一日が始まった気がしないくらいですね、本当に見ていて飽きません。『普通』の喧嘩とはこういうものらしいです。
「だって舞の表情がだらしなくて……ぶふっ!」
「そ、そんなに変じゃないからッ!!」
「いやぁ、アレはない……うん、ないね。あまり外で人に見せない方が良いよ?」
「キィッー!
結城さんに両の頬を引っ張られてしまい、舞さんが情けない表情になり、声も上手く発音できていないですね……舞さんも反撃しようと手を伸ばしますが、まったく身長が足らずに当たっていません。
「……さすがに可哀想になってきたから、昼休みに牛乳奢ってあげるね」
「
「…………うん! 何言ってるのか分かんないや!」
「キィッー!」
身長と腕力が足りないという事はここまで好きなようにされてしまうのですね……私はどうでしょう? 女子の平均よりもほんの数センチ程度高いくらいですし、筋力も井上さんが居れば問題ありませんし大丈夫ですかね? ……変態紳士さんの時はなぜか職務放棄をしましたので、微妙ですかね。
「「あ」」
「? ……あぁ、おはようございます」
結城さんと舞さんの微笑ましいやり取りを眺めながら歩いていますと、重なった男性の声が聞こえてきます……そちらに振り返ればハンネスさん達が居ますね。挨拶しておきましょう。
「お、おう……」
「……ぷふっ!」
ふむ、ハンネスさんらしく素っ気ない返事ですね? 私は別に構いませんが……その対応にケリンさんが笑い、そんな彼をハンネスさんが小突くという……やはり『普通』の友人とはまず笑って小突かれるものなんでしょうか?
「ほら、言いたい事があるんでしょ?」
「……」
「? ハンネスさん、何か用事ですか?」
なにやら今日は私に用事がある方が多いですね? ここ最近で何か大きい事件でもあったでしょうか? そんな事を考えながら呼びかければ、エレノアさんに促されて渋々ハンネスがこちらに向き直ります。
「……リアルでその名前で呼ぶんじゃねぇよ」
「……そうでしたね、正樹さん」
おっと、いけませんね……
「まぁいい、ちょっとこっち来い……ツラ貸せや」
「? ……まるでカツアゲさんみたいですね?」
「……うるせぇよ」
正樹に連れられて少し道の外れた裏路地の前で止まり、顔を寄せ合います……背後では正樹さんのお友達の方々と結城さんに頬を引っ張られ、そんな彼に必死に手を伸ばす状態で固まった舞さん達が、なにやら心配そうに見守っているのが分かります。……二人はまだしてたんですね。
「お前、さ……その……アレだよ……」
「? ……なんですか?」
なにやら正樹さんが言い淀んでいますね? そんなに言いづらい話なのでしょうか? 物凄く視線をあっちこっちに彷徨わせて挙動不審ですね。
「その、さ……大丈夫かよ?」
「……なにがですか?」
「ほら、お前……襲われた、んだろ?」
「あぁ」
なるほど、多分『ベルゼンストック市』でなぜか大規模にプレイヤーの方々に襲われてしまった事を心配してくれているのですね? ……正樹さんが私の心配をするのは珍しいですね。
「別に大丈夫でしたが……心配してくれているんですか?」
「バッ?! おま、違ぇよ! ほら、あれだ……お前は俺が倒すんだから、他の奴に殺られてねぇのかなって……そう、それだけに決まってんだろ! 自惚れんじゃねぇ!」
「はぁ……」
どうやら私の勘違いのようでしたね、なるほど……あれですね? 母が良く熱弁していた『ライバルキャラはね? ツンデレなんだよ! 主人公が他の奴に倒されたくないとか言って、自分に言い訳しながら助けるんだよ!』というあれですね? ……ツンデレが良く分かりませんし、彼が何に対して言い訳しているのかは存じ上げません……別に助けられてもいませんが、なぜだか似ている気がします。
「ったく……俺みたいに大して仲良くもない男に誘われて、ホイホイ付いてくるのも気に入らねぇ!」
「? 正樹さんと私は仲良くないんですか? たくさん『遊び』ましたのに?」
「──」
勢いのままに捲し立てる正樹さんの顔を首を傾げながら覗き込み、疑問を口にすれば……なにやら口を開いたまま固まっていますね?
「……やっぱお前のこと嫌いだわ」
「それは残念ですね、私は好きですよ?」
「うっせーよ、ばァーかッ!! 明日の公式イベント、首を洗って待っとけよ?!」
おや? 二回目の公式イベントはもう明日ですか、気付きませんでしたね……運営からのメールを見落としていたようです。
「良いか? 絶対に逃げんじゃねーぞッ!!」
「えぇ、逃げませんよ? また『遊び』ましょうね?」
正樹さんと明日のイベントで『遊ぶ』約束をしながらその遠ざかって行く背中を見送ります……本当に楽しい方ですね、彼は。
「はぁ〜、ダメねこれは……」
「ぷふっ……正樹が素直になる訳ないじゃんね?」
「言ってやるな健人」
「まぁでも、嫌われてなくて良かったじゃないですか」
「そう、正樹にしては上々」
「……お前ら、後で覚えてろよ?」
ゾロゾロと連れ立って歩く彼らから視線を逸らせば──
「──まだやってるんですか?」
「「あ」」
未だに舞さんの頬を引っ張る結城さんに、そんな彼に手を伸ばす舞さんがとても目立っていました。
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